蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・187

【手をつないで】

(真っ暗だ……)
 ぼんやりとロランは暗闇にたゆたっていた。
 胸の重苦しさは消え、 とても安らいでいた。自分へ向けた怒りや憎しみは、遠い過去のものとして胸に納まっている。
 ずっと握りしめていた骨の感触がない。無数の人骨で作られた呪いの剣は、右手から消え失せていた。
 解放されたのか。破滅の呪いから。
 ロランは急に、胸を突かれるような寂しさに襲われた。何もかも振り切ってここまで来た自分にとって、忌まわしいあの剣だけが支えだったのだ。それすらも失くして、本当にひとりきりになってしまった。
(ひとりぼっちだ……)
 暗闇の中で、ロランはうつろに涙を流した。すると、空っぽの右手に何かが触れた。ほのかなぬくもりに、誰かの手だと気づく。思わず握りしめていた。その手は、逃げなかった。かわりに、そっと握り返してきた。


「う……」
 低くうめいて、ロランは目を覚ました。こちらを見つめる顔がふたつ。ランドとルナだ。自分は大岩に背を預けて座らされており、ふたりは雪の上に膝をついて、緊張した面持ちでこちらを見つめていたのだった。
「よかった……気がついて」
 ルナがほっと息をつく。ロランはすぐに声が出ず、唇を動かして白い吐息をついた。ランドが、ロランの右腕に左手を添える。右手はロランがつかんだままだった。
「腕、痛くない? どこもつらくない?」
 呪いに心身をむしばまれていたせいか、ひどくだるい。ロランはうなずくのがやっとだった。大丈夫だとわかって、ランドの硬い表情がほろりとほどける。
「……腕に雷が落ちたかと思ったよ」
 弱くロランは微笑んだ。ランドの振るったロトの剣を破壊の剣で受けた時、激痛と閃光が右腕を通して全身に走った。落雷を受けたらこんなふうなのかと感じた次の瞬間、気を失っていたのである。
「ロラン、食べて」
 ルナが鞄から、両端の尖った楕円形の木の実を取り出した。硬い皮が一部剥けており、奥で核が神秘的な黄金色に輝いている。
「祠の神官様から頂いた、命の木の実よ。食べれば生命力が増して、しばらくはごはんを食べなくても平気なんですって」
「……でも、僕は……」
 みんなに優しくされる資格なんてない。そう言いかけた口に、ルナが有無を言わさず、皮を剥いた木の実を押し込む。びっくりした拍子に木の実を食べてしまい、飲み込んだ瞬間、だるかった体に生気がみなぎってきた。
「……ルナ、ランド……」
 活力が戻り、意識がはっきりしてくると、ぐずぐずとわだかまっていた後ろめたさもどこかへ消えていた。しっかりと二人を見つめる。
「ありがとう……。心配、かけたな」
「ほんとよ。どうなるかと思ったわ!」
「……ルナも、ごめんな。君にも、つらい思いをさせた……」
「――ばっ」
 気丈に微笑んでいたルナの顔が、一瞬崩れる。珊瑚のような唇が震え、細い眉がぎゅっと寄せられた。紅玉のような瞳が大きく揺れる。
「ばか……。そんな顔して言わないでよ……」
 白い頬をいくつも涙が転がり落ちる。ロランが左手を伸ばし、指先で拭おうとすると、ルナは両手でその手を受けとめ、しっかりと握った。涙は隠さない。強気に笑って言った。
「呪いが解けてよかったわ。これでまた、3人一緒ね」
「……ああ」
 3人一緒。その言葉に、ロランは切なく微笑した。一度は忘れかけていた言葉だ。もう二度と取り戻せないと思っていた、ランドの命。こうして元に戻れたのは、自分達の及ばない高みにいる存在のおかげだ。湖の祠の神官達を通じて、天はロラン達に立ちあがるよう手を差し伸べたのである。
 それは単なる温情からではない。世界の均衡を取り戻すための手駒としてだろう。
 だが、こうして手をつないでいてくれるランドとルナが自分を思う気持ちは、そんな意図とは違う。それをロランは信じたかった。
 ランドに助けられて、立ちあがる。見上げると、木々の狭間から真っ白な空が見えた。まだ日は高かった。
「――はい。あなたの剣よ」
 ルナが傍らに置いていた稲妻の剣を両手で差し出した。
(お前も、すまなかったな。また……僕の力になってくれ)
 右手を伸ばし、柄を受け取った。剣はすんなりと手に収まった。猛々しい意匠の刀身をなで、ロランは胸の奥で詫びる。
「ずっと持ってきてくれて、ありがとう。重かっただろう?」
「いいのよ。あなたに必要なんですもの。それに、これから決戦が待ってるんだもの、私も鍛えなくっちゃね」
「でも実際、ルナは力ついてると思うな。ぼくを助けようとして、いかずちの杖をロランに投げただろ? すごい勢いで飛んでたよ」
 ランドが言うと、ルナは真っ赤になった。肩に受けた衝撃を思い出し、ロランも手で触れる。
「ああ。痛かった」
「今ならマンドリルもやっつけられるんじゃないかなぁ?――いてっ!」
 ランドの肩を赤くなったルナが思いきりたたき、ランドがのけぞった。その様子がおかしくて、思わずロランは吹き出した。
「そういえば、ロランと手合せしたの、これが初めてだったね。さっきは必死だったけど、今思い起こすと、なんか楽しかったなあって気がする」
 ランドの言葉に、ルナはあきれた。
「のんきねえ。失敗してたらおしまいだったのよ。解呪の薬が地面にこぼれた時は、もうだめかと思ったけど、ロトの剣に少しだけ降りかかってたのね。だから破壊の剣を壊せたんだわ」
(だからあんなに痛かったのか……。でも、それでよかったんだ。あの時の痛み、まるで叱られたみたいだったからな)
 ロトの剣を通じて、偉大なる先祖が一喝したようだと、ロランは思った。落雷のような衝撃は思い出してもぞっとするが、自分に負けていた弱い心をたたき直すには、あのくらいでちょうどいい。
「もし、平和になったら……」
 やむを得ない事情だったとはいえ、ランドとの手合せを思い起こし、ロランは言った。
「あらためて試合しないか。僕も、ちゃんとランドと剣を合わせてみたい」
 ランドは一瞬きょとんとし、次いで「ふふっ」と笑った。
「いいよ。力ではロランにかなわないけど、技は負けないからね!」
「まあ。やっぱり男の子ね」
 ルナがほんの少し苦笑した。

 
 荷物をまとめると、ランドが手描きの地図を広げた。
「天意の祠の神官さんが、ハーゴンの神殿までの地形を描いてくれたんだ。ここから西へ森を抜けて、岩山沿いに南下すればたどり着けるそうだよ」
「だいぶ距離があるな……」
「食料は大丈夫。携帯食も頂いたし、命の木の実がまだいくつかあるから、天候さえひどくなければ歩き続けられるわ」
「わかった。行こう」
 ロラン達は歩き出した。
「……帰ってきたよ」
 歩きながら、小さな声で、ランドがロランの耳元へ顔を寄せて言った。
「ただいま、ロラン」
「……遅いよ」
 間近な空色の瞳に苦笑して、ロランは軽くランドの額に自分の額をぶつけた。