蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・198

 雷鳴がとどろいていた。大蛇のような稲妻が周囲を駆け巡っている。
「――っ!」
 ロランは、拳で床を打った。
「勝てないのか、どうやっても!」
 拳を床に置いたまま、ロランは顔を上げなかった。ランドも沈痛にうつむいている。
(本当に、本当にそうなの……?)
 ルナは闇に浮かぶ邪神を見上げた。やがて来たる破滅の刻(とき)を喜び、シドーは高らかに吼えた。
 ロランが強いのは、常人離れした腕力や身の守りなどだけではない。戦いの最中、体の奥底から湧き上がる超人的な攻撃力の発揮――会心攻撃があるからだ。その驚異的な一撃があったから、これまでの戦いを勝ち抜けたといえる。
 だが、今はロランの持つその力が押さえられているらしい。
 これが神の力なのか。それとも、神を前に、心の奥で畏れが自らを縛っているのか。
 ロランはまだ顔を上げられなかった。ランドが弱々しく笑った。
「きっと、ぼく一人の命じゃ、あいつは道連れにできないだろうなぁ……」
 笑えない冗談に、ロランもルナも応える気力がない。
 おそらくシドーは魔法攻撃も効かないだろう。それ以前に攻撃が激しすぎて、こちらの生存のために呪文を使わざるを得ない。
 しかも向こうは全快の呪文を使うのだ。長引けばいずれこちらが落ちる。
 ルナはふと、左手首に目を落とした。長旅のために色あせ、ぼろぼろになった編み紐がはまっているはずだった。だが、邪神の業火には耐えきれず、いつの間にかなくなっている。それをくれた、ムーンペタの町に住む小さな女の子の顔が浮かんだ。
「……ロラン。ランド」
 ルナは二人を見た。呆然とこちらを見返す二人に、ルナは決然と言った。
「……聞いてくれる?」

 

「そんな!」
 ランドが反論した。
「無茶だよ! パルプンテは効果が一定しない。魔力の暴走に頼るなんて危険すぎるよ!」
「でも、きっとあなた達の力になるはずだわ」
 ルナは決意を変えなかった。
「発現する効果、すべてが味方になってくれる。使う私が言うんですもの、間違いないわ」
「それじゃあ君はどうなるんだ?!」
 ロランは詰め寄った。
「そんな不安定な魔法、たくさん使ったら君だって危ないんじゃないのか?!」
「――今は命を惜しんでる場合じゃないでしょ!」
 ルナが怒鳴った。ロランとランドが怯えたように黙る。怒ったことをわびるように、ルナは淡く微笑んだ。
「そうでしょ? 私達、どんなことしたって、あれを倒さなきゃならないでしょ?」
「ルナ……」
 ロランは拳を握りしめていた。そうだね、とランドも言った。観念したように。
「16年ってさあ……ぼく達、結構生きたよねえ?」
 ランドがロランの顔をのぞきこんだ。つられて、ロランも笑いをこぼしていた。
「……そうだな。楽しかった」
 顔を上げると、ルナに言った。
「援護、頼む」
「まかせて」
 気丈にルナはうなずいてみせた。

 

(――私の中に眠る力。今世に私を生んだ勇者ロトの血よ)
 いかずちの杖を正面に握り、ルナは意識を自分の深奥へ集中させた。
(我が命と力を捧げる。千変万化の魔の力、二人の翼となり羽ばたきたまえ!)
 ルナの全身が金色に光った。ルナの内側から発せられる光は、赤い双眸を鮮やかに輝かせる。
 ざわっとルナの金髪が騒いだ。足元から風が巻き起こっていた。放たれる光が七色に明滅する。
 ルナの深奥で、光の鳥が羽ばたこうとしていた。ルナは念じた。
(飛びなさい!)
 

