蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・194

バズズ

「よぉおおこそ」
 嫌らしい笑みを満面に、紫色の猿魔が迎え出た。
 悪霊の神々の一柱――狡猾の主、バズズである。
 5階は、左右に壁と柱が断続的に並ぶ吹き抜けの回廊だった。バズズの背後に、双塔へつながる階段室が見える。
 風が出始めていた。まわりは一面の白。太陽は雲に隠れ、雪が舞っていた。
「長かったなァ、ここまで……。この日を愉しみにしていたんだぜェ」
 ゼイゼイと悪魔は笑った。ルナが低い声で応える。
「ずいぶんしわがれた声ね。若いふりはよしなさい」
 ヒッヒッ、とバズズは腹を抱えた。
「よくわかったねェ、お姫様。だが、気だけは若く持っていなければなァ。太古の時間を生きていれば、枯れる悪魔も多いがねェ。――しかし、今はずいぶんと落ち着いているじゃないか。わしの影に出遭った時は、あんなに怯えていたのに」
 ルナは一瞬黙った。が、すぐに不敵に見つめ返す。
「お前こそ、私が呼び出した存在に尻尾を巻いて逃げたじゃない。見ものだったわよ」
パルプンテ――まさかお姫様が使えたとはなァ。だが、あれは魔力の暴走が招く事故だ。また好都合なことが起こるわけではない」
「もう、あの時とは違う」
 ロランが前に出た。バズズの赤い眼が三日月に歪んだ。
「しかし、わしの敵ではない!」
 言いざま、バズズはこちらへ跳躍した。
ザラキィ!」
 突きだした手から赤紫色に輝く光弾がいくつも飛び出す。視覚化された死の手は、ロラン達の血を凍りつかせようと迫った。ザラキの呪文は目に見えないからこそ避けようがない。だが、バズズはより相手を恐怖させるため、あえて改良したらしい。
「踊れェ!」
 ロラン達が光弾をかわした時、3人の中心で爆発が起こった。ほとんど集中せずにバズズイオナズンを放ったのである。悲鳴を上げ、3人は床にたたきつけられた。
 ルナがロランに、ランドがルナにベホイミを唱える。ロランはバズズへ斬りかかった。
「遅いィ!」
 振り下ろしたロランの剣をやすやすとかわし、バズズは壁を蹴ってロランに跳びかかった。赤黒い鉤爪が薙いだ瞬間、ロランはロトの盾で受けとめる。バズズは軽やかに宙返りすると、回し蹴りを放った。顔を殴られ、ロランはのけぞった。
 ランドがスクルトを、ルナがルカナンを唱えた。バズズはげらげらと笑った。
スクルトルカナンは戦いの基本だなァ。よく勉強しておる。少しは休んだらどうだ?」
 バズズは胸をふくらませると、ゆっくり息を吐いた。風に乗って、熟した果実のような甘い香りが漂ってくる。「息を止めて!」ルナが叫んだ。
「甘い息よ!」
 注意をうながしたのがあだになり、ルナが昏倒する。ロランとランドは間に合った。バズズはますます笑い転げた。
「――っ!」
 まだ甘い息が滞留していると踏んで、ロランは息を止めたままバズズへ斬りつけた。初撃をかわし、バズズはさらに笑おうとしたが、翼を一枚切り裂かれる。ランドがはやぶさの剣で追撃したのだ。
「おっと、危ない」
 なんら痛みを顔に出さず、バズズは笑い顔のまま飛びのいた。ロラン達の後ろで早くもルナが体を起こしている。そこへ、間髪入れず呪文を唱えた。
イオナズン!」
 ロランがとっさにロトの盾を構え、ランドとルナをかばう。しかし、爆発の熱と風は容赦なく3人を襲った。装備から露出した肌が焼け、髪を焦がす。ランドとルナが回復呪文を使い、瞬時に互いの傷を癒した。爆発がやんだ瞬間、ロランはバズズめがけて突進する。
ザラキザラキィ!」
 バズズザラキを連発した。ロランは矢のように襲ってくる光弾の中を突っ走る。バズズもまた、ザラキ弾幕としか考えていなかった。死の壁を突破してきたロランを爪で迎え撃つ。あざ笑いながら薙いだ爪が切り飛ばされた。ひょっ、とバズズは息をのんだ。面白そうに、血の流れる片手を見る。
「痛い、痛い。久しぶりだなァ、この感覚。人間では初めてだぜェ」
 応える義理はない。ロランは返す手で剣を振り下ろす。バズズは身軽にかわすと、宙に舞いながらイオナズンを唱えた。魔法はスクルトでは軽減できない。攻撃が止んだ瞬間に、ランドがマホトーンを叫ぶ。だが、宙に描かれた魔封じの円陣はバズズの前でかき消された。
「効かぬわ、雑魚めがァ!」
 バズズは哄笑しながらランドへ跳びかかった。

