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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・204 ~完

ムーンブルクの王女の手紙】

 

 私達と心を共にする、親愛なる皆さんへ。

 ロランとランドがアレフガルドで消息を絶ってから、3年がたちました。
 魔物は、森や草原に棲む動物と同じで、いなくなりはしません。邪教団が消滅してからは、活性化していた魔物の活動は一時収まっていましたが、また以前のように森や海、洞窟などにひそみ、旅人を襲ったりしています。
 ハーゴン達が召喚した悪魔族のたぐい――下等なグレムリンなどは、今もあちこちに出現しています。


 魔物を鮮やかに退治して町の人を助けたという少年冒険者二人のうわさが、各地から流れてきました。吟遊詩人達が、城を捨てて放浪する王子二人の歌をこぞって歌い、皆が哀切な歌に酔いしれました。
 その二人がロランとランドであった確信はありました。でも確かめる前に、うわさはふつりと途絶えたのです。

 

 その間、ムーンブルク城は素晴らしい速さで復興を遂げ、私は4代目ムーンブルクの女王として即位しました。
 国を治める忙しい日々で、時々、あの旅のことを思い出します。ロランとランド、彼らがいた日々を。戦いはつらかったけれど、あのころが一番楽しかった。そして輝いていた時間でした。

 ロランに続いてランドまでもいなくなり、サマルトリアは騒然としました。しかしサマルトリア王は、ランドの行方を無理に捜そうとはしませんでした。
 消沈しつつ、それでもランドが幸せならと、意思を尊重されたのです。
 ランドの妹アリシアも、大好きな兄を失ってとても落ちこんでいました。3ヶ月ほど部屋にこもって出てこなかったほどです。
 私は、そんなアリシアに頻繁に会いに行きました。部屋の前で追い払われることがほとんどでしたが、たまに会えた時は、他愛のない話をして過ごしました。皆が、腫れ物のように避けるランドの話題をお土産にして。
 アリシアは私が話すランドのことを、もっと知りたがりました。そして打ち明けてくれました。皆が、失踪してしまったランドを、もういないことのように振る舞うのが悲しいのだと。
 私も深くうなずきました。そして、アリシアは私に、良い女王になるにはどうしたらよいか、教えを求めてきました。後継者であるランドがいない現実を受けとめ、幼いなりに将来を考え始めたのです。
 私とアリシアは姉妹のように仲良くなりました。ちょっとわがままでおちゃめだったアリシアは、見違えるように立派になました。落ちこんでいたサマルトリア王も、娘の成長に将来を見いだし、少し安心したようでした。
 それも、兄なき寂しさをこらえてのこと。時には、私の胸でアリシアはランドを思って泣きました。人前で気丈に振る舞うのは、つらいのは自分だけではないと知ったためです。だから同じようにつらい思いをしている父達を励まそうと、気を張っているのでした。
 そんな姿を見ると、ロランを思い出します。ロランもまた、そういう人でした。
 今頃、ロランとランドはどうしているのでしょう。ローレシア王の元へは、時間をつくって会いに行っています。国王がひと月に何度も城を留守にするべきではない、という人もいますが、私はあえて慣例を破りました。後見人でもあるローレシア王は、それ以上に大切な身内。私のもう一人の父というべき存在です。
 それに、ロランが何もかも捨てて旅に出てしまったのは、十数年前、私達の父達が、無理に会わせないようにしたのが原因だと考えています。

 私とロラン、ランドは、さまざまな垣根を越えた、強い絆で結ばれています。私達の姿が、ローレシアⅠ世とローラ王妃との間に生まれた3人の子ども達――私達の祖父母によく似ているのは、きっと偶然ではありません。
 私達は、もう一度生まれてきたのです。勇者の子として。だから、天界におられる曾祖母ローラが、戦いの中で力をお貸しくださったのでしょう。
 本当なら、ひとつの場所で3人、共に暮らすのが理想だったのでしょう。でも、なまじ引き離されてしまったばかりに、お互いを求め合う気持ちが強まりすぎたのです。そのことが、もともと寂しがりやだったロランの心に影を落としていました。

 私達は3人で1人。生まれた場所も親も違うけれど、確かにそうだったのです。そしてランドは、分かたれた魂をひとつにするために、ロランと共にゆきました。
 私はそんなランドを祝福しつつ、少しうらやましくも思っています。
 私も自由になりたい。また彼らと旅がしたい。でも、背負ったものを思うと気持ちが鈍ります。

 皆が私を勇者として崇め、尊敬してくれます。でも、そんな視線が時々つらくなります。
 国の主として働きがいはあるけれど、なんだかみんな、私ひとりに何もかも決めさせようとしている……そんな気がして。

 私はまだ未熟で、学ぶべきことがたくさんあります。でも、私より経験や知識が豊富な大臣達が、私の安易な一言に疑いもせず承諾するのはどうかと思うのです。
 私は確かにロトの子孫で、勇者になった身だけれど、その前に――ひとりの人間です。至らないところがたくさんあります。でもみんな、それを見ようとしません。
 