 集中するルナを背に、ロランとランドは懸命にシドーの攻撃をしのぎながら機をうかがっていた。そこへ、一羽の大きな光の鳥がシドーへ向かって飛ぶ。
「効いた!」
 ランドが叫んだ。鳥がシドーの胸にぶつかった瞬間、シドーの全身が暗い青の光に包まれたのだ。ルカナンと同じ効果だと知り、ロランはランドとともに瓦礫を伝って邪神へ跳躍した。
「いやあああっ!!」
 ロランの稲妻の剣と、ランドのロトの剣が交錯する。シドーの左側の腕が2本飛んだ。体重をかけて斬りつけた二人の剣が落としたのだ。
(すごい、いつものルカナン以上だ!)
 床にランドと降り立ちながら、ロランは胸が沸き立つ思いだった。
「いけるよ!」
 隣でランドも嬉々として言う。うなずき返し、ロランはまたシドーへと斬りかかった。
 腕を落とされ、シドーは怒り狂った。残った腕を振り上げ、こちらをたたきつぶそうとする。そこへまた、ルナの飛ばした光の鳥が来た。それが二人に吸いこまれた瞬間、シドーの拳がこちらを薙ぐ。
「――っ!」
 思うさま殴られ、弾き飛ばされた。が、思ったほどではない。今度はスクルトを上回る守備力上昇効果が出たのだ。
 ロランが右から、ランドが左から跳躍して斬りつける。シドーはロランの攻撃にベホマを唱え、落とされた腕を再生させたが、ランドの追撃で胸に裂傷を負う。
 勝てる、とロランは確信した。ルナの作戦通りだ。自分とランド、どちらかが追撃し続ければ、シドーも回復が追いつかなくなり、いずれ斃れるだろう。
 それまでルナの援護が持つか。
(いや、尽きる前に倒すんだ!)
 ロランが身構えた時、シドーが胸を反らし、ぞろりと牙をのぞかせる。紅蓮。紫雷をともなう業火が激流となってロラン達を襲った。ロランはランドとルナの前に立ってロトの盾を構えたが、炎熱による激痛がたちまち全身の感覚を奪った。盾が逸れ、炎がランドに燃え移る。火だるまになって転げまわるランドを助けようとしたが、体が言うことを聞かない。自分が呆然と立ちすくんでいるだけだと知った時、シドーの無慈悲な拳がロランを空中高く殴りつけた。

 

 ――これが神の力か。
 床に横たわるロランとランドを見て、ルナは声が出なかった。パルプンテの連続発動による極度の精神集中で、立っているのもやっとだ。
 二人は動かない。すでにこときれている。
 ルナは体を覆う水の羽衣をつかんでいた。これがロランやランドの分もあったら!
(私だけ生き残ったって意味ないじゃないの!)
 生き返らせなければ。ロランとランドの魂は、幽明界にいるあの娘の加護によって、まだこの中空をさまよっているだろう。ザオリクをかければすぐに蘇生できるはずだ。
 だが、ルナの魔力は残りわずかだった。一度ザオリクをかけたら、もう魔法が使えなくなる。
 ならば同じくザオリクを使えるランドを先に蘇生すべきだろう。しかし、ルナはためらった。先ほどの火炎で、ルナも著しく体力を奪われていた。ランドを生き返らせたとして、またあの炎が来たら――。
(耐えられない。全滅する!)
 シドーがこちらを見た。ルナは即座にいかずちの杖を構え、魔力を集中した。
(勇者ロトよ!!)
 ルナは全身全霊をかけて祈った。
(――奇跡を!!)

 

