蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・191

「我が幻術が破られたか……」
 幾千の蛇身が融合してできた十字架の前で、邪神官ハーゴンはつぶやいた。聖堂に据えられたかがり火が微かに揺らめいている。合わせて揺れるハーゴンの影よりもっと暗い影が、後ろに三体控えていた。
 アトラス、バズズ、ベリアルの影である。
「精霊ルビスが手を貸したか。小賢しい真似を」
 ベリアルが言った。
ハーゴン様の幻術は、人間の力では決して破られぬものですからなァ」
 バズズの影が笑いながら言う。
「幻惑の空気を吸った人間は隠された欲求を見せつけられ、逆らわず堕落してしまうもの。なぜ、引っかからなかったのでしょうなァ」
 ハーゴンは冷たい目で影達を振り返った。
「それを理解できぬのが、貴様ら悪魔だ」
 バズズは両手をすり合わせた。
「我らにもわかるように言ってくだされ」
「薬が毒になる体質があるように、あの3人には幻術が効かなかったのだ。奴らの見た夢は、理想通りではなかったのだろう。違和感が目を覚まさせたのだ」
「ルビスの助けがなければ、幻に囚われて狂い死にしただろうにな」
 ベリアルが鼻を鳴らした。
 それは間違いではない――。ハーゴンは胸の内でつぶやく。
 自分が神殿にかけている幻術は完璧だ。今まで、どの人間にも失敗したことはなかった。

(ロトの子孫は特別なのか。特異な力だけではなく、心のありようも、並はずれている――)

 ゆえに、天は彼らを救った。完璧な人間こそ愛しても、そうではない人間は見向きもしない。ましてや、3人は伝説の勇者の血筋だ。
(神とはそういうものだ。真に苦しむ者を救いはせぬ)
 おおおん。
 双塔の神殿の奥底で、咆哮が聞こえた。
「おおっ!」
 悪霊の神々が歓喜した。ハーゴンと影達の間に赤黒い穴が生じ、ぬうっと頭の大きな蛇が直立した。眼窩は黒く、瞳は赤く、背に小さな翼を持っている。槍の穂先のような尾は、三つ目の髑髏を抱えていた。
 ロラン達が運んできた邪神の像だった。
 ただの物体であったはずのそれは、生命を持っていた。像は小刻みに翼をはばたかせ、蛇身の十字架へ飛んでいく。十字架は身もだえた。形を作っていた作り物の蛇が一斉にほどけ、像を飲み込む。蛇達はうごめきながら溶けていき、やがて巨大な邪神の像となった。
「完成した。これで我らが神を降臨させられる」
 さすがのベリアルも、口元を笑いに歪めている。バズズは哄笑した。
「おめでとうございます、猊下。これでロトの子孫とやらを殺せば、万事整いますな」
(うそぶきを)
 ベリアルの追従(ついしょう)に、ハーゴンは重々しくうなずく。
「3人をここへ通すな。お前達の手で、新たに破壊神への生け贄とするがよい」
「はっ」
 三体の影が消えた。ハーゴンは、完成された邪神の像を振り返った。
 破壊神召喚にはまだ足りないものがある。
 それが何かはわかっていた。
(悪霊の神々は私が何も知らないと思っている。だが、何も知らないのは貴様らだ)
 破壊神シドーは、何万人という人間の犠牲だけでは降臨しない。
 犠牲者の血で腹を満たしながら、破壊神はさらに要求してきたのだ。
 まずは、悪霊の神々を犠牲にすること。そして、召喚主であるハーゴンの命か、ロトの子孫達の命を捧げよ、と。
 自分には、新たな世界を創るという目的がある。死ぬわけにはいかなかった。
 今までロラン達を見逃してきたのは、邪神の像の完成だけで足りると考えていたからだ。しかし、ロラン達が海底洞窟で邪神の像を得たころに、神は真の欲求を伝えてきたのである。
 暗黒の底にいる邪神の欲望は想像を超えていた。邪悪の根源のひとつである存在は、自分の手に余るものかもしれない。
 しかし、動かせる存在はそれしかなかったのだ。
 天の神も精霊も、自分の祈りに応えてはくれなかった。人間はこのまま退化に流されて生きよというのか。何も生み出さず、本来持っていた力があったことも忘れ、毎日を食うことだけに費やして……。
 ハーゴンは瞑目した。もっと早くにロトの子孫達を葬っていれば、今頃は神を降臨させていただろうか。
 ムーンブルク城を襲撃させたのも、サマルトリアの王子に呪いをかけたのも、悪霊の神々達の進言があったためで、ロトの血筋にほとんど関心はなかった。
 悪魔達は、光の力を持つという勇者の子孫をことさら気にかける。ロトの名のもとに、世界を支配していた大魔王らがことごとく倒されているという事実と、ロトの子孫が天界から厚い守護を受けているせいだ。
 しかしロトの三王国に脅威は感じなかった。彼らは邪教発展を阻止できず、魔法研究では随一と謳われたムーンブルクでさえ、あっけなく滅んだ。
 だが、自分を討つべく旅立ったロトの子孫達は、驚異的な力を発揮してこちらへ迫っている。
 普通の人間なら、ここへたどり着く前に何十回も死んでいた道のりだ。それを乗り越えられたのは、戦いの力だけでなく、強力な運もあるからである。
 運は天の守護だ。やはり彼らは天に選ばれた者なのだろう。
 魔界と天界が、自分やロトの子孫という駒を使って争っている。
 ハーゴンは、杖を持たない手で顔を覆った。頬には笑みがあった。
(これは賭けだ。お前達ロトの子孫と、私との)
 どちらが死んでも破壊神は降臨する。新しい世界の創造ができずとも、それでよい。
 声を立ててハーゴンは笑っていた。
 賭けの結果がどちらに出ても、彼らは負けるのだから。