蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・199

(終わった……)

 ロランは頭から落下した。もう指一本動かせない。

「ロラン!」

 力を振り絞ってランドがロランへ駆け寄った。肩から地面に落ちたロランを抱き起し、べホイミをかける。

「大丈夫?! どこも痛くない?」

「ああ、もうだめかと思ったけど……うわっ?!」
 ロランはのけぞった。ルナがいきなり抱きついたのだ。
「ルナ……」
「勝ったのね。私達、本当に世界を守ったのね……!」
 泣きじゃくるルナの背を、ロランはそっと抱いた。
「……ああ。やっと終わったんだ……みんなのおかげだ」
「うん。ぼく達、お互いよくやったよね!」
 少し得意げなランドの言葉に、ロランとルナも吹き出した。すると、ルナの鞄が青い光を放ち始めた。
「復活の玉が……?」
 ルナが両手で青い宝玉を取り出すと、玉がふわりと宙に浮かんだ。優しい光を放ちながら、美しい娘の声を奏でる。
 ――ロラン、ランド、ルナ。あなた達の働きで、破壊の神シドーは滅びました。これで世界に平和が訪れることでしょう。
「――ローラ様!」
 ルナが宝玉へ呼びかけた。
「いつも私達を神に代わって見守ってくださったのは、ひいおばあ様だったのでしょう? お答えくださいませ!」
 宝玉はきらきらと輝いていた。ロラン達にはそれが、うなずきを表しているように見えた。
 ――神や精霊は、人の生きる世界を整え、普遍の道を示すもの。陰に日なたに庇護する存在ではありません。万能の力と誤りのない予言が人を導くのなら、何のために人は努力し、また悲しみを前にするのでしょうか。
「……でもローラ様はぼく達を助けてくださいました。精霊ルビスでさえ、ぼく達が精霊の祠に行くまで、何もお答えくださらなかったのに」
 ランドが言うと、光は微笑んだようだった。
 ――いつの世も、人は自らの子がかわいいもの。ましてあなた達は、とても重い宿命を背負っていました。魂の源からあなた達がこの地上へ降り立つ時、私は天に願いました。神が直接お守りくださらないのなら、私にその役目を担わせてくださいと。あなた達がつらい時、喜びにある時、私もともにありました。けれどその役目も、終わりが来たようです……。
「ローラ様……」
 ロランも何か言おうとしたが、何を伝えていいかわからなかった。ただ、涙があふれた。
 すると、玉がまとう光は人の姿に変わった。暁色の髪を持つ、美しい姫君だった。
 姫は励ますようにロランの頬に片手を当てた。そして天を仰ぎ、両腕を広げる。
 ――おお神よ! 私のかわいい子孫達に光あれ!
 途端、復活の玉がまばゆい光を放ってロラン達を包んだ。全身の傷が癒える心地よさとやすらぎに、3人は思わず目を閉じる。
 ――さあ、お行きなさい。私はいつまでもあなた達を見守っています……。
 どこからともなく、姫の声がロラン達に届いた。すると、まるで待っていたかのように床が振動しだす。
「これ崩れるんじゃない?!」
 ランドがあわあわした。ルナも拳を口に当てる。
「ちょっと、もう魔法使えないわよ!」
「二人とも、つかまれ!」
 ロランは急いで風のマントを身に着けた。二人が両脇にしがみつくと、走って床を蹴る。3人が飛び立つと、邪神を祀っていた双塔の神殿が崩れだした。少し離れたところに着地すると、折良く神殿も崩壊を終える。
「あ、あれ!」
 ランドが、神殿を振り返って声を上げた。見ると神殿の土台から、数え切れないほどの光り輝く球体が天へ向かって上昇している。
「魂だ……今まで犠牲になった人達の」
 ロランはロトの兜を脱ぎ、黙祷した。ランドとルナも胸に手を当て、天に昇る魂達を見守る。
 やがて最後の魂が天に消えゆくと、ランドがこちらを見た。初めて気づいた、という顔だ。ルナもつられてこちらを見て、同じ顔をした。
「なんだ?」
「――ううん。君は、大丈夫かなって思って」
「どうして?」
「ほら……君、雷に打たれただろ? ぼくが"雷は君の見方だ!"なんて言ったから、だから……」
 ランドがロトの剣を差し出した。曇りのない刀身に自分を映して、ロランはぎょっとした。
 髪の毛と眉が銀色だった。ロンダルキアの雪にも負けぬ、鮮やかな白髪である。
「――」
「ごめん」
 絶句するロランに、ランドが眉を下げ、口をへの字にした。
「君ひとりに背負わせてしまったね」
「――そんなことない」
 ロランは微笑み、ランドの髪をかき回した。
「なんでも自分のせいにするなよ。僕もそう望んだんだから」
「本当に大丈夫? 体は?」
「なんともない。平気だよ」
 ルナの心配に、ロランはにっこりした。雪原の風が銀色の髪を梳いていく。片手でなでつけ、済みきった空気を胸一杯に吸いこんだ。
「さあ、帰ろう」
 二人に向かって、ロランは言った。あれほど恐れていた言葉――旅の終わりを告げる言葉を。
「うん!」
「ええ!」
 ランドとルナも満面に笑ってうなずく。でもその前に、とルナが言った。
「寄らなきゃいけないわ。あの場所に」