 シドーがルナに炎を吐きかけた時、ルナの全身から閃光がほとばしった。目を打たれ、邪神は一瞬目を閉じた。ルナが発動したパルプンテの光は、一段と大きな光の鳥になってロランとランドへ飛んだ。そして二人の頭上で無数の羽根となる。
「う……!」
 羽根の雨を受けたロランは、息を吹き返した。傍らでランドも身を起こす。
「――ルナッ!」
 ランドが声を上げた。魔力を使い果たしたルナが、力尽きて倒れようとしていた。ロランが駆け寄ったが間に合わず、ルナは前のめりに倒れこんだ。
「大丈夫か?!」
 抱き起こすと、ルナは薄く目を開けるなり叱咤した。
「何やってるの……早く行きなさい……! あいつを倒すのよ……!」
「――すまない」
 側についてやりたかったが、今は感傷に耽っている場合ではない。ランドが左腕から力の盾を抜き、ルナに手渡す。
「危なくなったら使って。ぼくはまだ魔力に余力があるから」
「ありがと……」
 体を起こして盾を受け取り、ルナはうなずいた。ロランはランドと破壊神へ向き直った。
 シドーはまだベホマを唱えていない。こちらを見おろす目は憤怒に染まっている。ここまで痛手を与えた人間は初めてなのだろう。
 逆上しているなら狙いどころだった。そして、これが最後の勝機だった。
 ロランはランドに目配せすると、正面からシドーへ走った。右手にロトの剣、左手にはやぶさの剣を携えたランドが続く。
 シドーが咆哮し、びりびりと大気が震える。だが、ロランとランドは動じなかった。
 心が燃えている。白く熱く、猛々しく燃えている。否、魂が燃えているのだった。
 シドーが大蛇の尾で薙ぎ払う。ランドは瞬時にはやぶさの剣に持ち替え、連撃で尾を寸断した。ロランは突き出された巨大な腕を身を屈めて避け、傾いた柱を駆け上がる。反対側で、ランドも柱を駆け上がった。
 シドーの顎が開いた。胸が膨らみ、ぞろりと牙が並ぶ口腔に燃えさかる火炎がたまっていく。そこへランドが飛び込んだ。
「だああああっ!」
 両腕を焼かれながらランドはシドーの喉奥にロトの剣を突き立てた。苦痛にシドーは怒号した。吐き出そうとしていた炎が口腔からあふれ、火傷を負ったランドが吹き飛ばされる。落ちながら、ランドは叫んだ。
「今だ、ロラン――!」
 ロランは稲妻の剣を振りかぶり、シドーへ飛びかかろうとした。シドーが咆哮する。無数の紫雷が巨体の周囲に降り注いだ。文字通りの雷雨に、ロランは一瞬怯んだ、その時である。
「お前……?!」
 右手に熱を感じ、ロランは稲妻の剣を見ていた。剣は、雷に共鳴し、喜ぶように自らも青白い電光を走らせている。

 それを見たランドは直感した。叫んでいた。
「ロラン! 稲妻は――君の味方だ!!」

 雷鳴がとどろいた。
(――ああ)
 ロランは束の間瞑目し、剣を握りしめた。
(そうか。勇者って……そういうことだったんだ)
 ここで負ければ、自分達が背負ったすべての命が死ぬ。相対するのは、言葉も小賢しい知恵も持たない邪悪の化身だ。求めるのはただ殺戮と破壊のみ。
 これを討つことができるのなら。すべての命を守れるならば。
(命なんて惜しくない)
 毅然と顔を上げると、ロランは稲妻の剣を天に掲げた。
「稲妻よ、僕に落ちろ!! 僕の全部を使って、邪神を討つ剣(つるぎ)となれ!!」
 天が割れた。太い稲妻がロランの剣に走った。
 脳天から足先まで貫く衝撃に、ロランの視界が真っ白に染まる。
 全身にみなぎる強い衝撃にロランは打ち震えながら足場を蹴った。歯を食いしばった。天から下った白い力は、内側からロランを滅ぼそうとしていた。意思を強く持たないと、すぐにばらばらにされてしまいそうだった。
 両手で剣を振り上げながら、ロランは祈っていた。
(この一撃に、神を討つ力を!!)
 稲妻の剣がうなり、三回りも大きな光をまとう。ロランは目の前に迫ったシドーの脳天へ一気に振り下ろした。
「うおおおおおっ!!」

 閃光。
 
 シドーが絶叫し、空間が割れんばかりに鳴動した。
 ロランは落下しながら邪神の頭頂から股間にかけて断ち割った。その筋が金色に光り、脳天から股下にかけて隙間が生じる。と、喉元が急激に膨れあがり爆発した。血や肉が飛び散る中、無傷のロトの剣が雷光を浴びて回転しつつ落下する。剣が床に突き刺さった直後、邪神の巨体は光の柱となって天を貫いた。

 世界の人々は見た。ロンダルキア台地から立った巨大な光の柱が暗黒の天空をうがち、そこからまばゆいほど鮮やかな青空が広がっていくのを。