蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・189

 「おお、ここにおられましたか、ロラン王子!」
 若き近衛兵長のシルクスがロランを見つけて足早にやってきた。見知った顔にほっとして、ロランはシルクスに問いかけた。
「シルクス、僕はどうやってここに来たんだ?」
 シルクスは端正な顔をきょとんとさせた。
「何をおっしゃいます。歩いてここまでお戻りになられたではありませんか。王子のご帰還、お父上もお喜びになられましょう。ささ、謁見の間に宴のご用意をしてあります。どうぞこちらへ」
 謁見の間に宴など、前代未聞だ。強い違和感が襲ったが、有無を言わせぬシルクスの腕にとらわれ、ロランは上へ連れて行かれた。
「これは……」
 代々の王が座した謁見の間を前に、ロランは言葉を失った。用意とシルクスは言ったが、宴の真っ最中であった。そしてこの乱れようはどうだ。
 金糸の刺繍も豪華な緋色の絨毯に、たくさんの酒瓶や肉料理が、じかに置かれていた。瓶はだらしなく中身をこぼして横たわり、豪勢な料理を盛った皿のいくつかはひっくり返っている。
 そして、あちこちで乱痴気騒ぎをしている、肌も露わな衣装の美女達。ある者は酒瓶に口をつけて飲み干し、ある者は弦楽器を奏で、それに合わせて何人かがみだらな踊りを踊っている。
 いったいどうして。ロランはまともにものが考えられなかった。そこへ、思い出したかのように懐かしい声がかかる。
「おお、ロラン。よくぞ戻ってきたな。さあ、お前もこちらへ来い」
「父上……」
 行きたくない気持ちが足を引いたが、のろのろとロランは玉座へ歩み寄った。そこにも数人の美女がはべっており、父王にしどけなくもたれかかってロランを見つめてくる。着ているものを透かして裸を見られたような、ひどく嫌な感じがした。
「これは、どういうことですか? なぜこんなところで宴を。由緒正しい玉座の間を荒らしては、マルモアが黙っていないでしょう?」
「ああ、あのうるさい老臣なら首にした」
 黄金の杯を豪快にあおり、父王は横目でロランを一瞥した。
「もう我らは戦わなくともよいのだ。疲弊した財政を憐れんでくださったハーゴン様が、多額の寄付を城にくださったのでな。わしもこうして、王の務めから解放されたのじゃよ」
ハーゴン? 寄付? どういうことですか?! もう戦わなくていいって、そんな……それじゃ、僕達は何のために」
「マルモア様も、どこかでよろしくやっていらしてよ」
 父王に肩を抱かれていたとびきりの美女が、玉座から離れてロランに歩み寄る。しなやかな腕をロランの首に回し、頬に唇を寄せて甘い息を吹きかけた。
「王様も、世界が平和になったから、マルモア様にお暇を取らせたのですわ。もう働かなくていいなんて、素敵な世の中でしょう?」
 ロランの口は石のように固まって動かせなかった。どうしてこうなった。自分の身に何が起こったんだ。思考だけが、ぐるぐると回っている。
 そむけたいと思いながら目が離せない。清廉で、ずっと亡き母だけを愛していた父の手が、みだらな手つきで美女の背や腰をなでまわし、たわむれに杯を彼女の唇に寄せ、無理に飲ませようとしている姿を。
「うそだ……」
 かすれた声で否定する。
「父上はこんなことしない! するはずがないんだ!」
「いいえ。これが現実ですわ」
 ロランにもたれる美女は、豊かな胸をロランに押しつけながらささやく。その重さも体温も、夢ではないと伝えてくる。
「――っ!」
 ロランは無我夢中で甘い体を振り払った。驚いた美女が目を丸くしてよろめく。
「何をなさるの?」
「ランド、ルナ、どこだ?!」
 二人がいないことにやっと気づき、ロランはあたりを見回して叫んだ。
「いたら返事してくれ!」
「無粋だのう」
 美女から腕を放さず、父王がぞんざいに息子を見た。
「そんな声を出すでない。酒がまずくなるわ」
「これが現実だとしたら」
 ロランはおののきながら父を見つめた。
「父上はだまされているのです! どうか目を覚ましてください!」
 父王はおどけたように眉を上げ、のけぞって笑った。
「はっはっは。何を言うか。これ以上楽しい現実が、ほかにあるか。何の苦労もない、幸せな世ではないか。わしだけではない、城下でも民はそう言っておる。お前もここで、好きなものを食い、愉しんで暮らせばよい」
 うそだ。ロランは叫びかけたが、声が喉もとで固まって出てこない。
 誰もが夢見る理想の暮らし。それはつらい労働から解放され、日々安穏として暮らすことであったとしても、このように自堕落でいいはずがない。
 それとも、人間は多額の金と快楽を前にすれば、誰しも自制心を失い、遊びほうけてしまうものなのだろうか。倹約家で、高潔だった父ですら流されるように。
(だめだ、何を言っても聞いてくれない。言葉じゃ説得できない)
 ロランはきびすを返した。まずはここから出なくては。城の外に出れば、ランドとルナが待っているはず――。
 だが、階下へ走りかけたロランを、美女達が一斉に取り囲んだ。妖艶な笑みを浮かべ、こちらで、と言う。
「こちらでお楽しみを」
「私達と遊びましょう?」
 ロランは進退窮まった。力ずくで行けば、彼女達を傷つけてしまう。ハーゴンにだまされているだけなら、彼女らに罪はないのだ。
「どうすれば……。ランド、ルナ、いるなら応えてくれ!」
 心で必死に呼びかけた時、ロランの胸元が淡く光った。はっとして、ロトの鎧の襟からお守りを引っ張り出す。
 ルビスの守りは、こちらを励ますように光っていた。それを目にした父王や娘たちが嫌悪をあらわにする。
「何をする、ロラン。そのような無粋なもの、捨ててしまうがよい」
「そうですわ。とても目障りですもの」
 ロランは構わず、金色に光り輝くお守りを右手で握りしめていた。無我夢中で救いを求める。
(どうかお力を。精霊ルビス様……! ランドとルナが同じ迷いに苦しんでいるなら、どうか二人をお救いください!)