蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・168

第4章 神々の庭


【天と地の境で】

 群青の空の下、ローブ姿の集団が雪原を歩いていた。先頭を行くのは、背が高く容貌も際立った若い男である。
 雪原を渡る凍てついた風に、男の肩まで届く黒髪がなびいた。しかし白皙のおもてに揺らぎはなく、金色の瞳はひたすら前を見すえている。荷物らしきものといえば、右手に巨大な赤い宝珠の付いた杖と、左手に恐ろしげな像を抱えるのみである。
 男のあとに続く者達もまた、彼に似たかたくななまなざしで黙々と歩いていた。
 大地を囲む山脈を右手にあおぎながら、一行はやがて大きな湖にさしかかろうとしていた。湖面は空の色を映して青々と輝き、針葉樹の生えた小島を浮かべている。
ハーゴン様、ここは……」
 男――ハーゴンのすぐ後ろをついてきていた、側近の若者が湖と小島を見て足を止めた。ハーゴンもまた立ち止まり、端麗な目元をわずかにすがめた。
 湖と小島は、向こう岸に渡るための橋が架けてあった。小島には、白い石で造られた祠もある。ハーゴンらが来る遥か昔に、誰かがここに橋と祠を建てたのだろう。
 しかし問題はそんなことではなく、祠から発せられる神聖な力だった。側近の若者――のちにデモニスと名乗る男は、そっとハーゴンをうかがい見た。
 ハーゴンはじっと見つめ、祠を探った。そこを守る人の気配はないが、神聖な場所は天の神の意思が下りる場所でもある。
「わが神の降臨には邪魔か……」
 ハーゴンは右手の杖を振りかざした。イオナズンを唱えるべく意識を集中し始めた時、ベギラマの炎がハーゴンを襲った。
「っ?!」
 ハーゴンは素早く身をかわした。何奴、とデモニスが脇を振り返る。壮年の男と、その娘が魔道士の杖を振りかざしていた。
ジェリコ、マリアンヌ?! 貴様ら、裏切ったな!」
 デモニスが叫んだ。
ベラヌール大司教の極秘命令でな」
 ジェリコと呼ばれた壮年の男は、神職らしからぬたくましい体躯を油断なく身構え、落ち着いた声で言った。
ベラヌールの伝説では、ここロンダルキアの頂上に天の意思を受けた聖地があるという。それがこの祠のある湖だ。この場所なら、その忌まわしき像も使えぬはず。大神官ハーゴン、この地がお前の最後だ!」
「おのれっ!」
 デモニスはいきり立ったが、ハーゴンは薄く微笑を浮かべただけだった。とどまるようデモニスに手を振り、ジェリコ親子を見る。
「天の神の加護など私に何の痛痒も及ぼさぬ。ここで邪神の像の力も不要。私の力だけで、そなたら親子を葬ってくれる」
「覚悟ッ!」
 ジェリコとマリアンヌは光の剣を抜いてハーゴンに斬りかかった――。


  幾重にも張られた結界の中心に、邪神官ハーゴンはいた。血の色をした宝珠の杖を両手に持ち、蛇が絡みつく禍々しい十字架に祈りを捧げている。
 何万人という人間の生き血をすすってきた生きた十字架は、中心の赤い宝珠を不気味に明滅させていた。
「時は近い……。あとわずかで、我が望みは叶う。破壊神シドーが降臨する」
 青ざめた肌をかがり火の炎に彩らせ、ハーゴンは低い声でつぶやいた。しかし、その顔にあからさまな歓喜はない。
 昔のことを思い出していた。何十年も昔、自分の教えを信じる神官達を連れて、ここロンダルキアへ足を踏み入れた時のことを。
 破壊神を降臨させる依り代として、この十字架と神殿を造らねばならなかった。その場所は、天に最も近いこの台地でなければならなかった。
 いかなる神も地の底から湧き出ずるのではなく、天から降りるものであるからだ。そして何より、清浄と沈黙こそハーゴンが至上とするものだった。
 と、背後の結界が揺らめき、暗い紫色の大猿が現れた。
バズズか」
「――ロトの子孫らが、ついにこの地を踏みました」
「ふん……」
 ゆるやかに振り向き、冷徹な目でハーゴンバズズを一瞥する。
「私がお前達を呼び出したのは何故だ?」
「……猊下のお望みを叶えるためです」
 長い手を曲げ、バズズは卑屈に礼をしてみせる。ハーゴンは軽く左手を払った。
「ならば行け。何人も我が祈りを邪魔だてせぬように」
「御意」
 表向きうやうやしく返事をし、バズズは結界を揺らめかせてその場からかき消えた。ハーゴンは何の感情も示さず、再び十字架の祭壇へ向き直った。
「愚昧な……」
 魔王にかしづかれることに、何の喜びも持たなかった。
 自分は魔物の王になるために、破壊神と契約を結んだのではない。邪教を立ち上げたのも、人々を掌握し、世界を征服するためなどではないのだ。
(我が望みは――救済。世界と全人類の救いだ)
 にいっとハーゴンは笑った。答えを仰ぐように両腕を広げ十字架を仰ぐと、鈍く雷鳴がとどろいた。室内に湧き起こった紫色の稲光は、不気味にハーゴンと十字架を照らした。


「さあ、祭りの始まりだ!」
 神殿の広間で、バズズは嬉々として跳ね、手を頭上で打ち鳴らした。それを冷然と見おろすベリアルの目にも、愉悦は隠しきれない。背後ではアトラスが殺戮の予感に歓喜して轟と吠えた。
「さあ来い、ロトの子孫。存分にもてなしてやるぞ」
 ベリアルは牛面の口元を歪ませて笑った。