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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・169

 太陽はわずかに西へ向かっているが、まだ日は高い。雪は容赦なく陽光を針と化し、ロラン達の目を突く。ロランはロトの兜のまびさしを下げ、ランドは防風眼鏡(ゴーグル)を下ろし、ルナはフードをなるべく目深にかぶって照り返しを防ぎながら歩いた。
 厳寒期だが太陽があるせいで、寒さは歩いていると気にならなかった。むしろ軽く汗ばむほどである。
「きれいね……。世界に、こんな場所があったなんて」
 どこまでも続く濃青の空と純白の景色に、切ないまなざしでルナが言った。
「そうだな……。ハーゴンが神殿を構える場所にしては、きれいすぎる」
 ロランは兜のまびさしを指で押し上げ、広大な雪原の彼方を見た。
「海底洞窟やロンダルキアの洞窟に神殿があったなら、いかにもそれらしいけどな」
「そうね。でも……」
 ルナは少し思いを巡らせ、考えを口にした。
「きっとこの風景が、ハーゴンの求める景色なのかもしれない」
「え?」
 振り返って不思議そうな顔をするロランに、ルナも立ち止まって言った。
ハーゴンは、もとは人間だった。ベラヌールでそれなりの地位を築いていた神官だった。そんな彼が、破戒僧のように自堕落で邪教を立ち上げたとは思えないわ。きっと、彼なりの信念に基づいて行動を起こしたのよ。自分の目的を邪魔されない場所としてここを選んだのは、このロンダルキアが、彼の思い浮かべる理想の世界に近いからなんだわ」
「ここが……ハーゴンの理想?」
 ロランは、雲のほかは身動きひとつしない静寂の大地を見つめた。あまりに広く美しいここでは、自分達3人がひどくちっぽけに思えてくる。抗いがたい大きなものに挑もうとしている、本当に小さな三つだけの命。
 静寂と沈黙、いかなる穢れも置かない世界を実現させるために、ハーゴンは多くの命を犠牲にしてきたのか。ロランはすぐには、憤りを感じなかった。仮にも宗教者であったハーゴンが、どれほどの苦悩を経て邪なものに手を染めたか、わずかながらわかるような気がした。
(でも、許されることじゃない……)
 ロランは、ロンダルキアの洞窟地下で出会った男の話を思い出していた。
 邪神に捧げる生け贄として、世界中から多くの人間が集められ、ここを歩かされていたことを。大人も子どもも、男も女も、泣きながら、あるいは狂気の笑いを上げながら、魔物の監視の中で行進させられたのだ。
 わずかに芽生えていたハーゴンへの同情が、ふつふつと怒りに変わる。ロランは足元を見た。そこに人々の足跡や血と涙の跡は見当たらなかったが、苦しみ嘆くすすり泣きは、はっきりと耳の奥にこだました。
「……必ず、果たさなきゃね」
 いつの間にかルナが隣に来て、ロランに言った。幻聴を聞き強張ったロランの顔が、わずかに和らぐ。ルナは自分の左手首にはめた、すり切れて色あせてしまった編み紐の腕輪を無意識になでていた。ムーンペタの町に住む小さな女の子、ミチカからもらった腕輪だ。
「みんな、それだけを待ってるんだから。そしてそのためだけに、私は――私達は生かされてる」
「……ああ」
 短く、ロランはうなずいた。そのためだけに生かされている、というルナの言葉に、ずしりと胸が重くなった。
(そうだ、そのために僕達はこの世に生まれてきた……。人を超えたこの力も、そのためだけにある。それが僕らの存在する理由)
 ロランはぎゅっと拳を握りしめ、ふと気づいた。ランドを振り返る。
「……どうしたんだ、ランド。さっきからずっと黙って……」
「あ……」
 ロラン達から少し離れた所で、ランドは寂しそうな顔でうつむいていたが、声をかけられてようやくおもてを上げた。
「疲れたのか?」
 ロランは心配になって、ランドに歩み寄った。ランドは、かすれた声で「なんでさ」と言った。
「どうして、ロランもルナもそうして落ち着いていられるんだい?」

 珍しくこちらをとがめるような言い方に、ロランはとまどった。
