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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・176

【持たざる者】

 静かだった。
 真っ白い天から、雪がはらはらと落ちてくる。怖いほど音がなかった。
 押し迫る光芒に、気を失っていたらしい。ロランはうつ伏せていた雪から顔を上げた。すぐ目の前に、橙色のマントがかすかな風に裾をはためかせている。
「ランド……?」
 うつろな表情で、ロランはランドの傍らによろめきながら歩み寄った。傍らにどさっと膝から落ちると、動かないランドを見つめた。ランドの髪やマントに、細雪が降り積もっている。
 このままではランドが埋もれてしまう。そう思って、肩に手をかけ、あお向けにする。ランドは眠っているようだった。すぐにでもあくびをして目を覚まし、こちらを見つけ、微笑んでくれるようだった。
 ――動かない。
 ロランはランドの頭を抱きしめた。体を胸に押しつける。そのまま自分も小さくなって、ひとつになってしまいたかった。
「……メガンテ……自己犠牲の呪文」
 微かな声で、ルナが言った。その場に座り込んだまま。
「デビルロード達は、はじめからそれを使う気だったのね……。自分達が犠牲になって、私達を殺すことを目的にしていた。あの歌は、自分達が死ぬ喜びの歌だったのよ」
 ロランは黙っている。
「ランドはそれに気がついていたんだわ。自分の中に、同じ魔法を宿していたから、気配を悟ったのよ」
 デビルロード達が放つメガンテより先に、ランドのメガンテが発動した。あくどく陶酔して先延ばしにしていた魔物達より、ロラン達を守りたいというランドの想いが勝り、発動を早めたに違いない。
 千を超えていた大群を、ランドの魔法はすべて消し去った。はかり知れない爆発の余波は雪崩も引き起こし、援軍に来ていた魔物も巻き込んで殲滅していた。
 だが、そんなことはロランにとってどうでもいいことだった。
 ランドが動かなくなった。どこかへ行ってしまった。
 自分を置いて。
 永遠に。
(……もう、どこにも行くなって、言ったじゃないか)
 リリザの町で、ランドと再会した時のことを思い出した。
 ――わかった。
 ランドは、笑って約束してくれた。
 腕の中の顔を見おろす。目が合えばいつも微笑んでくれた。うなずいてくれた。無条件で自分を認めてくれた友は、もう目を覚まさない。
(友……そうじゃない、それだけじゃない、僕は……ランドのことが大切だった)
 呼び名をつけがたい存在がこの世にいるとしたら、ランドしかいない。友と呼ぶだけでは遠すぎる。同じ血を分けた身内というのでも足りない。かけがえのない、という言葉さえ生ぬるい。ランドはロランにとって、生きる意味そのものだった。
 旅を始めたころは、すぐに息を切らせて、何かと自分がかばってやっていた。それがいつしか隣を歩けるようになり、そして今は――自分がその背にかばわれてしまっている。
「~~っ」
 ひくっ、とロランの喉が震えた。涙が滂沱と頬を伝う。
(どうしてこうなった)
 力がないからだ。
 即座に胸の中で答えが返ってくる。
(僕が弱いからだ)
 だからランドを死に向かわせた。
(もっと力があれば――)
 大切な者を守れた。
 ――ロトの鎧は呪われているんだ。
 ロンダルキアの洞窟の一部をねぐらにしていた、オークキングのせせら笑いが聞こえてくる。
 ――それを身に着ければ、お前の大切な人間が死ぬ。
「違うっ!!」
 ロランは虚空へ怒鳴った。びくりとルナが身をすくませる。
「僕に、力がなかったからだ……! 魔法が使えないからだ!」
 うつろに空いた胸の空洞から、煮えたぎるような自分への憎悪が湧き上がってきた。無力な自分を粉々に壊してしまいたかった。
「何もできない。僕は、何もできない……!」
 力が欲しい。
 何もかも破壊する、絶対的な力が。
 あの時、それだけの力があれば。
 ランドは死を選ばずに済んだのだ。
 ロランは瞋恚(しんい)にたぎったまなざしを前に向けた。雪の上に一本の剣が突き刺さっている。まるで、誰かがそこに今置いていったかのように。
 剣は、古びた白骨を凝り固めたかのような、不気味な色をしていた。それを証立てるように、斧に似た刀身と一体化した柄にはいくつもの髑髏が浮かび上がっている。
 ロランはふらりと立ち上がった。ルナがはっとして叫ぶ。
「ロラン、だめ!」
 ロランは無言で異様な剣に近づいた。無造作に手を伸ばす。髑髏の柄は、ロランの手にいとおしげに吸いついた。ロランの唇が薄く笑う。
「だめよ、放して! その剣は――」
 ルナは立ち上がり、ロランの腕にすがりついた。ロランは何気なく腕を払った。ルナは弾かれて雪へ倒れこむ。
「……行くぞ、ルナ」
 大切にランドの骸(むくろ)を肩にかつぐと、振り返らずにロランは告げた。雪の上に投げ出された稲妻の剣を見て、ルナはその背をとがめる。
「これは? あなたの剣でしょう?!」
「そんなもの……もういらない」
 冷たく言い放つと、ロランはルナに構わず歩き出そうとした。
「ロラン、その剣を放して! そんなもの持ってるからおかしくなるのよ!」
 だが、ロランは応えない。ルナに構わず歩き出す。
 ルナはどんどん遠ざかるロランの背と、放置された稲妻の剣を見比べた。急いで身を起こし、ずっしりとした稲妻の剣を両腕で抱えると、ロランを追って走る。
 遠い空のどこかで、猿の笑う声が聞こえた。


「落ちた、落ちた、落ちた!」
 ハーゴンの神殿で、バズズが頭上で手を打ち鳴らし、狂ったように笑っていた。傍らのベリアルも愉悦を浮かべている。
「これほど脆いか、人の魂は。たとえ勇者の子孫といえども、例外ではなかったようだな」
「きひひ……これだから、人間いじりはやめられない。さあ、もっと愉しませてくれよォ」
 バズズは欲情じみた舌なめずりをし、魔法の映像に映るロランを見つめた。