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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・201

ムーンブルクの王女の手記】

 

 ここまで読んでくださった方が、もしいるとしたら……あなたは私達と共に、長い戦いの旅を乗り越えてきたのでしょう。そのことにまず、お礼を申し上げます。
 私達と心を共にするあなたへ。私、ムーンブルク王家最後の継承者、ルナ・ロト・ムーンブルクが、その後ロラン達がどうなったのかお伝えしようと思います。
 けれどそれは決して、おとぎ話のような幸せな結末ではなかったのだということを、先に記しておきます。

 私達と心を共にするあなたへ。どうか知ってください。私達があの戦いのあと、どういう道を歩んでいったのかを。

 ローレシア建国100年祭は、同時に、勇者ロトの子孫達が世界を救ったことを讃える祭りにもなりました。そしてその日を記念日として、長く後世に伝えることとなりました。
 花火は5夜連続打ち上げられ、ローレシア内外から城下に人があふれて大変な騒ぎとなりました。ランドの家族であるサマルトリア王と王女アリシアも、お祭りの最初の晩に国賓として招かれ、みんなで私達の帰還を喜び合ったものです。
 お祭りの3日目に、アレフガルド国王、ベラヌール法王、ルプガナの港主、ペルポイ町長、それにデルコンダル王が、ローレシア城へ招待されました。そして、世界に例を見ない首脳会議が行われたのです。会議には私達3人も出席しました。
 そこで私達は、ロンダルキアの洞窟で、オークキング達が略奪した財宝の山があることを教えました。計り知れないほどの額なので、これを世界中に分配して、魔物や邪教団に被害を受けた人や町の手助けにしてほしいと訴えたのです。
 これに異論はなく、大きな被害を受けていないルプガナベラヌール、およびデルコンダルは分配そのものを固辞しようとしましたが、のちに誰かが不公平を叫ばないように、ほかよりは少なめに受け取ることで承諾しました。
 分配の詳しい金額は、実際に洞窟から財宝を運び出した上でということになり、その場はお開きになりました。
 お祭りが終わると、数年ぶりの二日酔いに苦しむサマルトリア王を支えながら、ランドがルーラの呪文で国へいったん帰ってゆきました。
 それから3日後に、私達3人と世界の首脳達がローレシアに送ってきた使節団と共に、ロンダルキアの洞窟へ向かったのです。そこで2週間ほどかかって全部の財宝を運び終え、ベラヌール法王庁に一度預かりとなりました。なにしろ金銀の量ときたら、小さなお城一個分くらいはありましたから。
 大まかな分配としては、一国を滅ぼされたムーンブルクが多く、その次に、功績を残したローレシアサマルトリア。破壊神シドーが出現した際に起きた地震で、建物などが倒壊した地下都市ペルポイにも多めに分配されることになりました。
 それから、働き手の大半を魔物に殺されてしまった、南海の孤島ザハンの町にも、私達が行ってお金を届けました。ペルポイの町には、魔物に沈められたザハンの漁船員の生存者であるルークさんがいたので、彼を連れ帰る目的もありました。
 彼は地震の衝撃で、これまで失っていた記憶を取り戻していました。ザハンには、漁船沈没の悲報を伝えるためにペルポイからの使者がいたはずですが、彼もまたペルポイに戻っておらず、ペルポイの町役人がやきもきしていました。ザハンに行ってみると、案の定、彼はいまだに事実を伝えていなかったのです!
 でも、私達が連れてきたルークさんが、すべてを町の女性達に語ってくれました。あまりに長い夫達の不在に、女性達は皆覚悟を決めていたようです。悲しみに包まれはしましたが、大きな混乱にはなりませんでした。
 ルークさんは無事に恋人と再会し、漁師をやめて町の子ども達のために塾を開くことにしました。
 そうそう、金の鍵の持ち主だった、この町の漁師だったタシスンさんの飼い犬ラジェット――彼も元気でした。私が、もうタシスンさんが帰ってこないことを話して聞かせると、彼はわかってくれたようでした。それでも、時々海を寂しそうに見つめているそうです。彼の心も癒されることを祈ります。