 

「よくぞ来た、ロラン! わしはそなた達をずっと待っておった!」
 神官ジェリコが誇らしげに言い放ち、その後うっと声を詰まらせた。
「……最初にこう言いたかったのだ……。しかしそなたは破壊の剣に呪われ、人事不省であったしなぁ……」
「……申し訳ありません」
 ロランは素直に頭を下げながら、前にもこんなことがあったなと思った。そうだ、聖なる祠でロトの兜を受け取った時だ。
 ジェリコの娘である尼僧マリアンヌがつつましく笑った。
「お父様は本当に、その台詞を言うのが夢だったんですよ。よかったですわ、こうしてかなえることができたのですから」
「うふふ、ほんとね」
 ルナも同調して笑う。いささか照れくさげにジェリコが咳払いをした。
 ハーゴンの神殿跡から、ランドがルーラで天意の祠に飛ぶと、中で二人がうれしそうに出迎えてくれたのだ。そしてこのくだりである。
「そのせつはお世話になりました。あなた達がいてくださらなかったら、今頃はどうなっていたことか」
 ランドが丁寧に頭を下げる。
「うむ。そう言ってくれるとこちらも喜ばしい限りだ。そなた達のおかげで、世界は救われた。暗黒に染まった空が元通り晴れ渡った奇跡を、皆が見ているぞ。わしの千里眼には、世界中で歓喜する人々の姿が見える。もうハーゴンの脅威は消え去ったのだと、皆が皆伝えあっておる」
「わたくし達がそのお手伝いをできたこと、誇りに思いますわ。これでお役目を終わらせ、神の御許にゆくことができます」
「そうだったわね、あなた方は、もう……」
 ルナが痛ましげに二人を見る。ジェリコとマリアンヌは一度ハーゴンの手にかかって命を落とした。だがその身を天に拾われ、この世ならざる者としてとどまっていたのだ。ロラン達をハーゴンの神殿へ導くために。
 そのことに気づいたロランは、思わず尋ねていた。
「……つらくなかったのですか。死さえも自分の意思と反してねじまげられ、この場にとどめ置かれたことを」
 マリアンヌは淡く微笑んだ。
「ロラン様、ありがとうございます。お気遣い、うれしく存じます。でもわたくし達は望んでこの場にとどまったのです。ハーゴンと邪教によって世界が滅びに向かうのを、わたくし達はどうしても止めたかった。神はその意志を拾い上げてくださったに過ぎません。もしあなたが同じ立場なら、同じように願ったことでしょう。自らを灯火となしても、それを成し遂げる人への助けになりたいと」
「……おっしゃる通りです。愚問でした」
 ロランが謝罪すると、ジェリコが深くうなずいた。
「そう感じる気持ちが大切なのだ。相手を思いやることは恥ずかしいことではない。それにそなたらも、ハーゴンらを倒す時、そう願って戦っていたのではないかね? 自らを剣と化してでも、弱きものらを守ろうとしたのではないかな」
 3人は強い目でうなずいた。うんうん、とジェリコは微笑んだ。
「さあ、あそこに見える旅の扉からベラヌール法王庁に戻れるぞ。この祠ももうじき崩れる。ゆくがよい。達者でな」
「はい。ありがとうございました!」
 祭壇の向かい側の壁に渦巻く旅の扉の前で、ロラン達は頭を下げた。そして一緒に青い渦に踏みこむ。一瞬で姿が消え、静けさが堂内に戻った。ジェリコとマリアンヌは、寂しそうに旅の扉を見つめていた。
「……終わったな」
「ええ。……さあ、わたくし達も参りましょうか」
「うむ……ゆこう、天の御許へ」
 親子は向き合い、手を取りあった。二人の姿がおぼろにかすみ、二つの光球となって消える。同じくして、ロラン達を送った旅の扉もかき消えた。