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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・179

【無限の花園にて】

  見渡す限り、花畑だった。
 空は明るい白。
 どこかで小鳥がさえずっている。
 ランドはぼんやりと卓にかけていた。真っ白な円卓で、金で流れる水と花が縁取ってある。
(ここは……)
 ランドはゆっくりと首を巡らせてあたりを見回した。花畑と白い空が続くほかは、何もない。鳥の声がしていても、姿はなかった。
(そうだ、ぼくは、あの時……)
 死んだんだ。
 メガンテを唱えた瞬間から、記憶はない。だがロンダルキアとは違う場所にいるということは、ここは地上ではないのだろう。
 呪文は発動したのだ。おそらくロランとルナは助かっただろう。
 自分は使命をやり遂げたのだ。もう戦わなくてよいのだ。安堵と一抹の寂しさがランドの胸を満たした。

 

「こんにちは」
 穏やかで愛らしい声に、ランドははっとして顔を上げた。
 いつからそこにいたのだろう。淡い金色のドレスをまとった美しい娘が、ランドの正面にかけている。
 暁色の巻き毛に黄金のティアラを頂き、優しい微笑みを投げかけていた。澄みきった瞳は、春に萌えいずる若草の色だ。
「あなたは……」
 どこかで見た気がする。ランドが名を思い出そうとすると、娘はそっと人差し指を自分の唇に当てた。言わないように、という仕草だ。
「……ここはどこですか?」
 ランドが質問を変えると、娘は落ち着いた声で「どこでもないところ」と答えた。
「どこでもない……? ここは、あの世ではないのですか?」
 ランドがまばたきすると、娘は小さくうなずいた。
「あの世でも、この世でもないところ。けれど、すべての人間が来られる場所でもないのです」
「ぼくは、幽霊になっちゃったんですか?」
 天へ行けない人間の魂は幽霊となって地上をさまよう。中には魔物化して人を襲うこともある。自分もそうなったらいやだなあ、とランドは思った。
 娘はまた首を横に振った。
「あなたのことは、わたくしが預かっているのです。天の神に、特別にお許しを頂いて」
 なぜですか、と尋ねようとして、ランドはやめた。また微笑みながら拒むだろうと察したからだ。
「ぼくは、ずっとここにこうしているのですか?」
「いいえ」
 娘は、上品に膝に置いていた手を卓の上に出した。卓と揃いの柄の茶器が載っている。さっきまでは何もなかったのに。
「お茶を淹れましょうね。あなたとは、ずっとお話ししたかったのですよ」
「はあ……」
 いろいろ気になるけど、まあいいか。ランドはおとなしく娘が茶を淹れるのを待った。

 

「ロランとルナは、大丈夫かなあ……」
 薫り高い茶は心を落ち着かせてくれた。淡い眠気が目の周りを覆って心地よい。ずっとここにいたいな、とランドは思った。
「そうだ、ロランもここに来たのですか?」
 死者が訪れる世界なら、一度心臓が止まったロランも来ているはずだ。蘇生呪文ザオリクでランドがロランの魂を呼び戻そうとした時、目の前にいる娘がロランを抱きかかえて、闇の中でランドを待っていてくれたのだった。
「いいえ」
 茶を満たしたカップを両手で包み、娘は言った。
「あの子は眠らせたままにしておきました。あなたのように、自ら望んだ死ではありませんでしたから。もし意識を持ったままここへ来ていたら、自分を責めて傷つけていたでしょう。ここは魂だけがある世界。自分で自分の魂を傷つけてしまうと、簡単には元に戻りません。それどころか、自分の痛みに負けて、魔に落ちるか消滅してしまいます」
「そうだ、ロランは……」
 もう一度口に運びかけたカップが止まった。ランドの胸がずきんと痛む。
「ロランは、どうなっただろう?」
 なんでぼんやりしていたのかわからない。どうしてほっとできたのだろう。ロランとルナは、まだ地上で苦しい思いをして戦っているのに。
 重苦しい気持ちで、ランドはカップを受け皿に置いた。娘は黙って見守っている。ランドは、澄んだ琥珀色の茶をにらんでいた。どんなに見つめても、カップの底にロラン達の姿は見えない。
「……後悔していますか?」
 娘がいたわるように問いかけた。ランドはうつむいたままかぶりを振った。
「だって、ほかに何ができたでしょうか? あの時、みんな死んでいたら、誰も世界を救えなくなる。だから、ぼくがそうするしかなかった。それしか方法がなかった」
 娘は何も言わなかった。たたずまいで、肯定していた。ランドは顔を上げた。
「あなたにはわかるんでしょう? ロランとルナは、無事に……ハーゴンのもとへたどり着いたでしょうか」
 娘は初めて、痛ましさを細い眉に寄せた。ランドは息を詰めた。
「まさか……」
「いいえ。まだ二人は無事です。けれど……」