 アレフガルド国王は、ハーゴンの脅威を恐れて長い間、城下の武器屋の2階に隠れていたそうです。けれど、私達の活躍を知って、ようやく表に出てきました。これからは心を入れ替えて、世界の復興に力を尽くしたいと表明し、ムーンブルク城再建のために多くの働き手を送ってくれました。
 ムーンブルク城再建に関しては、私よりもムーンペタの町で希望が大きく、急がざるを得ませんでした。なぜなら、そこには城下から生き延びてきた多くの難民達が保護されているからです。
 町で彼らを養うには財源に限りがあり、分配金だけでは数年と持ちません。早く彼らに生活の基盤を整える必要がありました。
 城の再建工事は一時的にでも彼らに仕事を与えることになります。自分が何か役に立てる、働けるということは、生きる喜びにもなります。仕事や財産を失って活力をなくしている難民達のために、私は率先して仕事に当たりました。
 まず、ムーンブルク城跡で大きな慰霊祭を行いました。ここでも、各地の首長らが参列してくださいました。ロランとランドも喪服で王達と参列し、祈りを捧げました。
 城跡に戻ってきた城下の人々は、皆泣いていました。春が近くなり、温暖なムーンブルク地方では早くも草が萌え始め、がれきに淡い色を広げておりました。
 風に揺れる小さな花や草の間に、亡き人の形見や遺体の一部を見つけ、これはお父さんだ、うちの子だと口々に言う声が聞こえていました。そして見つけたそれを、そっと大事に胸に抱きしめていました。
 反対意見もありましたが、私は、城の跡地に慰霊碑を建て、城は少し離れた位置へ移すことを提案しました。人々の悲しみはまだ生きています。その真上に、元通りに家や暮らしを営むことなどできない。そう思ったからです。
 よって工事は大規模なものとなりました。がれきの撤去と整地に、集まった人々が取りかかりました。ムーンペタに避難していた城の生き残りの兵士アレックも、今度こそ人々を守るため兵役に就きたいと願い、早く城を再建したいと工事に参加しました。私を慕う小さな女の子ミチカも、母親と共に現場に住みつき、母親は食事の係として働き始めました。

 そしてロランとランドもやってきました。黙って城にいるのを良しとせず、人々と一緒に働きたいと願ったからです。
 最初は皆、高貴な身分である2人が、土や汗にまみれて働いてくれることを喜んでいました。でも、私は少しだけ嫌な予感がしたのです。そしてそれは、ほどなくして当たってしまいました――。

「ロラン。もう来ないで」
 こう告げるのはつらかったですが、私はロランのためを思って言いました。
「あなたが来てから、場が悪くなっているの。あなたは、国に戻った方がいいわ」
 ある夏の夜のことでした。整地工事は驚くほどの速さで進んでいました。それなのに、私はロランに、もう仕事をするなと言ったのです。ロランは、自覚があったのでしょう、悲しそうに黙っていました。傍らのランドは、言葉を探しているようでしたが、何も言えませんでした。
 場が悪くなっている、というのは、現場で働く人達に不穏な噂が流れていることがひとつ。そして、あからさまに仕事をしなくなった人が増えたことでした。
 原因はロランでした。ランドはあまり肉体労働に従事せず、働く親達から子ども達を預かって、勉強を教えたり、山彦の笛で曲を吹いたり、一緒に遊んだりしていました。
 ロランは率先して、一番きついがれきの撤去を行っていました。彼の膂力はすさまじく、たった一人で次々と大きな壁の破片や岩などをどかしてしまいます。
 初めのうちは、これがロトの子孫の力かと、皆が感心し、驚くだけでした。ところが、自分と彼との間に大きな差があるのだと知った男達は、やがて無気力になっていったのです。
 自分がやっとひとつどかしたがれきを、ローレシアの王子は、何倍も効率よく撤去していく。自分のやっていることに意味はあるのか。生まれながらにして家柄や血筋に恵まれた人間は、苦労もなくやってのける。それに比べて自分は――という、堂々巡りにはまってしまったのでした。
 無気力は仕事の意欲をなくさせ、酒や博打に生きがいを見つけるようになりました。中には、いら立ちを家族にぶつける者さえおりました。
 それだけではありません。人並み外れたロランの力を、誰かが冗談にも化け物呼ばわりし始めたのです。彼らの目つきは、恐ろしい魔物を見る目と変わりがないものでした……。
 私はムーンブルクを束ねる者として、これらを見過ごすことはできませんでした。
「……わかった」
 やっとのことでそう応えたロランは、かわいそうで見ていられませんでした。良かれと思ってやったことが、かえって人々を傷つけるなんて思いもしなかったでしょうから。
 ロランが国に帰ると言うので、ランドも自分の城へ帰ると言いました。ランドが引き受けていた託児の仕事は、手が空いている女性やお年寄りらに任せることにしました。ランドはとても人気者だったので、そのあと子ども達がひどく寂しがったことを記しておきます。あのミチカも。

