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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・173

 緑色の肌の巨人ギガンテスが、巨木を削っただけの無骨な棍棒を振り下ろした。ロランは動きを見切って回り込み、足の腱を切った。動きが取れず膝を突いたところを、跳躍して巨大な単眼へ斬りつける。苦鳴を上げ、ギガンテスは棍棒を放り出して両手で傷を押さえた。ロランは無情に猪首へ剣を薙ぐ。喉元を切り裂かれ、魔物は絶命した。
(いつまで続くんだ……)
 魔物が地響きを上げて倒れ、着地したロランの膝が崩れた。
「ロラン!」
 ランドが駆け寄り、体を支えてくれる。
「大丈夫だ……」
 ロランは天を見上げた。雲が薄くなってきている。吹雪が視界を横切る中、丸い太陽が冷然とこちらを見おろしていた。
(僕達がこんなに苦しいのに……誰も助けてくれない)
 神も精霊も、黙ってロラン達を見守るだけだ。そして、おそらくロラン達がここで力尽きても、なんの手だてもせず世界が滅び行くのを見ているだけなのだろう。
(だめだ、弱気になっちゃ)
 ロランはくじけそうな膝を励まして立ち上がった。勇者は、人々の平和への渇望と祈りから生まれるのだと精霊ルビスは言った。
「誰かが助けてくれるって……他人に頼る気持ちが僕らを生み出したんじゃない」
 知らず、ロランはつぶやいていた。ランドが真顔で横顔を見る。
「自分じゃできないことを、祈りに変えて人に託すのは、決して悪じゃない」
 ロランのマントがはためいた。
「魔物に遭っても恐れない心、自分が殺されるかもしれないとわかっていても立ち向かえる心、その勇気で誰かを助けたいという心、そういうことができる人はたぶんすごく少なくて……」
 思うまま口に出してからランドに気づき、ロランは弱く微笑んだ。
「はは……僕は何を言ってるんだろうな」
 ランドはかぶりを振った。
「ひとつだけはっきり言えることは……ここで死んだらいけないってことだよ。ぼくらを待ってる、みんなのために」
「……ああ。わかってる……頑張ろう」
 ロランも微笑み返そうとした時、爆音が炸裂した。ルナの、もう何度目か知れないイオナズンだ。ランドが気遣わしげにその方を見る。
「ルナ、完全に切れちゃってるよ。止めなきゃ……魔力をここで使い切るのはよくない」
「そうだな、やめさせよう」
 二人は立て続けにイオナズンを放つルナへ近づいた。
「ルナ、敵の数が少し減ってきている。戦線の薄い方を見計らって抜けだそう」
 ロランが荒い息をつくルナの肩に手を置くと、ルナはきつい目で見返してきた。
「……あら、そう。この際だから、一気に全滅させてやろうと思ったんだけど」
 いつにない剣呑な言葉に、ランドの眉が下がった。
「ルナ……そこまでしなくても」
「魔物に同情なんてしない方がいいわ」
 ルナはランドの先を封じて言った。
「今まで見てきたでしょう? どんなにあいつらがひどいことをしてきたか。私も最初は、魔物を倒すことに抵抗も感じたわ。でも今は、そうは思ってない。この群れが地上に降りたら、もっと悲惨なことが起こるのよ」
 だから躍起になって滅ぼそうとしていたのか。ロランは腑に落ちたが、認めるわけにはいかなかった。やはりルナは頭に血が上っている。
「落ち着くんだ。ここでいくら戦っても、向こうは際限なく呼び出してくるぞ。それよりも元凶を倒すんだ」
「……そうね」
 いささか冷淡にルナは応じた。行くぞ、とロランが先をうながす。
 魔物は西の山脈から流れてくるようだった。ロラン達は北に向かって足を速めた。

