読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・202

ローレシアの王子の手紙】

 

 このような形で、愛する父上や皆に別れを伝えることを、とても心苦しく思います。
 ローレシア王家第4代目継承者である、ロラン・ロト・ローレシアは、この身分を返上し、ただひとりの旅人として、この国を去る決意です。

 今まで僕は、自分がこの城と国を継ぐことを疑いもしませんでした。ロトの子孫に生まれたことを責任と思い、いつかその名を使って世界の役に立てる日が来るのならと、武芸にも励んできました。
 そしてついに、その役目を果たす時が来ました。ムーンブルクが一夜にして滅ぼされ、命を懸けた伝令がこの城に訪れた日に。

 僕はその時、行方不明になっていたルナ王女を捜すことと、サマルトリアの王子ランドと合流し、世を騒がす邪教の主ハーゴンを討つ、そのことだけが頭にありました。そのために、今まで習い覚えてきたことが役立てるという、喜びもあったのです。
 けれど、2人と再会して世界を回るうちに、徐々に芽生えてきた思いがありました。考え、といってもいいかもしれません。

 それは、「王はなくても人は生きる」ということでした。

 王族もろとも滅ぼされたムーンブルク第一の町、ムーンペタでは、特に混乱は見当たりませんでした。
 王が行方知れずとなったラダトームでも同じでした。それはもちろん、主なき町を治める人達の努力あってのことでしたが、僕に、ふと疑問を起こさせたのです。

 僕に流れる血と、その意味を。

 この世界は、かつて闇に覆われ、その原因となっていた大魔王を勇者ロトが倒したことで救われました。
 そしてそれから千数百年後に悪の化身竜王が現れ、かつてのラダトーム軍はことごとくこれに敗れ、状況を打破する者の存在を熱望したのです。
 その声に応えるように、かのロトの血を引く勇者――ローレシアⅠ世が現れました。
 彼は見事、アレフガルドに平和をもたらしました。しかし、それまでにロトの子孫を名乗る者は意外に多かったのです。
 彼らがほとんど、その名をかたる者であったかの事実を知るすべはありません。でも僕は思うのです。散っていった彼らの中には、本当にロトの子孫だった者もいたかもしれない、と。始祖ロトがこの世界に降り立ってから千年あまり、その間に血筋が広がっていったとしても不思議はありません。
 川から海に旅立ち、また戻ってくる魚がいます。竜王に立ち向かっていった数多くのロトの子孫達は、その魚のようなものだったのではないでしょうか。
 そしてその中で、特に優れた者が、僕達王家の先祖であった――そう考えています。

 今はロトの名は、世界に安寧をもたらす希望の名となっています。そしてその名を継ぐ者が、いずれ訪れる危機に立ち向かい、多くの人々の代わりに戦って、目的を遂げるものと言い伝えられています。
 僕達はその通りになりました。
 伝説がもう一度伝説を作ったのです。
 でも、僕は思います。これから先も、世界は、人々は、ロトの名がなければ生きていけないのか、と。
 
 ローレシアⅠ世が竜王討伐を時の王ラルス16世に伝えた時、ラルス16世は自分の国を勇者に与えようとしました。しかし、勇者はそれを拒み、一人で旅立とうとしたのです。自分に治めるべき国があるのなら、それは自分の手で探したいと言い残して。
 立ち去る彼を追いかけたのは、ラルス16世の娘、ローラ姫でした。お互い恋仲であったのに、勇者は一度彼女を置いてゆこうとしたのです。
 勇者は姫を連れてゆく決断をしました。その話を聞くたびに、僕は思うのです。自分で国を探したいというのは方便だったのに、姫がついてきたから、国を造らざるを得なかったのではないかと。
 
 当時、彼もまた十代の青年でした。大役を終えて自分のことをじっくり考える間もなく、玉座に就けと言われて、とっさに出た嘘がまことになってしまったのだと思います。
 でも、同じ年頃の自分が考えてみて、ご先祖の気持ちもちょっとわかった気がしました。きっと自分でも同じような逃げ口を探しただろうな、と。
 しかしローラ姫は彼にとって必要な人だったと、強く思います。もし彼女がいなければ、行き場のない彼は孤独に道を失っていたでしょう。
 およそ世界の半分にも及んだ、このロトの王国は、彼の野望の結果ではありません。ローラという居場所があったからこそ成し遂げた偉業です。そしてそれは、世界に結束と安寧を望む彼の願いがかなったことでもありました。
 
 そしてその役目は、僕達子孫に伝えられています。僕達はロトの名を継ぐ者として、これからも王家の役割を果たし、その血を後世に伝えていくことを定められています。
 けれど……ここにきて、僕はずっと考えています。本当に、そうすることが世界にとって、まことの幸せにつながるのか、と。

