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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・178

 夜明けになってから、ロランはルナと山を下りた。空は寒々と曇っている。  
 山といっても、乾いた土と岩、そして凍った雪ばかりの山塊だ。疲労が極まっているルナは、何度も下り道で足を取られていたが、ロランにはほとんど気遣う余裕がなかった。
 左手にはロトの盾を通し、その腕と肩でランドの体を担いでいる。
 そして右手には、破壊の剣。
 ルナも疲れきっていたが、ロランも同じだった。一歩ごとに荒い息をつき、その場に座り込みたくなる。
 破壊の剣は手に握り込まれたまま、おとなしく切っ先を地面に引きずられていた。左右によろめきながら歩くロランの足跡の側に、細い筋を付けている。
 左肩にのしかかるランドが重い。
(膝が砕けそうだ)
 ロランは、ぐっと口元をゆがめた。泣くのをこらえる。ここで声を上げてしまえば、止まらなくなりそうだった。
 これはランドの命の重みだ。どんなに重くても、絶対に放してはいけない。――放したくない。
(どうして先に逝った)
 応えない友に問いかける。代わりに応えたのは、数時間前の記憶。

 ――ぼくが魔物達を止める。これはぼくにしかできない……ルナの呪文でも、ロランの攻撃でも間に合わない。

(そうだ。それが答えだ)
 ロランは奥歯を強く噛みしめた。
(僕の剣でも、ルナの呪文でも突破口を開けない。それをランドはわかっていたんだ)

 ――でもぼくは、ずっとこうなるとわかっていたんだ。いつかそれを、使う時が来るって。

メガンテを修得した時から、ランドは覚悟を決めていたんだ……。そうじゃなきゃ、あの時)
 精霊の祠へ向かう船の中で、ランドはいつになく思いつめた顔をしていた。

 ――もし何かあっても、必ずぼくがロランを守るからね。
 ――ランド……?
 ――だから、もし……だよ? またぼくが倒れることがあっても、君達は先に進んでくれ。……約束。

「――っ」
 ロランはうつむき、立ち止まった。少し後ろで、ルナも立ち止まる。こちらを慮ってか、声をかけてこなかった。
(ほかに方法はなかったのか)
 ロランはなおもランドへ問いかけた。
(お前がいなくなったら僕が悲しむって、少しも考えなかったのか?)
 その問いは、すぐに先の言葉となって返ってくる。
 デビルロードの群れに包囲されたあの時、一瞬で全滅させなければ生き残りがメガンテを発動させていただろう。
 ランド一人でさえ、あの威力だったのだ。千以上のデビルロードがメガンテを唱えていたらどうなったか、想像するまでもない。
(力が足りなかった。何も……できなかった)
 無力だった。だからランドはすべてを背負って死んでしまった。
 身に着けたロトの装備が呪わしい。自分が伝説の勇者の子孫だなどと、恥ずかしくて名乗れない。
 仲間を犠牲にして世界を救ったとしても、誰が称賛するだろう。それを一番許せないのは自分だ。
(それでも、僕は行かなきゃならないんだ。ランドがそうしろって言ってるから)
 ロランはランドを抱え直し、無理矢理に前を向く。
 しゃくりあげそうになる喉を、時々息を止めて抑えながら、懸命に歩いた。

 

 昼過ぎに山を下りきって、湖を左に見ながら歩く。真っ白な空から粉雪が舞うこともあったが、風もなく静かだった。
 ロランとルナも、無言で歩き続けた。厳しい寒さと飢え、苦戦による疲労と怪我で、声を発する気力もなかった。
 やがて湖のほとりに、白い石でできた橋が見えた。明らかな人工物に、うつろな目をしていた二人の顔に緊張が走る。
「あれは……。湖の中央にある小島につながっているようね」
 うっすらと隈を浮かべたルナが目を凝らす。白い息を吐きながら、ロランは湖の小島を見つめた。
 湖はかなり広く、周囲に山脈が近くなければ海にも思えた。その東側に、白い岩山がぽつんと浮かんでいる。小さな岩山の裾にわずかな針葉樹の森が濃い緑をたたえており、島から西へ、細い中州が続いていた。湖を渡るには、ここを行くしかないようだ。
「……行こう」
 短くうながし、ロランが足を踏み出す。その瞬間、空が漆黒に変わった。
「この気配は――!」
 ルナが棒立ちになる。ロランも戦慄していた。魔物の大群とは一線を画する異質な気配だった。
 ロランはランドを下ろすと、ルナに託した。
「……下がっていてくれ。ランドを頼む」
「待って、私も戦う!」
「……ランドを傷つけたくないんだ。……無事に帰してやりたい」
 ロランの静かなまなざしに、ルナは何も言えなかった。
 ロランはルナとランドから数歩前に出て、待った。やがて気配は、ロランの前で黒々とした形を取った。
 ひとつは、単眼で、頭頂に角を生やしている雲衝くような巨人。
 ひとつは、人間の倍ほどの翼を背に持つ大猿。
 ひとつは、牛頭巨躯の悪魔。
「――悪霊の神々……!!」
 雪に膝をついてランドを抱えるルナは思わず口走っていた。名を口にした途端、ぞっと怖気が走る。
 姿を見たこともないのに、直感が告げていた。しかも黒々としたそれは、本体ではない。高位の魔物や邪神は、おのれの分身として影を生じさせ、あらゆるところへ送り込めるという。
 本体ほどの力は持たないにしても、影だけでこれほどの戦慄を与えてくるとは。ロランの喉が嘔吐(えず)きかけ、気力でそれを押しこめる。恐怖で嘔吐を催したのは生まれて初めてだった。
「ルナ……」
 逃げろ、と言いかけて、どこにも逃げ場所などないと気づく。キメラの翼はルナの荷物とともに失われている。走ったところで追いつかれるだろう。それに行き先は万魔殿となっているロンダルキアの洞窟しかない。
「ロラン……」
 雪の上にそっとランドを横たえ、ルナがロランの隣に来た。
 勝てるか。二人で。ロランは右手の破壊の剣を握りしめた。問いは、自ら打ち消す。
 勝たなければならないのだ。二人を生かすために死んでいったランドを思えば、絶対に――。
(仮に勝てたとしても、こんな剣で勝利したら、きっと僕は地獄に堕ちるだろうな)
 ロランの唇に皮肉な笑みが浮かぶ。
 破壊の剣は、手を放そうとすると自然に指が柄を握り込んでいた。だが嫌だとは思わない。むしろ握っていると落ち着くくらいだ。
(――悪くない。ランドは天国で悲しむだろうけど、僕を忘れないでくれるのなら、僕はずっと地獄で泣き叫んでいるよ。それでランドは、ずっと傷ついていればいい)
 ロランの腹の底から、甘い疼きが湧いた。残酷な喜びだった。
(僕を置いて行った罰だ)