「うわあっ!」

 組み付かれ、振りほどこうとランドがもがく。
「放せっ!」
「するか、あほう!」
 斬りかかったロランに、バズズは残った爪でランドの喉元をぐいと引き上げた。
「お前が斬れば、同時にこいつをやってやる。さあ、言ってみろよ。お前ら人間お得意の、“ぼくに構うな!”ってさァ……」
「……っ!」
 寸前で立ち止まり、ロランはランドの背中で笑うバズズをにらんだ。ランドはのけぞらされた顎をなんとか引いて、目でロランに訴える。できない、とロランは歯噛みして小さくかぶりを振る。察して、バズズが大笑した。
「はーははははァ! いいぜェ、もっと見せてくれェ! お前らの小芝居は傑作だよ。そうやって何の役にも立たない表向きの善意を見せて、自分は悪くない、精一杯やったんだって、あとから言い訳するんだよなァ。結局自分が大事、自分さえ良ければそれでいいってのがお前らだもんなァ」
「違うッ!」
 まともに相手をしてはいけないとわかっていても、ロランは叫んでいた。
「自分がどうなっても、大切なものを守ろうとする気持ちは……偽善とは違う」
「それだよ、それだよ!」
 バズズの1枚と半分になった翼がバタバタ笑う。
「“自分”はどうなっても、“自分の”大切なものは――ってさァ。結局自分大事じゃねェか。それで残されたものはどうなるよ。ローレシアの王子、貴様がよく知っているんじゃないかァ?」
「ああ。思い知った」
 バズズから目を離さず、ロランは剣を構えて言った。
「だから言える。――お前には絶対に、人間の気持ちはわからない」
「おいおい、本気か? こいつ死ぬぞ?」
 応えず、ロランはランドにしがみつくバズズへ走った。これ以上ないくらい速く――バズズが嬉々としてランドの首を掻き切ろうとした瞬間、ロランの剣がランドを戒める腕を切り落とす。激痛。バズズは絶叫し、ランドを蹴り飛ばしながら離れた。ランドは前のめりに転びながら、急いで間を空ける。
「おのれぇえええ!」
 バズズはざわりと全身の毛を逆立たせた。はっとしてランドがバズズを向く。ランドにはバズズが使おうとしている呪文がわかった――メガンテだ。バズズが息を吸いこむ。口が呪文の最初の言葉を放とうとした時、ルナの声が響いた。
ラリホー!!」
 まさか、とバズズは意識が途切れる寸前に思った。
 ――効いた、だと?!
 バズズの目から光が消えた瞬間、ロランの稲妻の剣がバズズの胸を貫き通した。
「ぐぎいいいっ!」
 衝撃と激痛に一瞬で覚醒し、バズズは自分を貫くロランの腕にがっちりと組み付いた。
「まだ諦めん、諦めんぞ、わしはァ――!」
 バズズの全身が黒い霊気に覆われる。再びメガンテを唱えようとした体が、横にずれた。
「なっ……」
 胴体と腰から分断され、宙を舞いながら、バズズロトの剣を横様に払ったランドを見ていた。
 二つになった紫の体は壁と壁の間から落ちた。3人はそれを振り返ったが、地面まで見届けようとはしなかった。
「……敗因は」
 ルナが言った。
「私達がひとりじゃなかったってことよ」
「うん」
 ランドがロトの剣を背中の鞘に収めた。ロランも、稲妻の剣を一振りする。まとわりついた悪魔の血が、さっと床に散った。
「悪霊の神々は、あと1体か」
 ロランは上階へ続く階段を見上げた。
 雪が強くなってきた。3人は先を急いだ。