 血は薄れます。僕達でさえ、3人そろわなければ、旅を続けることも、強敵を倒すことも不可能でした。僕達に始祖ほどの強い能力があったら、もっと早くにことが解決していたでしょう。
 ハーゴンは、世界から魔法力が失われつつあることに気づき、新たに世界を創り直すため、破壊神降臨を望みました。彼もまた、極端ですが世界を憂えていたのです。
 そして事実、世界はかつての繁栄から遠ざかり続けています。いずれは、魔力を持つ人間が生まれない日がくるかもしれません。
 そんな時、ロトの名は果たしてどれほどの意味を持つのでしょうか。そして、世代が進むにつれて、受け継いでいた志が薄れ、消えていく可能性も否めません。
 それでも、世界の人がロトの名に依存し続けていたなら、恐ろしいことです。

 僕達に、精霊ルビスは答えました。勇者とは、人々の祈りが生み出すものだと。
 もし、また世界が魔王などに脅かされる日が来たら――、その時求められるのは、名ばかりの王家と子孫ではなく、まことの力と意志を持った者が名乗るべきなのです。
 真の勇者の称号である、ロトの名を。

 ハーゴンを倒すという大役を終え、僕に残された使命は、このローレシアを治め、世界の均衡を守ることでした。
 そうすることを、かつての僕は――旅に出る前は、まったく疑いもしませんでした。
 でも、今は心が叫びます。そうすることを拒む自分が叫んでいます。
 このまま城に押しこめられて生きることを、全力で拒む自分が。
 
 生まれながらにして背負った、僕の血の宿命。きっと人々は、僕が世界を救った英雄だからというだけで何もかも信じ、ゆだね、安心するでしょう。そしてそうされることが、僕のこれからの役目なのでしょう。
 けれど僕は、それを拒みます。
 みんなには、自分の考えを大切にしてほしい。何もかも伝説の勇者の名にゆだねるのではなく、自ら世界を築いてほしい。
 僕は僕の生きる道を探したいと思います。王家の重責を放り出したと責める言葉を受ける覚悟です。それでも、僕は行きたいのです。
 父や皆の期待に応えられない自分を恥ずかしく思います。でも僕は、望まない伴侶と共にいつわりの笑みを浮かべて暮らしていくくらいなら、いっそ命を絶ちたいと思うほどに苦しいのです。
 それは自分にも、相手にも不幸なことです。そして僕は一生、そうすることができないと知っています。
 なぜなら僕は……(涙に濡れて判読不能)を、愛しすぎてしまったから。

 最後に、僕を産み育ててくれた父と、じいやのマルモア、シルクス、旅の途中で力になってくれたカイルへ。
 ありがとう。
 そして、ランド。ルナ。黙って行くことになってごめん。何もかも君達に押しつける僕を許してほしい。
 どうか元気で。



 この手紙がロランの部屋から見つかった時、ローレシア王は衝撃のあまり、胸に痛みを感じて倒れてしまいました。
 幸い命に別状はありませんでしたが、ローレシア王は、それからすっかり元気をなくしてしまわれました。
「……私は悪い父であった。そうであろう、ルナ」
 ロランのベッドに腰かけて、何度も手紙を読み返す王に、私はずっと付き添っていました。私はかぶりを振りました。
「いいえ。お父さまは悪くありません。……誰も、悪くないのです」
 王は答えませんでした。目を片手で覆い、しばらくひとりにしてくれとおっしゃいました。手紙は、私も読み返したかったので、一度預からせていただきました。
 私が部屋を出ると、知らせを聞きつけたランドが駆けつけてきました。ルーラの呪文で飛んできたのです。
「ロランがいなくなったって……」
 真っ青なランドの声はひどくかすれていました。繊細なところがある彼に、この事実は重すぎたのでしょう。立っているのもやっとのありさまでした。
 私は、自分にあてがわれている部屋に案内すると、そこで手紙を見せました。ランドは椅子に腰かけて、震えながらそれを読みました。
「ロラン……」
 読み終わったランドの目から涙がこぼれ落ちました。深く肩を落とし、しばらく泣いていました。
 私は、手紙を読んでからずっと、泣いていませんでした。自分でもどうして落ち着いていられるか不思議でした。
 でも、なんとなくわかっていたからだと思います。
 ロランが誰よりも自由を求めていたのを、知っていたから。
 ロランは風のマントを使って、未明に城の尖塔から飛び立ったようです。城下で、城から大きな鳥のようなものが飛び立つのを見た人がいました。でも、ロランがいなくなった南の方角をいくら探しても見つかりませんでした。
「……城に戻るよ」
 うつろな声で、ランドは手紙を私に返すと立ち上がりました。
「……ローレシア王によろしくね。今はきっと、お会いになりたくないだろうから」
「ええ。大丈夫よ。私がついてるから」
 頼むよ、とランドはかすかに微笑み、ふらふらと部屋を出ていきました。
 そしてあろうことか、それが、私がランドを見た最後の日になってしまったのです。