蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・175

【献身】

(ここまでか……。僕の力だけでは、もう……)
「――させないっ!」
 ロランの目の前が暗くなりかけた時、まだ少年らしさの残る声が鋭く響き渡った。
 さかしまにアークデーモンの手にぶら下げられていたランドだ。腰に下げているはやぶさの剣は、顔の傍につり下がっている。ランドは剣を引き抜くと、腹筋を使って上体を起こし、アークデーモンの傲慢な指に2度切りつけた。
「ぬっ!」
 思わぬ深手に鮮血をほとばしらせながら、アークデーモンはランドの足をつかんでいた手を放した。永久凍土にたたきつけられる手前で受け身を取り、着地したランドはロランに駆け寄る。
「ロラン、しっかり!」
 助け起こし、ランドはロランにベホイミをかけた。きつく寄せられていた眉が緩み、ロランは剣を、と言った。だが立ち上がれない。骨折と内臓の損傷は、ベホイミだけでは回復しきれなかった。
「私がベホマを!」
 ルナが傍に膝を突く。そこへ、デビルロード達の不気味な歌声が響いてきた。

 破壊と死こそ我らの喜び
 殺戮は甘美
 そのために死するも甘美
 今こそ捧げん、破壊の神へ
 勇者の子孫を道連れに

「何、この雰囲気……」
 禍々しい儀式の最中、3人は生け贄の祭壇に立っているかのようだった。ルナが青ざめて身を硬くする。ランドは思わず胸元を押さえていた。
「ランド、ルナ、逃げてくれ……」
 蒼白な面持ちで、ロランはよろめきながら立ち上がった。
「普通じゃない……奴ら、何か切り札を出す気なんだ。僕が注意を引きつけるから、その間に……」
「何言ってるの! 全員生き残らなきゃ意味がないわ!」
 ルナが怒鳴る。ロランは寂しく微笑んだ。
「僕が死んでも、ランドがいる」
「――!」
「ランドが僕らの生命線だ。ランドは蘇生の魔法が使える……ランドさえ生きてくれれば、僕はまた復活できる」
 ロランは静かに、詠唱を続ける猿魔達を見すえた。命を捨てる覚悟はできた。恐怖は不思議と湧かなかった。
 自分は、ただ戦うだけの存在だ。仲間を癒す力も持たず、力に任せて敵を屠るのは、そう、あのひとつ目の巨人と変わらない。
 たとえ伝説の勇者の武具を身に着けられても、体の芯には、ひとかけらの魔力も持たない。

 ――まことに残念でございますが……王子様に、魔力は感じられません。
 ――なんと、ロランは魔法の才が全くないと申すのか?
 ――はい……どうやら、只人(ただひと)のご様子でございます。

 生まれて数か月のころ、父王と王宮魔道士が交わしていた言葉を、ロランは思い出していた。なぜかその記憶だけははっきりと残っている。
 只人。勇者の子孫として、国と世界の平和を守る戦士としての期待をかけられていながら、人知を超える力のひとつである魔法力を持たずに生まれて来た自分。
 そのことに引け目を感じることはなかった。なぜなら世界は平和であり、自分が戦う理由もなかったからだ。
 だが、こうして世界を背負って戦うことになっては、腕力にしか頼れない自分がもどかしかった。始祖ロトや初代ローレシア王のように魔法が自分にも使えたなら、悩みは別のところにあったかもしれないが。
 だが、魔力を持たない自分には、幾度も死を覚悟し、魔法がなければ死んでいた場面がいくつもあった。そのたびに助けてくれたのは、ランドやルナの魔法だ。
(魔法があれば、いくらでもやり直せる。かなわない敵にも勝つことができる。何も持たない僕は、二人の剣になるしかない)
 命の刃が折れても、ランドとルナが生き残る道筋だけは作ろう。ロランが一歩踏み出した時だった。

 

「……ロラン」
 ずっと黙っていたランドが、吹っ切れたように顔を上げた。ふいに自分へ体を投げ出してきて、ロランはよろめいた。後ろへ倒れかかるが、かろうじて踏みとどまる。
「ランド?」
「……」
 ロランの首に両腕を回し、きつく抱きしめたまま、ランドは応えない。ロランのにおいも鎧の冷たさも、何もかも自分の肌に刻み込もうとするように。
「どうしたんだ……怖いのか?」
 抱き返して励まそうとすると、ついとランドは体を離した。まっすぐロランを見つめる。
「――ぼくが道を開く。だから、君達は先へ進むんだ」
「……ランド?」
 ロランの心臓が、冷たい手に強くつかまれた気がした。
「ランド、あなた、何をする気?」
 ルナも剣呑な顔で問い詰める。ランドは硬い面持ちで言った。
「ぼくが魔物達を止める。これはぼくにしかできない……ルナの呪文でも、ロランの攻撃でも間に合わない」
 やや早口でランドは言った。デビルロードの大群は、いよいよ詠唱を高め、周囲は異様な熱気と魔力の膨張に揺らいでいた。
「ランド、だめだ」
 ランドが何をしようとしているのかわからない。だが、ひどく嫌な予感がした。ロランはいやいやをするように首を振っていた。
「絶対許さない。みんなでここを抜け出すんだ。そのために僕が犠牲になったっていい!」
「ありがとう、ロラン」
 ランドは淡い微笑を返した。
「でもぼくは、ずっとこうなるとわかっていたんだ。いつかそれを、使う時が来るって」
「ランド、あなた……?!」
 勘の良いルナが、ランドの言おうとしていることに気づく。ランドは目で、黙っているよう諭した。
「さあ、早くここから離れて。ぼくに構わず行ってくれ」
「いやだっ! 僕も残る、ここで最後まで戦う! 一緒に死ぬなら、それでいい!」
 ロランが怒鳴ると、ランドは泣きそうに笑った。
「ああ、もう、ロランは。でも、だから、ぼくは……」
 デビルロード達の詠唱が終わった。たちまち膨れあがる暗黒の魔力がロラン達を覆いかける――ランドは迷わずロランとルナに背を向け、二人を守るように両手を広げた――ランドの全身がまばゆい光に包まれ、それがデビルロード達の放った魔力を瞬時に打ち消す。笑いながらなりゆきを眺めていたアークデーモンが、事実を知って驚愕し、逃れようと身をひるがえし羽ばたきかけた――

 光芒。

 千を超える魔物の群れの中心で光の柱が立った。

 それは渦を巻き、光の半球となって敵を巻き込んでいく。

 ムーンペタ西の小島にそびえ立つ大灯台の頂上で、ロンダルキアを監視する戦士は、山の頂上付近から光の柱が天を貫くのを見た。
 そのあまりに神々しい光に、戦士はなぜか胸騒ぎを覚えた。

「ランド……?」
 ふいに胸騒ぎがし、サマルトリア国王フォルストは執務室からまろびでた。
「お父さん!」
 ランドの妹アリシアが泣き出しそうになって駆けてくる。お兄ちゃんが、と泣きながらすがりつく娘を抱きとめ、フォルストは廊下の窓から南の方角を見た。地平線の彼方に細い、針ほどの光を見た気がして、胸のざわめきはいっそう増す。
「泣くでない、アリシア……。大丈夫、ランドはきっと大丈夫だよ」
 なだめるフォルストの声も震えていた。