 国政でつまずくことがあると、私はローレシア王に教えを請いに行きます。王は歓迎して、あれこれ教えてくださいます。でも、一度だけ、こうおっしゃいました。
「もし、そなたがロラン達を追いたいと言うのなら、止めはせぬ。それが先祖の望みでもあろう」と。
 ロランがいなくなったあと、あまり時間を置かず、ローレシア王は王政の廃止と、共和制度を宣言しました。ロランが戻るまで待ってほしいという臣下の意見は却下しました。
「ロランはもう戻らない。わしにはわかる。たとえ戻ったとしても、民は一度国を捨てた王子を、また王に戴きたいと思うだろうか?」
 これに意見できる人はいませんでした。ロランの教育係だったマルモアやシルクスが、そっと涙を拭っておりました。本当はロランに王位を継がせたかったローレシア王の思いを、私達は知っています。けれどあえて、王は決意されたのです。ロランが選んだ道を祝福しようとなされたのです。そのためには、何もかも振り切る必要がありました。
 ローレシアは、現国王が崩御された後、宰相が選挙によって選ばれ、その人が元首となって国を治める制度となりました。王はご健在ですが、明日はロランが戻ってくれるだろうかと、私に会うたびにつぶやいてらっしゃいます。
 そして、サマルトリア王も時々、ルーラの呪文でローレシア王に会いにいらっしゃるようになりました。お二人は庭園などでお茶を飲みながら、ロランとランドが子どもの時の話をしておられます。
 そしてこう話しておられるのを聞きました。
「――何もかも遅すぎた。我が子のために良かれと思った配慮が、因果となって帰ってきた。わし達は背負わせすぎたのかもしれぬ。それでもけなげに、ランド達は世界を救う使命を果たしたのだ。もう自由にさせてやるべきかもなぁ……」
「そうだな……。ロランが長くつらい戦いで失ったものは、髪の色だけではなかったようだ。あの子は決して苦労を話さなかったが、話せなかったのだろう。その身や心に受けた苦痛は、とても言葉では表せるものではないであろうからな。……旅の空で、その傷を癒しておればよいが……」
「それは大丈夫だろう。――ランドと会えていればな」

 日々を過ごすうち、私もまた、ロランとランドに会いたいと切望するようになりました。
 そのためには、国を捨てる覚悟が要ります。私を慕ってくれる国民や臣下を見捨てる罪を犯してまで、また旅に出たいと思う自分を責める毎日です。
 でも、ロランが手紙に書き残した一言が、私の中で繰り返されています。

 王はなくとも、人は生きる、と。

 その意味するところを、私はとみに感じるようになりました。
 私がいなくなったら、ムーンブルクは再び滅びるでしょう。でも、そこに住まう人は生き続ける。生あるもの、人の営みは果てしがないものなのですから。……

 私は、3年前、自分に賭けをしました。
 ロランがいなくなる前、共に見たあの不思議な巨鳥が、また私の前に現れたなら。
 その時、私はまた旅に出よう。二人を捜しに行こう、と。
 
 もし、願いがかなったら。賭けに勝つことができたら。
 私は行きます。
 この手紙を読んだ皆さん。どうしてと人々から、私が玉座を捨てた理由を問われたなら、「どこかに嫁いだ」とでも申し上げてください。その方が、皆もわかりやすいでしょうから。
 

 ◆

 ルナが手紙をほぼ書き終え、机から顔を上げた時だった。青い空を映す窓の向こうに光り輝く鳥が見えた。それは南の、ロンダルキア山脈から飛んできていた。
 ルナは窓に駆け寄り、押し開けた。春の風が金色の髪を吹き流す。
 間違いない。あの巨鳥だ。淡く輝く神秘の鳥を見た瞬間、ルナの脳裏にロトの紋章が浮かんだ。
 不死鳥ラーミア。遥か古代から語られる、伝説の神鳥。かつて勇者ロトとその仲間達を乗せ、この世界に運んで来た神秘の存在。次元と時空を自在に行き来するもの。
 ルナは衣装箪笥に走ると、いかずちの杖と肩掛け鞄を取り出した。ドレスを脱ぎ捨て、急いで白いローブと紫の頭巾に着替える。そして荷物をつかむと、部屋を飛び出した。
 何事かと棒立ちになる人々の間を走り抜け、ルナは草原へ駆けた。徐々に近づいてくる鳥の背に、二人の少年が見えた気がした。

 

 主のいない部屋で、開け放たれた窓から風が吹き込み、机の上の帳面をぱらぱらとめくる。最後にルナが記したページで、風は止まった。すると、置きっぱなしだった羽根ペンがふわりと浮いて、見えない手がこう記した。
                                                         
                                                                             ――The end.