 それからのロランは、まるで別人になったかのようにおとなしくなりました。
 もともと、あまりはしゃぐ方ではありませんでしたが、それにも増して口数が少なくなったのです。
 ロランは城からも出してもらえなくなりました。即位を控える大事な身だから、という理由です。
 ロランは、ロトの鎧と兜を、アレフガルドにある聖なる祠に返しに行きたいと申し出ていました。ロトの鎧は所有者に不吉なことが起こる可能性が高いため、聖地に安置したいと言ったのです。
 かつてアレフガルドにあったドムドーラの町の悲劇や、ロトの鎧を預かっていたムーンブルク城の惨禍もあり、ローレシア王は、鎧と兜を安置する案は認めました。しかしロランにその役目を与えませんでした。ロランが、旅に出たきり戻ってこなくなることを恐れたからです。
 鎧と兜は、近衛隊のカイルが使節を率いて祠へ無事に送り届けました。ロトの剣は、ロランが一度ランドにあげていましたが、もう戦いは終わったからと、ランドが直々に剣をローレシアに納めました。代わりに、ロランが持っていたロトの盾を再び返してもらい、サマルトリアの国宝として、城の聖なる間に安置したのです。
 復興工事のために、私はムーンペタ町長の屋敷に間借りをし、5日に一度、後見人であるローレシア王に会いに行き、事の次第を報告していました。ロランとも、その滞在時に会って話すぐらいだったのです。
 ローレシア城では、ロランの即位式のために準備が着々と進められていました。ロランのために、新しく王の衣が仕立てられ、お針子達が制作にいそしんでおりました。
 私も作りかけのを見せてもらいましたが、それでも見事なものでした。国の色である青を基調とし、絹や毛皮、宝石をふんだんに使って、稀代の英雄である王子を飾り立てようとしていました。
 それと同時に、ロランにはお見合いの話も持ち上がっていたのです。すでに貴族などの家柄から、年頃の娘達が候補に挙がっていました。城で働く娘達には、ロランを熱く慕う者もおり、そのことに少なからず衝撃を受けていたようでしたが、それはまた別の話です。
 一見、ローレシアの城は華やかさに満ちていました。けれどロランの表情が晴れることは、決してありませんでした。ある日私は、決心してロランに話しかけました。ずっとつらそうな理由を知りたかったのです。季節は夏を迎え、満月がきれいな晩でした。


