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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・184

「――いい声だ」
 嗤いを含む、くぐもった声がした。ロランは弾かれたように顔を上げ、その場に身構える。
 めきめきと灌木や木々を薙ぎ倒しながら、紫色の牛頭の悪魔がこちらへ歩んできた。アークデーモンである。
「これは美味そうな子どもだ。……泣いている子どもは好物でな。絶望しているほどいい味を出す」
 ロランは悪魔を見上げる。ハーゴンに召喚された魔物だろうが、すぐにこちらを襲ってこないのは、命令されてここを守っているからではないようだ。
 アークデーモンは舌なめずりをし、ロランの持つ破壊の剣に目を留めた。
「なんと、我らの武器を人間が持っている。くくく、さてはお前、破滅の誘惑に乗ったのだな?」
 ロランは無言で剣を握りしめた。手から離れない以上、これで戦うしかない。
「どれ、味わう前にひとつ手合わせといこうかな? 勇敢な人間の子ども殿」
 アークデーモンの目が不気味に光った。


 ルナとランドは森を急いでいた。天意の祠を守る神官と尼僧が、神殿までたどり着けるよう多くの品を用意してくれたから、荷物は重い。だが、二人の手厚い看護とおいしい食事で力をつけていたこともあり、ルナとランドの足は乱れなかった。
「ランド、もっと急いで!」
 軽やかに先を行くルナが、走りながら振り向いて叫ぶ。待ってよう、と、少し遅れて走るランドが情けない声を出した。
「ぼくの方が荷物多いんだからさ……!」
「男の子でしょ、頑張りなさい!」
 檄を飛ばし、ルナは前を向いた。ふふっ、と笑いがこぼれる。こうしてまたランドへ軽口を飛ばせるのがうれしかった。
 息絶えたランドに、復活の玉を通して呼びかけたことを思い出す。祈るルナの背後では、ジェリコ神官とマリアンヌ尼僧がともに祈りを捧げ、ルナの魂をランドの元へ飛ばした。
 気がつくとルナは白鳩の姿で空を駆けており、眼下に果てのない花畑を見ていた。
 淡い金色のドレスをまとった高貴な女性の前で、ランドがべそをかいている。
(――こんなところに来ても、相変わらずね)
 人は死んでも変わらないのだな、とルナは少し安心して、笑いたい気持ちになっていた。娘がこちらを向いたので、その肩に止まらせてもらう。
 その瞬間、わかった。娘が何者であるかを。
 復活の玉を手にした時、どうしてあんなに懐かしい気持ちになったのかを。
(そうか。そういうことだったのね)
 娘に見送られ、ルナは、花畑を走るランドを導いて飛びながら、感謝の思いでいっぱいだった。
 この世を去っても見守ってくれる人がいる。自分達は決して一人ではないのだということを、その人は教えてくれた。
(伝えなきゃ)
 ルナはますます足を速めた。
(ロラン、待ってなさいよ!)

 

「ぬうん!」
 アークデーモンは手練れだった。三つ叉の巨槍を繰り出すと、疾風が巻き起こって木々の枝を揺らす。ロランは攻撃を避けながら、果敢に斬りかかった。
「――っ?!」
 まただ! ロランは破壊の剣が放つ霊気にからめ取られ、斬りかけた姿勢で硬直していた。アークデーモンはその隙を逃さず、槍を突いてくる。
「ぐあっ!」
 ロトの鎧は槍の穂先を通さなかったが、激しい衝撃にロランはみぞおちを衝かれ、吹き飛ばされていた。巨木に背中からぶつかり、息が止まる。
「う……」
 ずるずると背中から地面へずり落ち、ロランはあえいだ。すぐに殺すつもりはないようだ。「立て」と、アークデーモンが傲慢に言う。
「息の根が止まるまで、存分にいたぶってくれる」
(僕は何をやってるんだろう)
 ロランはよろめきながら立ち上がり、体勢を立て直した。
(こんなところで……。僕はハーゴンを倒さなきゃならないのに)
 何のために。アークデーモンと切り結びながら、ロランは自分に問いかけていた。
 もう守るものなどないだろう。ルナさえも見捨てて、あの祠から逃げてきてしまった。ルナは悲しんだだろうか。それ以上に、激怒しているかもしれない。
(ランドを助けられず、ルナも見捨てて、……最低だな、僕は)
 ロランの唇に自嘲が浮かぶ。はじめかそう思って、祠を出たくせに。
(……死にたかった)
 ふっと、うつろな暗闇がロランの胸に空いた。アークデーモンへ斬りつける腕が速度を落とし、敵の繰り出した槍に弾かれた。
 ロランは宙を舞い、雪溜まりに背中から埋まった。立ち上がる気力は失われていた。
(ランドが死んだ時から、ずっと……死にたかった。僕も一緒に行きたかった)
 白い天を見上げる目尻から、熱い涙が伝った。悪魔はにやりと笑いながら、とどめの槍をロランの胸に突き立てようとした――その時。
「ロラーン!!」
(……声?)
 まだ高さの残る少年の声に、ロランはまばたきした。アークデーモンが槍をこちらの胸へ落とそうとするその間に、濃い緑色と橙色の影が飛び込んでくる。金属がぶつかり合い、鋭くも美しい音を立てた。――2度。