蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・186

「ロラン、立てる?」
 ランドがアークデーモンと渡り合っている間に、ルナがロランを助け起こそうとした。ロランは弱くかぶりを振った。
「力が入らないんだ……。動けない」
「剣の呪いのせいね。待ってて。今、薬を……」
 ルナの背後で断末魔が響く。ランドが剣技で悪魔を圧倒し、倒したのだ。
「ロラン!」
 悪魔が消えるのを見届けてから、ランドが駆け寄ってきた。あお向けになったまま、ロランは夢じゃないかと思った。
「ランド……生き返ったのか」
「うん。祠の二人と、ルナのおかげでね」
 うなずくランドの瞳は明るい。ロランは耐えきれず、目を閉じた。
「そうか……よかった。でも、僕はもう……」
「呪いで体が弱っているのよ。その剣を壊せば、元に戻れるわ。今、解呪の薬をかけてあげる」
 ルナが肩掛け鞄から、丸い小瓶を取り出した。薄青い瓶の中に、透き通った液体がきらきらと輝いている。
「あの神官様から頂いたのよ。これで――」
「やめろっ!」
 瓶を近づけられたとたん、ロランは跳ね起きていた。驚く二人から離れ、気がつくと破壊の剣を向けていた。
「ロラン、どうしたの?!」
「いやだ……来るな……!」
 荒い息をつきながら、ロランは言った。
「僕はもう、一緒に行けない。……こんな心で、体で……、世界は救えない。……二人にふさわしくない」
 話しかけながら、ロランはみじめだった。泣くまいと思っていても、涙が止まらない。
「僕は、勇者じゃない……」
「ロラン……」
 ルナが何か言おうと口を開きかけた。ランドが片腕を前に出して止め、一歩前に出る。
「……ぼくも、そう思ってたよ」
 静かに語りかけた。
「力が弱くて、何をするにも遅くて、みんなからいつも、頼りないって言われてた。それなのに、王家と勇者の子孫に生まれてきたから、いろんなことを期待されてて、正直……逃げたかったんだ」
「……」
「でも、小さい時にロランと出会って、ぼくは初めて、自分でいられたんだ」
 ランドは切なく微笑んだ。
「ロランが魔法を使えないことを、ぼくは何とも思わなかった。今でもだよ。ロランにはロランしかできないことがある。それをぼくは、ずっと見てきた。ぼくはそんなロランがすごいと、ずっと思ってて……だから、……好きになったんだ」
 最後の方は、かき消えそうなほど細い声だったが、ロランの耳にはしっかり届いた。再び、強く悔やむ気持ちが胸を切り裂く。
「……僕は、そんな資格なんてない。こんな剣に身をゆだねて、救われようとした。ロトの名を辱めるようなことをして、こんな……」
「この世界に、苦しんだり、悩んだりしない人なんて、いないよ」
 ランドは、さらに一歩近づいた。
「ご先祖様だってそうだよ。何の迷いもなく戦ったはずがない。同じ人間だったんだから。勇者は、勇者っていうのは、きっと――」
 ロランはランドの言葉を待たなかった。淡く、形だけ笑う。
「僕には……無理だ。できない」
「――ロラン、だめ!」
 気づいたルナが叫んだ。ロランは破壊の剣の刃を自分の喉元に横向きに押し当てようとしていた。
「ルナ、薬を!」
 ランドが叫ぶ。ルナは解呪の薬を持ってロランへ走った。これを振りかければ、ロランの呪いが解ける。
 だが、破壊の剣がどす黒い霊気を放ったかと思うと、ロランはルナへ向かって斬りつけていた。
「きゃあっ!」
「ルナ!」
 とっさにランドがルナを抱き、横へ跳んだ。ルナの手から瓶が離れ、雪の上へ落ちる。
「あ……」
 ロランは自分のしたことが信じられないようだった。破壊の剣はランドとルナを斬ろうともがいていた。懸命に左腕で右腕を押さえつけ、歯を食いしばった。
「ロラン、しっかり!」
 ルナが叱咤したが、ロランは弱く首を振った。
「……殺してくれ」
「ロラン……!」
 ぶるぶるとロランの右腕が震えている。ランドとルナを傷つけまいとする意思と、剣の殺戮の誘惑が戦っているのだ。
 ロランは震える剣を二人に向け、懇願した。
「それができないなら、この腕を落としてくれ! ランド、お願いだ!」
 叫ぶと同時に、ロランは二人へ斬りかかっていた。

「やめて、ロラン、やめて!」
 ルナが叫んだが、ロランの攻撃は止まらない。ランドは必死にロランの剣をかわしたが、ついに避けきれずロトの剣を抜いていた。白骨の刃と不滅の金属の刃が噛み合い、火花を散らす。
 ロランは言葉もなくランドへ斬りかかってきた。あえてそうすることで、ロランは自分の命をさらけだしているのだ。ランドが、ためらいなく自分の身を守れるように――ロランを殺せるように。
 ランドは懸命にロランの攻撃を受けとめ、逸らしながら、地面に落ちている解呪の薬を目で探していた。
(――あった!)
