蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・195

【ベリアル】

 双塔を支える5階の階段は、左の塔につながっていた。終わりがないのではと思うほど長い階段を上りつめると、屋上に出た。正十字形になった頂上部の右――ロラン達から見れば正面から、床材を並べた細い橋が渡っている。橋には手すりがなかった。
 屋上は風が強く、吹雪になっていた。ロラン達は離れぬように、慎重に早足で渡った。
「……来たか」
 橋を渡り終えると、重々しい声が響いた。右の塔と同じ形の広間に、金色の悪魔が立っている。悪霊の神々、最後の一柱――魔界の将ベリアルである。
 無言で身構える3人に、ベリアルは不敵に笑った。
「よい目だ。殺戮に言葉は要らぬと、お前達もようやく理解したようだな」
「言葉で説いたところで、お前達は聞かないだろう」
 ロランが言った。ベリアルの口元がつり上がる。
「無論。だが、それはお前達人間も同じではないか? お前はその剣で、何千という我らの同朋を殺してきた。目的のためなら殺戮もいとわぬ、それが正義だとうそぶくのなら、悪魔と人間にどんな違いがある!」
 ベリアルは三叉槍をしごくと、3人めがけて繰り出した。ロランは鋭い突きを盾で受け、両脇にいたランドとルナは素早く左右に散り、スクルトルカナンを唱える。自分の体が軟化したのは知っていたが、ベリアルはロランが一撃を受けとめたことに感心していた。
「やるな、小僧! 我が槍を止めたのはお前が初めてよ」
 ベリアルは右手で槍を突き出したまま、左手を天に掲げた。人差し指で円を描きながら集中する。
イオナズン!」
 避ける間はなかった。ロラン達は爆風に吹き飛ばされ、床や壁にたたきつけられる。しかし苦鳴は上げない。ランドがロランに、ルナがランドにベホイミをかけ、ロランは稲妻の剣を構えて悪魔へ走る。
 ベリアルは炎を吐いた。青みがかった高熱の炎に焼かれながら、ロランは跳躍した。大上段から振り下ろされた剣を槍で受ける。すさまじい衝撃が槍を振るわせた。ベリアルは愉悦を浮かべた。
 間近に見るロランの青い目には、恐怖も義心もなかった。目の前の敵を倒そうという意思だけが冷たく輝いている。
 理想的な人間だ。ベリアルは惚れ惚れした。
「むん!」
 力任せに槍を押し返すと、ロランは宙を舞った。無防備な体に槍を突き上げる寸前、脇腹を浅い痛みが走る。ランドがはやぶさの剣で斬りつけたのだ。
「雑魚が、邪魔をするな!」
 ベリアルは長い尾を打ち振ってランドを弾き飛ばした。口の中を切って、ランドの唇から血がこぼれる。だが泣き言は言わない。即座に力の盾を天にかざして自分を癒し、果敢に攻撃してくる。その間に、ルナがベホイミでロランが負った火傷を癒した。
 ベリアルは翼をはばたかせて宙に舞うと、再びイオナズンを唱えた。白熱。しかし悲鳴は聞こえない。熱と風圧に、常人なら絶叫してもだえるところだ。だが、ロラン達は無言で耐えている。爆風が収まると、すぐにランドとルナが回復呪文を唱える。ロランはそれを背に、ベリアルへ斬りつけた。
(なんだ、この感じは……)
 攻撃を受けそこね、胸元を深く切り裂かれながら、ベリアルは一瞬、畏怖を覚えた。
(我が恐れているだと?)
 ロラン達は、自分が思い描いていたような甘い人間達ではなかった。励まし合い、苦痛に泣き叫びながらも立ち上がって無謀な戦いを挑もうとするような――。もはやそういう人間ではなくなっていた。仲間の連係にもいちいち感謝を告げない。なぜなら、お互いにそうするのが当たり前になっているからだ。ランドとルナが互いの傷を癒し、ロランがひたすら攻撃をする。それは3回行動できる、ひとりの人間に似ていた。
 3人をつなぐ命の線が見えた気がした。ランドとルナ、どちらかを倒せば、この均衡は崩れる。ベリアルはルナに狙いを定めた。ロランとじっくり殺し合うのは、あとでもできる。
「はあっ!」
 ベリアルは槍を突き出した。衝撃波がルナを襲い、華奢な体が宙を舞う。
「きゃあっ!」
「ルナッ!」
 ランドが跳んで、空中でルナの体を受けとめた。その隙に、ロランがベリアルの背へ斬りつける。
「ぐおっ!」
 翼を切り裂かれ、ベリアルは振り向こうとした。硬い皮膚と筋肉で覆われたいかつい体は、身をひねるのが難しい。脇腹に、ずん……と鈍い衝撃が走った。首を傾けると、ロランの剣が深々ともぐり込んでいる。ごぼりと血を吐きながら、ベリアルはにやりと笑った。
「背から襲うのは卑怯だと習わなかったか?」
「それも戦法だと、旅で学んだ」
 剣を引き抜き、ロランはとどめを刺そうと振りかぶった。
「――ベホマ!」
 ベリアルは全快の魔法を使った。瞬時に傷が癒え、翼も元通りになる。初めて、ロラン達の顔に動揺が広がった。