「……最近のあなた、見ていてつらくなるわ。何か思いつめているんじゃないか、って」
 海の見えるバルコニーに、私とロランは並んで立っていました。平服のロランは、水平線を眺めたまま答えました。
「……別にあのことを引きずってるわけじゃないよ。みんなに、僕が迷惑がられたのはきつかったけどさ……。でも、あれから考えるようになったんだ。僕が、これからすべきことって何だろう、って」
 それは、これから王として国を治め、ロトの国の盟主として世界各地を調停する重責だろう、と、その場にいた人は言うでしょう。でも私は、ロランがそう言った時、彼が何を言わんとしているのかわかりました。でも、あえて知らないふりをしました。
「それで、何か見つかったの?」
 ロランはかぶりを振りました。潮風が、かすかに彼の銀髪を揺らしました。
「わからない。でも……怒らないでくれよ? 嫌なんだ。このまま王位に就くのも、誰かと……一緒にさせられるのも」
 それはまるで、これから死に向かう人が言うような言葉でした。でも、それは遠からずというところです。もし国王になったら、自由に城の外へ出ることも、世界を回ることもできません。親しいランドと会うこともできません。
 一緒にさせられる、という言い方も気になりました。私はあえて、明るく尋ねました。
「お見合い、うまくいかなかったのね」
 ロランはすでに、3人の貴族の娘と会っていました。でも1時間と持たなかったと、ローレシア国王が落胆しながら、私に打ち明けていました。
「悪い性格じゃないと思う。でも、会ってすぐ、ああ逃げたいって思ったんだ」
 ロランは私を見て言いました。悲しそうに。
「きっと彼女達を傷つけた……僕は彼女達が何を話しかけてきても、黙っていたからね。でも、嫌で嫌で仕方なかったんだ。だって彼女達はみんな、僕を見ようとしていなかったんだから」
 私はうなずきました。そして、ほんのこっそりですけど、ふられた子達がいい気味だとも思ったのです。ロランが嫌悪に駆られた理由。それは、女で言えば、嫌らしい目で男から見られたのと同じであったでしょう。
 ロランの優れた外見と、偉大な功績、そして高貴な身分。娘達はそこだけに目を奪われ、皆、我こそは妻にと自分を売り込んだに違いありません。ロランにはそれが卑しく映ったのでしょう。
「……実を言うとさ」
 ロランはさらりと言いました。
「僕は、君が好きだったんだよ」
「知ってる」
 私が答えると、ロランは「知ってたぁ?!」とすっとんきょうに反応したので、私はおかしくて笑ってしまいました。ロランは苦笑して、指で頬を掻きました。
「なんだ、ばれてたのか」
「ええ。あなたと再会した時からね。でも……」
「ああ。……キースのことが気になってたんだろ?」
 私も苦笑してうなずきました。そうすることができるほど、私の騎士キースのことは、過去になってしまったのだと思いながら。
「それに、あなたもはっきりしなかったしね」
「それは……だって。そういうこと、あからさまにするもんじゃないだろ」
 ロランは赤くなったようでした。月光は、白々と彼の髪や頬を照らしていました。
「……でも、“だった”のよね」
 私は言いました。不思議と寂しくありませんでした。
「ああ」
 ロランも迷いなく答えました。
「今は、君のことはかけがえなく思ってる。この世で一番、何でも話せる親友。大切な身内だ」
「ありがと。私もよ」
 私達は見つめあいました。ロランは17歳になり、また少し大人びた雰囲気になりました。
 こちらを見つめるまっすぐな青い瞳、意思の強そうな眉、整った鼻梁や唇。上背のあるたくましい体つき……世の乙女なら、誰もが恋してやまないでしょう。私も別の身分であったなら、あるいは別の出会いをしていたなら、同じように思ったでしょう。
 けれど、ロランには家族のようないとおしさは浮かんでも、そのような想いは生まれませんでした。
「……頑張ったら、そうなれるかもしれないけどね」
 私がつぶやくと、ロランは笑いました。
「そうだね。お互いに努力したら、きっと……」
 ロランは最後まで言わず、黙って視線を海に戻しました。
 私も並んで海を見つめました。きっと私達を見る人は、お似合いだとささやくでしょう。実際、ローレシアの城ではそう言われています。私が、ムーンブルクの領土をローレシアに献上して、ローレシア王家に入ることまでまことしやかに噂されています。
 私もいずれ、夫となる人を探し、血筋を伝えるために婚姻しなければなりません。
 でも、良い馬を生むように血統や能力を選ぶのは嫌だと思っています。今は亡きキースは、偶然にもそういった相手でしたが、自然に通いあった想いがありました。
 ランドの父サマルトリア王は、サマルトリア城の尼僧と運命的な恋で結ばれた仲でしたが、ローレシア王と私の父ムーンブルク王は、家柄と魔法力の強さで選ばれた娘とお見合いをして、結婚しています。だからこの2人の結婚は遅かったし、年の差もかなりあったのです。
 父王達が遅い結婚だったのは、次の世代に優秀な子孫を残せるかという選別もあったでしょうが、もしかしたら、2人もこのような婚姻方法が嫌だったのでは……だからぐずぐずと遅らせたのでは、と思っています。
 このままでは、いずれ私達もそうなるでしょう。若さが過ぎた時に、やっと諦めてこの人と思う日が。
 でも、恋を知る私は、やっぱり愛する人と自然に結ばれたいと願っていました。自分を競り市の見本のように、見合い相手にさらけ出すことはしたくない。そんなことをするくらいなら、ロランと一緒になりたい、とまで考えていました。そして、そう、努力すれば、その気持ちも育めると思っていました。
「きれいな月ね」
 私は空に浮かぶ月と、ロランの髪を見比べました。
「ほら。あなたの髪みたいよ」
「君の髪の色にも似てる」
 白銀のような、金色も帯びた月の光を、ロランは手を差し向けて受けとめました。
 手を下ろすと、ロランはまた、じっともの思いに沈みました。
 と、ふいにロランが手すりをつかんで身を乗り出しました。
「どうしたの?」
 びっくりして問うと、ロランは信じられない顔をして水平線を見つめ、「あれ」と指さしました。私は視線を移し、言葉を失いました。
 とても大きな鳥が、月光に輝く水面の上を飛んでいたのです!
 それは鷹に似ていましたが、もっと優美でした。羽根は淡い紫に輝き、足は長く、頭と尾羽に長く美しい飾り羽根を持っていました。
 ひと目でそれが雌だとわかりました。なぜだか、そう直感したのです。
 人を4人は軽く乗せられるような巨鳥は、やがて水平線の彼方に消えてゆきました。
 ふいに鼻を鳴らす音がして振り向くと、ロランが、海の向こうを見つめて泣いていました。彼はつぶやきました。
「……行きたい。あの鳥の行ったところに。僕も連れて行ってくれたらよかったのに」


 そして3日後に、ロランは、ローレシア城から姿を消したのでした。