蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・203

サマルトリアの王子の手紙】

 

 父上。かわいい妹アリシアへ。
 こんな形でお別れを言う日が来るとは思いませんでした。
 ごめんね。でも、ぼくは行きます。ロランは今ひとりぼっちです。誰かがそばにいてあげなくちゃいけない。
 それはぼくの役割ではないかもしれないけれど、ぼくはできることを彼にしてあげたいのです。

 ロランがいなくなったわけを、ぼくはなんとなくわかる気がします。
 なんとなく、というのは、ぼくなんかがロランの本当の気持ちをわかった気になっちゃいけないということで、彼の気持ちを想像すると、胸が痛くて張り裂けそうになります。

 ロランは旅の間、時々ですが、国に帰りたくないと言っていました。このまま旅を続けられたらいい、というのが口癖のようになっていました。
 初めて旅する楽しさを知ったのが大きな理由でしょうが、でも一番は、伝統と束縛に依存する王家の体制に疑問を感じていたからだろうと思います。ロランが残した手紙を読んで、そう確信しました。

 ぼくはといえば、流れに逆らわず、なるようになるさと考えていました。
 でも世の中というのは、いきなり誰かが変えるのではなく、ゆるやかに、人の思考と求めが変化をもたらすのだと知ったのは、最近のことです。

 ぼく達王家が求められているのは、見守ることでした。
 でもぼくは、自分が王子だから、何かを変えられると傲慢にも思っていました。もっとたくさんの人に生きる選択肢を与えたいと、サマルトリアに芸能の学校を設立したいと父に相談したのですが、時期尚早だと却下されました。
 今は世界が復興するために時間が必要だから、新しいことを始める時ではない、と。
 焦っていたのはロランだけではなかったようです。ぼくもハーゴンを倒す大役を成したあと、すべきことが見つからず途方に暮れていました。そこでこの案を打ち出したのですが、父の言うとおりであると、人々の暮らしを見ていて否応なしに理解しました。本当にそれどころじゃなかったからです。
 
 ぼくが特権を振りかざして命じれば、学校は作れたでしょう。でも、それについていく人がいなければ意味がない。権力者が人を動かすのは簡単ですが、人やお金は決して、権力者の持ち物ではないのです。それは借り物にすぎないのです。
 父の助言がなかったら、危うく道を誤るところでした。

 でも、いずれ学校を建てるにせよ、そうするにはそれができる基盤となる市井の生活が必要で、それに、そういうところに行きたいという人々の要望もなければいけない。
 一応市民の意見を調査したのですが、我がサマルトリアはのんびりした国民が多く、歌や舞いを好みますが、学校に行ってまで芸を磨き上げ、有名になりたい、というほどの人はいないという結果が出ました。それもまた、ぼくが断念した理由です。
 
 ぼくはこのことで大切なことを学びましたが、やはり焦りは消えませんでした。ルナは自分の城と国を復興させるために尽力しています。ロランも、王位継承の準備で忙しそうだった。ぼくだけが取り残された気分でした。
 そんな時、ロランが忽然と姿を消したと聞き、とても衝撃を受けました。
 まさかぼくに一言の相談もなくいなくなるなんて、考えてもいなかったからです。

 ロランが残した手紙を読んで、ぼくはとても悲しかった。どうして自分を置いていったのかと責める気持ちもありました。
 でも、ほんの少し安心もしていたのです。ロランは自分のやることを見つけたのだと。ロランが自分の意思を尊重して生きる道を選んだことを、ぼくは祝福します。

 そしてぼくは、もしかしたらロランが会いに来てくれるのでは、と期待していました。だから一生懸命待っていました。7日も。
 でも、彼はとうとう現れませんでした。人目を避けて城の側に来るのではと、ぼくもこっそりあちこちを歩いてみましたが、姿を見つけることはかないませんでした。
 それで、ロランの決意の固さを思い知りました。彼は決して、ロトの土地を踏まない覚悟なのです。

 世界の放浪者となったロラン。でも、旅をしたぼくには、世界は狭く感じます。それはロランやルナも同じでしょう。
 どこにも行き場がないなんて、なんて悲しいことか。
 ぼくらの祖先、ローレシアⅠ世は、ローラ姫がいたから建国までの長い旅を続けられたと思います。自分を愛してくれる人がそばにいれば、それだけで世界に自分が存在する意味を持てるからです。

 ロランは、自分が誰にも愛される資格がないと思っています。
 だから彼は誰よりも優しかったし、そして、誰よりも寂しそうでした。
 彼は生まれてすぐ、査定にかけられています。ロトの名を持つ者として優秀な力をそなえているかどうかを。魔力を持たなかった彼は、彼の両親を喜ばせるものではありませんでした。
 彼に最後に会った日に、ロランはぼくに話してくれました。自分が生まれてすぐ、魔力がないことを知らされた父王が、ひどく落胆していたことを。
 自分という存在が生まれたせいで、親を悲しませてしまったことを、ロランはずっと責め続けていたのです。そして少しでも親達の期待に応えるべく、武芸や勉強を怠りませんでした。
 ロランは自分が王子に向いていないことを自覚していました。公の場に出ることも苦痛に感じていたのです。そうなんだと初めて知ったのは、旅の途中、ラダトームで歓待を受けた時でしたが。

