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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・180

【窮地と叫び】 

 ロランは、白骨でできた剣を振り上げ、バズズの影へ斬りかかった。3体の悪魔の中では一番小柄で倒しやすそうに見えたからだ。
 暗転した空は薄暮の明るさをとどめている。薄闇の中、悪霊の神々の影だけがくっきりと濃かった。
 ロランの打ち振った剣は、たやすくバズズの影の胸元を切り裂いた。ぎえっと苦鳴を上げたのも一瞬、バズズの影は怪鳥のように笑ってロランへ跳びかかる。破壊の剣が利かないのではない。バズズの影の背後に位置するベリアルの影が、瞬時に回復呪文ベホマを唱えたのだ。
 轟と吠え、アトラスの影が巨木の棍棒をたたきつけた。バズズの影の攻撃を避けると、棍棒の一撃を跳躍してかわし、ロランはベリアルの影へ走った。回復される元を断たなければ勝機はない。
 突進してくるロランをあざ笑いながら、ベリアルの影は低く呪文を唱えた。
イオナズン
 闇に閃光が膨れあがった。爆発を避けようと身をひるがえしかけたロランの体が硬直する。
「なっ――?!」
 思わず右手を見ていた。破壊の剣から青黒く光るもやが立ちのぼり、ロランの右腕をからめながら全身へ愛おしげにまとわりつくではないか。
 一緒に死のう、と剣は言っているようだった。からみついた死霊の気配はロランを固く抱きしめて放さない。
 なすすべもなくロランはイオナズンの爆発に巻き込まれていた。離れていたルナは、ロランの名を呼ぶこともできなかった。
(破壊の剣が本性を出したんだわ。――今度こそ私達、死んでしまう)
 ロランの援護へと気力を叱咤したが、足が動かない。爆発がやみ、広い円形に黒い土が露出している。ロランは中心でうつ伏せに倒れていた。
「殺したか?」
「起きないな。だが、まだ息はある」
 バズズの影の問いに、ベリアルの影は薄ら笑いを浮かべて答えた。踏みつぶしてとどめを刺そうとするアトラスの影へ、バズズの影が「待て」と言う。つり上がった金色の目が、ルナを捉えた。ぞっとする悪意と嫌悪感にみぞおちを鋭く衝かれ、ルナはいかずちの杖を両手に握りしめたまま硬直していた。
「もっと愉しませてもらわなくてはなァ」
 それだけ言って、バズズは舌なめずりをした。ムーンブルク城が襲撃された時、悪魔神官デモニスが仮面の向こうからこちらを見つめてきたそれを上回る、おぞましい欲情の気配がルナを打った。
「いや……」
 ルナは震えていた。ロランはかすかにうめき、立ち上がれないでいる。ルナの後ろには、ランドがあお向けに横たわっていた。誰も助ける者はいない。
(誰か……誰か助けて)
 思わず祈らないではいられなかった。だが祈る心の片隅で、助けは来ないと冷徹な自分の声が告げている。
 バズズの影が一歩一歩近づいて来た。素早く跳びかかることもできるのに、ルナを恐怖させるため、故意にそうしているのだ。その悪意も嫌らしかった。
 ぜいぜいと嗤いながら、バズズの影が距離を縮めてくる。ルナの恐怖は膨れあがった。バズズの汚らわしい手がぬうっとこちらへ伸びた瞬間、ルナの中で膨張していたものが弾ける――。


「ぬうっ?!」
 ルナの体から膨大な魔力が渦を巻いて放たれ、バズズの影はのけぞった。よもやメガンテかと、急いで跳びすさる。しかし、敵を殲滅させる爆発は起こらなかった。
「何だ、これは……」
 離れた所で眺めていたベリアルの影が、わずかに怪訝(けげん)な表情をする。
 ルナは杖を抱きしめるように握ったまま立っていた。顔は正面を向いているが、目はどこも見ていない。紅玉のような瞳が妖しく輝き、金色の巻き毛が、自身の起こすつむじ風にあおられてざわめいていた。凄絶な美しさに、悪魔の王達も目を奪われる。
 ルナの周囲で、七色の光が明滅した。次の瞬間、大地が鳴動する。


 無数の蛇が絡みつく姿を模した十字架の前で、邪神官ハーゴンは祈りを中断しておもてを上げた。
「……次元の扉が開こうとしている。誰だ……」
 しかしすぐに興味を失い、再び邪な神へ祈りを捧げ始める。

 

 ロランはかすむ目で見ていた。突き上げるような振動が大地を襲い、渦巻く雲がぽっかりと穴を開けたのを。
 穴はルナと悪霊の神々の頭上にあった。そこから、赤黒い巨大な片手がゆっくりと降りてくる。
 影達は絶叫していた。明らかな恐怖の叫びだった。天からの手が届くのを待たず、叫びながら消え失せる。
 ロランも目を見開いていた。わけのわからない恐怖が突き上げ、自分もそこから逃げ出したかったが、重傷を負った体は動かない。
 鳴動とともに手がさらに近づいてくる。膨張する恐怖に耐えきれず、ロランの意識は暗転した。


 湖を前にした雪原に、3人の体が横たわっていた。日が落ちても動かない。
 微かな風が渡り、雪を運んできた。降り積もる雪片が、少しずつ3人を包み隠そうとする。
 そこへ、青い衣を着た尼僧が歩いて来た。歩みはゆったりしているが、さほど時間をかけずに3人の元まで来る。
「……おいたわしい」
 3人の王子達の傍らへ膝をつくと、尼僧は痛ましげに美しい顔を曇らせた。
「すぐにお助けいたします」
 立ち上がると、尼僧は3人の中心で右手を掲げた。
「ルーラ」
 青白い光が全員を包み、姿ごと消える。後には、舞い降りる雪があるのみだった。