 数度切り結び、ランドはそれを見つけた。聡いルナが、ランドの行動に気づく。駆け寄って薬を拾うと、ランドへ放り投げた。
「ランド!」
 ランドはロランの隙を狙って、薬へと手を伸ばした。瓶が指先まで届いたとき、腹部を灼熱が貫く。
「あ――!」
 ルナはおのれの浅はかさを呪った。ぱりん、と澄んだ音が絶望を告げる。
 ランドが瓶をつかむ直前、ロランの剣の切っ先がランドの左腹を突いたのだ。瓶はランドの指に弾かれ、近くの岩に当たって砕けた。
 すかさずロランが剣を戻し、大上段から切り下げてきた。ランドは両手に構えたロトの剣で受けとめようとしたが、もがれるように剣は宙を舞った。円を描きながら、剣は瓶の落ちた岩へ突き刺さる。
「くっ――」
 破壊の剣が斧の形をしていたのが幸いだった。左腹に受けた傷は浅い。もしまともな剣の形をしていたら、命はなかっただろう。
 ランドは口に出さずに片手を傷口に当て、ベホイミを唱えた。傷はふさがったが、手袋に赤黒い血溜まりが残る。
「あああっ!」
 ロランが絶望に満ちた声をあげ、闇雲に斬りかかってきた。苦しんでいるのがわかる。本当に傷つけたいのは自分なのに、相手に向かっていくしかない弱さを呪っている。
 ランドは何もかも受けとめたいと思った。ロランの気が済むまで、この体を斬られてもいいと思った。
(でも、それはできない。だって、ぼくは――ロランと生きていたいんだ)
 ランドは身をよじってロランの剣をかわすと、ロトの剣が刺さる岩へ走った。ロランが疾駆してくる。
「ああっ!」
 見ているしかできないルナが、いかずちの杖を抱きしめて身を硬くした。ロトの剣が刺さる岩の前で、ランドが前のめりに転んだのだ。雪が一部固まって、滑りやすくなっていたのである。
 そこへ、ロランが剣を振りかざして跳びかかった。体を起こそうと手を突いたランドの背は無防備だった。ルナはとっさにいかずちの杖をロランへ投げつけていた。
「だめーっ!」
 ルナが投げた杖は、鋭く飛んでロランの右肩に柄尻をぶつけた。火花が散り、思わぬ衝撃にロランは体勢を崩す。
 その隙に、ランドはばねのように身を起こしてロトの剣をつかんでいた。
 岩から剣を抜き、走る。ロランが破壊の剣を斜めにして自分を守ろうとするそこへ、渾身の力でロトの剣を叩きつける。
「やああああっ!」
 じゅっ、と白煙が噛み合った剣の間から立ちのぼった。屍を焼くにおいだ。ランドの振り下ろしたロトの剣は、破壊の剣の刀身を断ち割った。
「あああああっ!」
 ロランは絶叫した。自分の体の一部がもぎ取られる激痛に。