 ロランは小さいころ、もっと元気にあふれていました。わんぱくといっていいくらいでした。そしてよくぼくの手を引いて、木登りやいろんな遊びを教えてくれました。
 でも旅のために再会したロランは、ぼくの知っていたロランと違っていました。やんちゃさは影をひそめて、思慮深い雰囲気になっていました。まわりに気を使うあまり、自分を抑え続けたためでしょう。
 ぼくはそんなロランが、ちょっと心配でした。思いつめすぎて病気にならないかと思っていました。

 そしてついに、ロランは行ってしまいました。自分の居場所を探すために、与えられた場所から飛び立ったのです。
 ぼくやルナに相談しなかったのは、ルナはともかく、ぼくまでが彼についていくことを懸念したからでしょう。
 巻き込むことを避けたのです。彼らしい思いやりだと思います。

 でもぼくは、あえて彼の望みにそむきます。ロランを捜しに、旅に出ます。
 もしロランを見つけることができて、彼に帰る意思がないのなら、ぼくも戻りません。

 この手紙を読むだろう、ルナへ。

 君がロランを引き止めなかったことは、ちょっと悔しく思っています。ぼくは、君がロランの居場所になるならと、少しだけ期待していたから。
 でも、本当の本当の気持ちは、その役目がぼくであったらって思ってたんだ。
 もう、自分にうそはつきたくない。気持ちををごまかして笑いたくない。
 ぼくはロランの前でなら素直な気持ちを出せる。ロランがぼくの居場所なんだ。ロランがいない世界で、ぼくは生きられない。
 君が、ラダトーム城でロランと踊っていた時、ぼくは寂しかった。でもロランが君を好きなことを知っていたから、あえて黙っていたけど。
 本当は見ていてつらかったと、ここに正直に書きます。

 さようなら、ルナ。君とロランと、旅をしたこと、ずっと忘れないよ。
 ありがとう。心から感謝をこめて。
                         ランド・ロト・サマルトリア

 アレフガルドの草原を、青い服の少年がひとり歩いていた。乾いた秋風が渡っていく。見覚えある背を見つけたランドの胸は割れんばかりに激しく鳴った。
「おーーーい! 待ってくれよー!」
 駆け寄りながら声の限りに呼びかける。ただならぬ気配を感じたのか、少年は驚いて振り返った。間違いない、ロランだ。背に帯びた、特注の鞘に収まった稲妻の剣が揺れる。
 息せき切って追いつくと、ランドはあっけに取られるロランの前で膝に両手を置き、荒い息を整えた。
「はあ、はあ、はあ……ひどいじゃないかっ、ぼくを置いていくなんて!」
「ひどいって……」
 ロランは鼻白んで、眉根を寄せた。
「ちゃんと手紙、書いたじゃないか」
「あんなの言い訳にもならないよ! 元気で、としか書いてなかったじゃないか。それでぼくが納得すると思ったのかい?」
「……言葉にできなかったんだ」
 ロランは寂しげに微笑んだ。
「それに、ランドだって国を継がなきゃならないだろ。誰か良い人を見つけて、将来を築かなきゃならないだろ。それがランドの幸せだと思ったら、一緒に来いなんて書けないよ」
「でもぼくは待ってたんだぞ。君が迎えに来てくれると思って、7日も」
「7日も?――のんきだなあ」
 昔のことを思い出して、ロランは笑い出した。ランドはふくれた。
「だって、またすれ違ったら嫌だからさ。――それにねえ、」
 感極まって裏声になり、ランドは咳払いした。
「君が言うぼくの幸せって――それは押しつけだよ。ぼくが思う幸せは、そんなことじゃないよ。君にだってわからないさ」
「じゃあ――何なんだ、ランドの幸せって?」
 それを言わせるのか……。さすがにランドはロランが少し恨めしくなった。
「……旅立つローレシアⅠ世に何度『いいえ』と言われてもめげなかったローラ姫はすごいよ……」
「えっ?」
 ロランは肝心なところで鈍いのだ。ランドはあえて答えず、腰に手を当てて見すえた。
「まさか君は、このぼくに帰れとか言うんじゃないだろうね?」
「……ごめん。さっき、ちょっと言いかけた」
「ばかあ!」
 間髪入れず怒鳴り返すと、ロランは一瞬の間をおいて、笑い出した。腹を抱えながら、時々洟をすすって。
「……でも、本当にいいのか?」
 ロランは濡れた目元を指で払って、ランドを見つめた。ランドは、うなずき返す。
「半年」
「え?」
「半年間も君を捜し回ってたんだ。気持ちが変わるなら、とっくに変わってるよ」
「……そうか」
 ロランは初めて、安堵した顔を見せた。荷物を背負い直す。
「――じゃあ、行くか。アレフガルドを巡ったあと、竜王のひ孫に、もう一度会いたいと思ってるんだ」
「いいね。行こう!」
 ロランとランドは、肩を並べて歩きだした。やがて二人の姿は、なだらかに続く草原の彼方に見えなくなった。