「あれは……!」
 ほとんど気力で歩いてきたようなものだった。それがくじかれて、ロラン達はその場にくずおれそうになる。
 雪は収まっていたが、風だけはやまず、地吹雪が荒れていた。雪煙が舞う地平線に、黒々とした大群が帯を成している。
「第二の戦線、か……」
 ロランは呆然とつぶやいた。魔物の戦線とこちら側のちょうど中央に、小さな森があった。
「この向こうに、ハーゴンはいるのか……」
 ロランは稲妻の剣を握りしめた。両脇を固めるランドとルナは、もう魔力がほとんど残っていない。ここに来るまでに、追ってきた翼竜メイジバピラスの群れと戦って、攻撃や傷の回復にだいぶ消費したからだ。
「……二人は、僕の背から離れるな」
「ロラン……?」
 ルナがいぶかしんでロランを見る。ロランは唇の端だけ笑ってみせた。
「僕が先頭に立って魔物を排除するから、二人は戦わず後をついてきてくれ」
「そんな、援護は?」
「必要ない」
 ロランは再び前を向いた。絶対に二人を死なせない、そう心に決めて。
「僕はまだ戦えるから。この剣があれば、魔法が使えない僕でも大勢を相手にできる。でも――もし、また僕が倒れたら、その時は頼むよ」
 最後は冗談でランドに言ったのだが、視線を向けられたランドは痛ましい顔になった。
 応えがない。ややばつの悪い思いで、ロランは「行くぞ」と言った。

 魔物の群れを率いるのは、紫色の肌をした、翼持つ牛頭の悪魔だった。ベリアルの配下アークデーモンである。
イオナズン
 両目を光らせて魔力を集中させ、アークデーモンは天にかざした人差し指をロラン達へ差し向けた。爆風に吹き飛ばされ、3人は悲鳴を上げる。
「森へ!」
 ロランは叫んだ。火傷と打撲にうめきながら、ランドとルナが従う。
 喘ぎながら戦線の中央に位置する森へ逃げ込むと、足の速いデビルロード達が追ってきた。ランドに力の盾を使わせてルナの回復を頼むと、ロランは稲妻の剣を高く振りかざした。剣が呼んだ稲妻が周辺の木々を打つ。
「火事になっちゃうよ?!」
「違うわ、見て!」
 うろたえたランドに、ルナも目を見張りながら上を指した。稲妻に打たれて払われた無数の枝が、次々とデビルロード達の脳天や体に突き刺さるではないか。
 それを見越して森へ魔物を誘い込んだのか。ランドは息をのんだ。
 ロランは枝の矢を受けなかった魔物へ斬りかかり、ひと薙ぎで数匹を葬り去る。そこへ、振動と地響きがゆっくりとやってきた。ギガンテスだ。
 デビルロードの生き残りが、ベギラマを放った。木々に燃え移り、煙が充満してくる。強風が灰色の煙を横流しにした。
「走れ!」
 ロランは叫んだ。ランドとルナはロランの後をついて駆ける。ギガンテスは邪魔な木を次々と棍棒で薙ぎ倒しながら近づいてきた。
「ここは通さぬ」
 森を抜けた先で、アークデーモンが三つ叉の槍を携えて立ちはだかった。器用にも頭上で槍を回転させ、ぴたりとロランに据える。
 背後で咆哮がした。ギガンテスが追いついてきたのだ。アークデーモンの周辺はデビルロードの群れが固まり、逃げ出す隙もない。
「ロラン……」
 ルナがわずかに身を寄せてきた。
「まだ魔力は残ってる。魔法を使わせて」
「だめだ」
 剣を青眼に構え、ロランは却下した。
「今は使うな。誰かが傷ついたら、そのために使ってくれ」
「でもこの数じゃ……!」
「あれが大将なら、首級を獲れば統率も乱れるんじゃないか?」
 ルナは眉を寄せて黙った。ランドからも反論はない。ロランは悪魔を見すえた。
「貴様の首をハーゴン様に捧げてくれる!」
 アークデーモンは巨体に似合わぬ素早さで槍を繰り出した。ロランはすんでで身をかわし、アークデーモンへ跳躍する。電光石火の勢いで振り下ろされた剣を肩口に受け、アークデーモンは浅手を負った。にやりと笑う。
「こしゃくな」
 右手の人差し指を天に向け、意識を集中し始めた。