蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・183

【想う心は】

 

「……ロラン」
 ランドは両手で顔を覆っていた。
「そんな……ぼくのせいで、呪われてしまっただなんて」
 卓を挟んで向かいに座る娘も、沈痛に目を伏せた。
「ごめんよ、ロラン、ごめん……」
 ランドはすすり泣いた。娘は席を立ち、ランドの側に立つと、そっと両肩に手を置いた。ランドのすすり泣きはますます大きくなった。
「……大丈夫よ、何もかもきっと良いようにゆくわ。あなた達の思いは、決して無駄にはなりません」
 母親のように、娘は語りかけた。昂ぶっていた気持ちが落ち着いてゆく。嗚咽が収まってくると、娘がどこからか絹のハンカチを取り出して、ランドの頬や目元を拭った。娘からは、咲き初めの花のような、よい香りがした。
「本当に、ロランのことが大切なのね」
 娘が手を放すと、ランドは濡れた目で白いかんばせを見上げ、切なく微笑する。
「……ロランのことを思うと」
 胸の中心に五指の先を当てる。
「いつも、ここが痛くなるんです」
「……そう」
 娘はゆったりとうなずいて、完爾(かんじ)と微笑んだ。少しかがんで、ランドの頬に片手を添える。
「……だからこそ、献身の呪文はあなたに宿ったのね」
「……でも、そのせいでロランを傷つけてしまった」
 ランドの肩が震えた。大粒の涙が頬を転がり落ちる。
「きっとロランは、ぼくを許さないでしょう。あんなに、誰も死なせないって言ってくれたのに――ぼくがその思いを踏みにじったんだ」
「ランド……」
 娘はそっとランドを抱きしめた。母親のように、ランドの頭をなでる。
「……あなたがその魔法を使ったのは、避けられない運命だったのです。どうか自分を責めないで」
「違う……!」
 ランドは娘の手から逃れるように身をよじった。若草色の瞳を見る。
「ぼくは、ずっとロランのために命を捧げたかった。自分のわがままを通しただけなんです! きっと、ほかに道はあったはずなのに……」
 娘は穏やかな顔で小さくかぶりを振った。
「わたくしは、そうは思いません。あの時、ロランとルナを生かすには、あの方法しかなかった。もしわたくしがあなたの立場でも、やはりそうしたでしょう」
「でも、ぼくは……残酷なことをしてしまった」
 ランドは悲痛に目を伏せた。
「魔法を使う時、思ったんです。ぼくがいなくなることで、ロランが、ずっと……」
 その先は言葉にならなかった。娘は、すべてを承知した面持ちでうなずいた。
「あなたの思い、痛いほどわかります。でもこれだけは覚えておいて。……誰かを想う心は尊いもの。しかし思いの強さゆえに、相手を傷つけたくなることもあるでしょう。それは、相手を疑う気持ちから生まれるものなのです」
「疑う……?」
「そう。だから、しっかりとあなたの言葉で伝えなさい。ロランもきっと、同じ想いでいるはずです」
「でも、ぼくはもう……死んでしまった」
「大丈夫。――迎えが来たようです」
 娘はつと、空を見上げた。一羽の白い鳩がこちらへ羽ばたいてくる。ランドはぎょっとした。直感でわかった。
「――ルナ?!」
 鳩は娘の肩に留まると、深紅の瞳でじっとランドを見た。くるると鳴く。娘は優しく鳩の頭を指先でなでた。ランドを見る。
「……さあ、お行きなさい。私のかわいい子孫達」
 
◆1

 針葉樹の森は、しんと静まりかえっていた。雪を踏みしめる自分の足音だけが響く。
 ロランは破壊の剣を引きずりながら、西を目指していた。
 荷物は、あの祠にほとんど置いてきてしまった。邪神の像が入った分厚い革袋だけが背負われている。
 前を向くロランの青い瞳に、覇気はない。頬は蒼白で、唇にもほとんど色がなかった。
「ぐっ……」
 どくん、と右腕が脈動し、うずく。破壊の剣から青黒い霊気が立ちのぼり、腕にからみついてきた。ロランは立ち止まり、忌まわしげに剣を見た。
 これさえあれば、自分の望みはかなうと思っていた。目の前の敵を討ち滅ぼし、ランドのかたきを討ってやれると。
 だが所詮は呪われた武器だった。簡単に誘惑に乗ったこちらをあざ笑いながら、じわじわと命を縮めてくる。
 悪霊の神々が放ってきた影にすら勝てなかった。肝心なところで動きを邪魔してくるのでは、本体に勝つこともできないだろう。
 浅はかだった――。ロランの胸を悔恨が焦がす。
(でも、本当のところは、どうでもよかったんだ)
 力のない足取りで歩き出しながら、ロランは苦く笑った。
(使命も、この世界も――どうでもいいと思ってしまった。だってそうだろう? 僕は何もできないんだから)
 祠で目覚めた時、高貴な神官と尼僧が、ロランが握り込む破壊の剣をほどこうとしてくれていた。解呪の魔法が発動する直前、無意識にロランはそれをはね除けていた。
 いやだと思った。触れてほしくなかった。この醜い剣は自分の心、そのものだったから。
 だから逃げた。一人でハーゴンを倒すとは言ったが、それは口実だ。
 両隣に寝かされていたルナとランドを見た時、自分はここにはいられないと思った。
 ルナは穏やかな顔で寝かされていたが、ランドは血の気がなかった。ランドは死んだままだった。
 一時忘れていた現実が甦る。ランドが切ない微笑みを向けて、迷うことなく自己犠牲の呪文を唱えたことを。
 どうしてあんなに強くなれるのだろう。人は簡単に命を投げ出せるのだろう。
 誰かを守るために――。そうだ、自分だってあの時、死のうとした。ランドとルナを守れるなら、何百という魔物に囲まれて、八つ裂きにされても平気だと思った。恐怖はなかった。
 ランドも同じ気持ちだったのか。でも、自分にはザオリクという後ろ盾があったから、そう思えたのかもしれない。
 ランドには何もなかった。
 ランドはどこかそういうところがあった……自分はいなくても構わない、そんな風にふるまうことが。
 かつて、ハーゴンの呪いをたった一人で受けて、死に向かおうとしたランド。助けてくれなどとは、一言も言わなかった。
 つらいときこそ頼ってほしいのに、ランドはそうしない。
(やっぱり僕が、魔法を使えないからか)
 結局その答えに行き着く。できないことを要求しても仕方がない。だから諦めていたのではないか、と。
(僕はランドの、何だったんだろうな)
 弱くロランは笑ってみた。足が止まり、がくりと膝を落とす。破壊の剣を支えに、深くうつむいた。肩が激しく震える。声を上げて泣いた。