「落ち着いてなんかいないよ。でも、ここで慌てる理由もないだろう?」
「だから、なんでっ」
 泣き出しそうな顔で、ランドはいきなり怒鳴った。
「どうして何も言ってくれないんだよっ。ぼくに何か言うことあるだろう?」
 言われて、ロランは酢でも飲んだ顔つきになった。もしやランドは、自分にザオリクを使ったことへの礼が欲しいのかと思ったのだ。しかし、心優しいランドが、そんな礼のひとつのために怒ったりするだろうか。
 ロランが言葉に困っていると、ルナが間に入った。
「ランド、落ち着きなさいよ。ロランが困ってるわ」
「これが……落ち着いてなんか……げほげほげほっ」
 急に冷たい空気を吸い込んだために喉が渇き、ランドはいきなり咳き込みだした。
「大丈夫か?!」
 ロランが心配して背をさすろうとすると、いやいやをするようにランドは身をよじって拒んだ。
「やめてくれよ……ぼくには、そんなふうに優しくされる資格なんてないんだ」
「何言ってるんだ。資格ってなんのことだ?」
 ロランが問うと、ランドは顔を赤くしてロランを見上げた。
「だって、ぼくはロランの力になれなかったから」
「え……?」
「ロランが怒らなきゃならなかったのは、ぼくのせいだったから」
「ランド……」
 急ぐ旅だったが、ロランはランドと真正面から向き合った。ほっと息をつく。
「それでさっきから、思いつめていたのか……」
 ランドは悔しそうに唇を噛んでうつむいた。うなだれた細いうなじを、わずかな風がなでていく。
「……ずっと責任感じてたんだな。僕が……一度死んでしまったこと」
 ロランが語りかけると、ランドはますます深く顔を伏せた。ロランは苦く笑った。
「正直、目が覚めて起きた、ぐらいにしか感じていないから、殺されたっていう実感はないよ。倒れて戦えなくなったことは、そりゃ悔しいよ。僕なんて前に出て戦うしかとりえがないのに、二人の盾にもなれずに倒れたってことは、最悪の役立たずだもんな」
「そんなこと……」
 ランドが顔を上げると、そうなんだ、とロランは微笑み返した。自分でも、笑えるのが不思議だった。あんなに自分に腹が立っていたのに。
「それに最近じゃ、僕がようやく一匹倒す間に、二人とも魔法でたくさんやっつけちゃうだろ。ますます立場ないなって思ってたよ」
「そんなことない! ロランがいてくれるから、ぼくらは安心して魔法が使えるんだ。あの機械兵と戦って、それがよくわかった」
「――そう、だから」
 ロランはランドの頭に手を載せようとして、思い直した。肩にそっと置く。
「だから、ひとりで全部背負おうとするなよ」
「でも、ぼくがもっとしっかりしていれば、あんなことにならなかったんだ。結果的にぼくがザオリクを使えたからよかったけど、それさえなかったら、ロランは……。ロランがいなくなっちゃったら……ぼくは……ぼくは」
 幼子のように顔がぎゅっとゆがみ、ランドはぽろぽろと涙をこぼした。痛ましさといとおしさに胸を衝かれ、ロランはランドを抱き寄せ、優しく背をたたいた。
「……うん、うん。わかってる。わかってるから……もう泣くな」
「うん……」
 ランドは洟をすすってロランの言葉にうなずいた。ロランは体を放すと、背負っていたロトの剣を鞘ごと外し、涙を手の甲で拭くランドに差し出した。
「ロラン、これ……」
「ランドが持ってるといい。光の剣、壊れちゃっただろう? これから先、はやぶさの剣が通らない敵も出るだろうしな」
「そうだ、ロランのお父さんにもらった剣なのに。ぼくのせいで……」
 キラーマシンの腹部に突き刺さったまま自爆に巻き込まれた光の剣を思い出し、またランドが情けない顔になった。ロランは首を横に振ってみせた。
「気にするなよ。役に立って壊れたんなら、それでいいよ。父上だって喜ぶはずさ」
 言って、両手でロトの剣を持ち、ランドへ再度差し出す。ランドは洟をすすりながら、両手で受け取った。
「よかったわね、ランド」
 微笑ましそうにルナが言うと、剣を胸に抱いたランドの顔に、ようやく笑顔が戻った。
「――うん。ありがとう、ロラン」
「ああ」