蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・197

【破壊神】

 これが神だというのか。ロラン達は慄然としてそれを見上げた。
 頭部に長く伸びた二本の白い角。顔の両脇には鰭(ひれ)が生え、鼻はなく、牙が生えそろった巨大な口はこめかみまで裂けている。
 4本の腕は三本の鉤爪で虚空をつかみ、宙を泳ぐ足もまた大きい。
 全身は碧色の鱗に覆われ、大蛇の頭を持つ尾がうねくっている。巨体は空中に直立し、背に広がる皮膜の巨翼が悠然と羽ばたいていた。
 短い首から巨大な髑髏を下げている。それが並の巨人のものであろうはずがない。ひと目でわかった。生贄に捧げられた無数の人々の骨を練り合わせて作られたのだと。
 破壊神シドー。邪神官ハーゴンの祈りに応えた唯一の存在にして、見返りに幾千という人間の生き血を求めた邪悪の化身。
 儀典は伝える。シドーは原初に生じた悪の根源のひとつ――破壊を司り、あらゆる暴力の主である。魔物や人間が持つ負の感情、破壊衝動はこの神から生じる。
 ゆえにシドーは言葉と智慧を持たない。衝動のおもむくまますべてを破壊した果てに、世界は混沌に戻されるという。
 聖堂は崩壊し、床だけが残っていた。四方を見渡せるが、晴れていた空は暗黒に閉ざされ、何も見えない。シドーが羽ばたくたびに暴風が巻き起こり、紫電が周囲を飛びかう。厳冬にもかかわらず、やけに空気が生ぬるかった。
「……ぼく達が最後の生け贄じゃない」
 おののきながらランドが言った。
ハーゴンがそうだったんだ! 最初から決まってたんだ!」
「――くっ!」
 ロランは歯噛みした。ハーゴンが言っていた意味がようやくわかった。
 ――たとえこの私を倒しても――
(そういうことだったのか!)
 ゴオオオッ!!
 シドーが天を仰ぎ、咆哮した。雷鳴に似た声に空間が共鳴し、無数の雷が降り注ぐ。
「――来るぞ!」
 ロランが身構えた。シドーが白い表皮に覆われた胸を膨らませ、一気に業火を吐き出す。ロランが二人の前に立ち、ロトの盾で炎を防いだ。しかし地獄の炎は熱に耐性を持つロトの鎧をも焦がした。盾を支えるロランの手と腕が焼かれ、すさまじい痛みに頭が真っ白になる。轟と燃え盛る炎熱の中、あぶられる腕の血が煮えたぎり、幾万本もの針を打ち込まれるような痛みに気が遠くなる。永劫のように長い時間だった。
「べホマ!」
 炎がやんだ直後、ルナが全快の呪文を唱える。安堵によろめき、だがすぐに膝に力をこめた。ロランは倒れて傾いだ柱を駆け上がり、巨大な体へ飛びかかった。
「おおおっ!」
 落下する体重を乗せ、ロランはシドーへ斬りかかった。シドーはうごめく腕の一本を軽く振る。指先に当たっただけで、ロランは軽々と吹っ飛んだ。
ベホイミ!」
 ランドががいち早く呪文を唱える。一瞬で腕や体の痛みが消え、ロランは空中で体勢を立て直した。着地してすぐ、シドーの尾へ斬りかかる。即座に、後方でランドがスクルトを、ルナがルカナンを唱えた。
「やああっ!」
 床すれすれに垂れ下がってうごめいている大蛇の尾へ斬りつけると、あざ笑うように舌を出し入れしていた大蛇の頭が落ち、どっと鮮血が吹き出した。シドーが吼えた。神といえども、肉体を持つ以上は現世の法則に従うのだ。
(勝てるかもしれない!)
 ロランが思った時、不気味な声音が聞こえた。
「何っ?!」
 ロランは目を疑った。切り落としたはずの大蛇の頭が生えてきたのだ。見上げると、シドーは笑いを深めたようだった。
ベホマよ! あいつも使えるんだわ!」
 ルナが叫ぶ。シドーが再び業火を吐いた。3人は喉や肉を焼かれる激痛と息苦しさにのたうち回った。
ベホイミ……!」
ベホマ!」
 苦しげにランドがロランにベホイミをかけ、ルナがランドにベホマをかける。そのわずかな間を無駄にしないよう、ロランはシドーの足先へ走る。
 ぶうんと尾がうなった。斬りつけようと振りかぶった瞬間だった。まともに腹に受け、ロランは壁にたたきつけられた。即座にルナがベホイミを唱えた。手足に力が戻ると、ロランはシドーへ走った。跳躍し、足首に斬りつける。だが。
 ――ベホマ……
「だめだ、また……!」
マホトーン!」
 ロランが歯噛みした時、気迫のこもったランドの詠唱が響いた。しかし魔封じの方陣は、邪神の前であっさりと消え去った。
 シドーは2対の腕を振り回し、ロラン達につかみかかった。ロランは右腕の直撃を受け、床にたたきつけられる。ランドは左手の一本につかまれると、無造作に放り投げられた。落下したランドは頭を打ち、意識を失った。
「ああ……!」
 ぐったりした二人を見て、ルナは焦った。
(助けなきゃ)
 どっちを先に?!
 ルナはシドーを見上げた。シドーは、起き上がろうと肘を突いたロランを見ている。いかずちの杖を構え、ルナはロランにベホマをかけた。ロランは跳ね起き、敢然とシドーへ斬りかかる。その間に、ルナは倒れたランドへ駆け寄った。
「ランド、しっかり!」
「……っ」
 ランドの顔は真っ青だった。ルナが抱き起こすと、力の盾がはまった左腕を掲げようとする。ルナが手伝って、盾を天に掲げさせた。癒しの光がランドを包んだ。
「勝てない、このままじゃ……」
 脂汗を浮かべ、ランドはロランを翻弄するシドーを見た。
「あいつが回復する前に倒さないと、いくらやっても無理だ。きっとあいつの魔力は無限だろうから、尽きるまで待ってられないよ」
「……っ」
 どうすればいい。ルナが考えを巡らせようとした時、シドーが天に吼えた。紫色の稲妻が無数に降り注ぎ、大気を灼く。
「うあっ!」
 稲妻の一本に打たれ、ロランがこちらへ弾き飛ばされた。どっと転がる体を、二人して支える。
ベホイミ!」
 ロランの胸元に手を当ててランドが回復呪文を唱える。眉を寄せ、ひと声うなって、ロランは目を覚ました。
「ロラン、大丈夫?」
 ルナが声をかけると、ロランは血の気のない顔で自分の手のひらを見つめた。
「どうしたんだい?」
 不吉な予感がして、ランドが尋ねる。ロランはありえない、とつぶやいた。
「力が出ないんだ……いつもの、あの感じが来ない」
「どういうこと?」
 ルナが訊く。ロランは開いていた手を握りしめた。
「……会心が来ない。出せないんだ」
 ランドとルナは絶句した。