読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・193

 刃はアトラスの足の甲を割った。鮮血が噴き、ロランの顔と胸元に飛び散る。アトラスが吼え、傷つけられた足を振り上げた。
「くうっ!」
 剣を手放すわけにはいかない。柄を握ったロランは乱暴に振り回された。稲妻の形をした刃はアトラスの肉に食いこみ、どんなに振り回されても抜けない。
「グオオッ!!」
 さんざんロランごと振り回してから、アトラスは怒りに燃える目で足の甲に手を伸ばした。
「ロラン!」
 打ち振る足の風圧で近づけなかったランドが、ロランを助けに走る。ロランは迫ってきた巨大な手を見上げ、剣を諦めて逃れようとした。だが、鈍重に見えた手はあっさりとロランを捕まえる。
「ぐっ……」
 スクルトの呪文とロトの鎧がなければ、すぐにあばらを折られていただろう。だが、じわじわと力をこめてきた手の中で、ロランは息をするのもままならなかった。
「弱イ……小サイ」
 アトラスは単眼と口だけの顔で笑った。
「――イオナズン!」
 詠唱とともにアトラスの背中で爆発が起きた。強烈な爆風にアトラスは背を押されたが、にたりと背後を振り返って笑う。
「効いてない……」
 ルナの構えていたいかずちの杖がわずかに震えた。ランドが放ったベギラマも、アトラスの顔になんら傷を負わせていなかった。
「魔法ハ最強ノ手段デハナイ……」
 アトラスはランドとルナを見おろして言った。仮にも王、その声は猛々しさと威厳に満ちていた。
「力コソガ全テ……!」
 両腕を広げ、アトラスは咆哮した。広間全体が振動する。ロラン達は悲鳴を上げ、両手で耳を塞いだ。が、ロランはアトラスの手が緩んでいることに気づいた。気合をこめて右肘を指の関節に打ちつける。
「ガァッ!」
 慢心を衝かれたアトラスは手を開いた。落下したロランは回転して受け身を取り、床に着地する。アトラスの足に刺さった剣を抜きに走った。アトラスは怒り狂い、棍棒でロランをたたき潰そうとする。
マヌーサ!」
 とっさにルナが幻惑の呪文を唱えた。淡い紫の霧が立ちこめ、ロラン達の姿を幾重にも映す。しかしアトラスは動じなかった。大ぶりに棍棒や拳を振り回し、出現した幻もろとも3人を潰しにかかる。
「やああっ!」
 ランドがロトの剣でアトラスの背後から足元へ斬りかかった。浅い切り傷しかつけられないが、ロランから注意を逸らすには足りる。その間にロランは稲妻の剣が刺さった足へ接近していた。柄へ手を伸ばす。気配に気づいたアトラスが、身を屈めた。
ルカナン!」
 ルナが守備力を下げる呪文を唱えるのと、ロランが剣を取ったのが同時だった。アトラスの全身が暗い青の光に包まれる。ロランは肉に食いこんだ剣を引き抜いた。手応えは軽かった。呪文の効果で組織がもろくなっているのだ。
 再びロランをつかもうとしてきた手に斬りつけて飛びのいた。アトラスの指が2本落ち、絶叫が空間を揺るがす。
「ガアア!!」
 激怒したアトラスの全身が、さらに赤くなった。棍棒が空を薙ぎ払った途端、衝撃波で装飾用の柱が何本も崩れ落ちる。
「ロラン!」
 ルナが壁の一角を指さした。切り出された窓から、強い陽光が差し込んでいる。ロランはランドに目配せし、窓へ走った。
 アトラスが棍棒を振り回しながら追いかけてくる。次々と落ちてくる柱を避けながら、ランドがアトラスへロトの剣で斬りかかった。アトラスは嬉々として棍棒を振り下ろす。間一髪で避け、ランドは横へ飛びのいた。そこへ、ルナがいかずちの杖から電撃を放つ。むずがゆさにアトラスが振り向いたその顔に、一筋の光が射した。
 陽光に目を射られ、巨人はあぜんとする。白い光の中で見たものは、斜めに倒れた柱を足がかりにこちらへ飛んだロランの姿だった。
 ロランは無言で稲妻の剣をアトラスの単眼へ突き通した。ぶうんと目の中心で稲妻の剣がうなり、刀身のまとう太い電光が眼球に吸いこまれる。電撃は脳髄を焼き、背骨を貫通した。
「ゴオオオッ!!」
 アトラスはのけぞった。ロランは大きな口に吸いこまれないよう、身をひねってアトラスの白目を蹴り、剣を抜きつつ宙へ飛ぶ。
 アトラスは長く咆哮しながら、背が折れそうなほどのけぞった。爪先が浮き、そのまま倒れこむ。巨体が床をたたきつけ、3人はよろめいた。巨人はそれきり、動かなかった。
 荒い息を整えながら、ロラン達は徐々に消えていく巨体を見つめた。完全に消え去ってから、ランドが張りつめていた肩を下げる。
「終わったぁ……」
「ありがとう、ルナ」
 ロランはルナを見た。
「君は本当に頭がいいな」
「何よ、今さら」
 ルナは強気に笑った。
「私は示しただけよ。でもあなた達は、何も言わずにやってのけたんだから。――それってすごいんじゃない?」
「ははっ」
 ロランは軽く鼻の下をこすった。少し遅れて、ランドも笑う。が、笑いは続かなかった。しんと静まり返った広間にこもる血の臭気に、3人は真顔で向き合った。
「……見ていてくれたかな」
 ぽつりとランドが言った。ロランとルナは小さくうなずいた。そうであってほしかった。
 犠牲者の魂は、階下の鬼火として苦しみながらさまよっているのだろう。しかし、広間に塗り込められた血からたくさんの人々が立ち現れ、自分達を見つめているような気がしてならなかった。
 きっと彼らは叫んでいるだろう。
 絶対に、誰かが自分達のような目に遭わないようにと。
(絶対に)
 ロランは胸の中で繰り返した。
(約束する)
 そして、振り返らずに歩きだした。