「まだ終わりではないぞ。我を侮るな!」
 ベリアルは槍で薙ぎ払った。風圧で3人が宙に舞う。
「うわあーっ!」
「ランド!!」
 宙でもがきながら、ロランはランドが部屋から放り出されるのを見た。その背には白い空。回廊とも呼べない細い橋には取っ掛かりもないのだ。ロランは背筋が凍った。肩から床に落ち、痛みに息が詰まったが、気力を振りしぼって立ち上がり、ランドのもとへ転がるように走る。
「ランド!」
「ロラン……」
 ランドは橋の縁に、両手の指だけでつかまっていた。強まる風が細身を振り子のように揺らし、そのたびにランドは恐怖に歯を食いしばる。風は彼をあざ笑うように、上へ下へと吹き荒れた。
「今引き上げる!」
 ロランは剣を置くと、ランドの手首をつかんだ。ベリアルの哄笑が響いた。
「助けあうことは美しきかな――。だが、これでもまだできるか?」
「――ルナ?!」
 ゆっくりとロラン達へ歩み寄るベリアルの左腕には、ルナが抱えられていた。首を絞められ、苦しげに足をばたつかせている。
「だめよ、こんな奴の言うこと聞いちゃ……」
 逃れようともがきながら、息も絶え絶えにルナが言った。ロランはランドの手首をつかんだまま、無言でベリアルをにらんだ。
「貴様がその王子を引き上げると同時に、王女の首を折る。だが、その手を放せば、首を折るのはやめてやろう。どうするかね?」
「……」
 ベリアルを見るロランの目が、ますます冷たくなった。
「お前達悪魔の常套手段だな。バズズも同じ様なことをした」
「常套にして最善。そして、人間の苦しみを見ることが喜びよ」
「……ロラン」
 宙づりになったランドが、ロランを見上げた。ロランはランドの唇の動きに、苦渋を浮かべた。
 びょうと風が吹いた。横殴りの雪が紗幕となって、一瞬互いを隠す。
「……ルナを離せ」
 ベリアルを見つめたまま、ロランはランドをつかんでいた手を放した。力尽きたのか、ランドの手があっさりと縁から離れる。ルナは目を見開き、声も出なかった。ベリアルは胸を反らせて笑った。
「はーはっはっは! 友情より女を取ったか。気高い勇者の子孫も、下劣な感情に負けたものだな」
 ベリアルは乱暴にルナを床に放り出すと、風が吹き荒れる橋に踏みこんだ。稲妻の剣を手に、ロランは立ち上がった。
「――わかってない」
「――何?」
 仲間を失ったというのに、ロランは微笑んでいた。ベリアルは動揺し、足を止めた。
「――僕達がどれだけお互いを信じているか。――お前には一生わからない」
 ベリアルは見た。ロランの左手側から、青い翼を広げて少年が舞い上がるのを。風のマントを身に着けたランドが、荒れる風を捉えてこちらへ滑空してくる。はやぶさの剣を抜き放って――。
(そうか、あの時!)
 雪の紗幕が視界を遮った時、ロランがランドへ、小さく畳んだ風のマントを渡したのだろう。こちらの目が届かないところでランドはそれを身に着けていたのだ。
(謀られた!)
 歯噛みした時、ロランも怒号を上げてベリアルへ突進していた。ベリアルが槍を構える寸前、素早く滑空したランドのはやぶさの剣が十字を描いた。
「ぐおおっ!」
 首と胸を切り裂かれ、ベリアルはのけぞった。そのみぞおちへ、熱い衝撃が突き抜ける。ロランが稲妻の剣を突き刺したのだ。
「こしゃく、な……」
 体を折ってよろめき、ベリアルは倒れまいと槍で自分を支えた。
「べ、ベホ……」
 全快の呪文を唱えかけたその時、ぐきりと首で音がした。視界が斜めに歪む。
「……なっ」
 血走った目を必死に向けると、剣ではなくロトの盾を横にしてこちらの首にめり込ませたロランが映った。
「……盾はそういうことに使うなと」
「習ってない」
 そっけないロランの言葉に、ベリアルは皮肉に笑っていた。
 そうか。――天才か。
 言い終えることなく、ベリアルの視界は暗転していた。
 巨体がどうと背から倒れ、黒いもやとなって消えると、ロラン達は胸で息をついた。
「やるじゃない」
 ロランとランドを見て、ルナが不敵に微笑む。
「私もだまされちゃったわ。でも、あなた達らしいわね!」
「ランドの機転のおかげだよ」
 ランドを見て、ロランは微笑む。ランドも照れて笑った。
「うまく飛べるか自信なかったけど……でも、落ちなくてよかったあ」
「ちゃんと飛べてたよ。うまいじゃないか」
「風にも助けられたからね。運が良かったんだよ」
 だが、その運も自分達が勝ち取ったのだと、ロランは思う。ベリアル達が負けたのは、表向きの言葉や顔色だけで、人間の何もかもを知った気でいたことだ。
 人間はそんなに浅くない。そう言ってやったところで、もう彼らには伝わるはずもないが。
 3人は、ベリアルが守っていた最後の階段を見上げた。
 この上にハーゴンがいる。長かった戦いも終わるのだ。
 きっと口を結んで、ロラン達は階段を上り始めた。