蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・167

 ロランの胸がゆっくりと膨らみ、長く息を吐き出す音を、ルナは緊張して聞いていた。やがてロランのまぶたがわずかに震え、まばたきを繰り返す。
「……僕は……」
「……ロラン!」
 本当に生き返ったのだ。ルナは横たわったままのロランの手を取り、声を殺して泣いた。
「ルナ、どうして泣いてるんだ……」
 ぼんやりとロランはランドを見上げる。精神を集中しすぎて疲れ果て、ランドはその場にがくりと膝を崩した。
「ランド?」
 ただごとではないと、ロランは体を起こした。大丈夫、とランドはロランを見る。
「少し疲れただけだよ……」
「そうだ、敵は……」
 ロランは慌ててあたりを見回したが、ドラゴンが残したゴールドと、キラーマシンの残骸があるだけだった。
「まさか……二人だけで倒したのか?」
 ロランの胸がざわついた。そうよ、とルナが涙を手の甲で拭いて言う。
「とても苦戦したけど、なんとかなったわ。もうだめかと思ったけど……」
 ロランはすぐに言葉が出なかった。ロランの腕力と稲妻の剣でさえ刃が通らなかった相手だ。ルナのルカナンが装甲を弱め、ランドが光の剣で戦ったのだろうとすぐに察したが、じわじわと苦く重苦しいものがこみあげてくる。
「その間、僕はどうなっていたんだ? どうして、すぐに回復してくれなかった?」
 ルナとランドは言葉に詰まり、押し黙った。ロランはいら立った。ラリホーの呪文による睡眠や、昏倒などの気絶はホイミ系の呪文では回復できないと、ロランでも知っている。だが、回復呪文をかければ、気絶から復帰できる間も少なくて済んだはずだ。自分も戦闘に参加できなかった理由がわからなかった。
「なんで黙っているんだ。教えてくれ」
 ロランが問い詰めると、ランドは苦しそうに眉根を寄せた。ルナが意を決した面持ちで口を開く。
「……ごまかしたって仕方のないことだわ。……ロラン、あなた、息をしていなかったのよ」
「え……?」
 にわかに信じられないことだった。ロランは助けを求めるべくランドを見たが、ランドはつらそうに目を逸らした。ルナが続ける。
「ドラゴンを倒したまでは良かったけど、苦し紛れの一撃に背中から壁に叩きつけられて……。その時に背骨が折れたか、キラーマシンに撃たれた矢が急所に届いたのね。私も信じられなかった」
 ルナの言葉が、うつろにロランの頭の中に届いた。
(僕が……力尽きていたって?)
世界樹の葉は、ドラゴンの炎に焼かれてしまったから、戦いが終わったあとランドがザオリクの呪文であなたを生き返らせたの」
 ルナの説明も、ロランの耳にむなしかった。ロランはぼんやりと自分の右手のひらを見つめていた。
「ロラン……」
 ランドが声をかけようとしたが、ロランのうつむいた横顔を見て唇を噛む。
「……負けたのか、僕は」
 かすれた声でロランはつぶやいた。
「……負けたんだな」
 ルナも言葉が見つからず、視線を落とす。ロランの中で何かが弾けた。
「――っ!!」
 ロランは右手を固めて振り上げると、床に叩きつけた。ズン……と3人のいる広間が振動する。
 ランドとルナは、怯えた目でロランを見た。ここまでの怒りを目にしたのは初めてだった。
(負けた、負けた、負けた!)
 ロランは顔を上げられなかった。ぎりぎりと奥歯を噛んで、吹き上がってくる怒りを強引に押さえつける。
 ドラゴンの角と呼ばれる塔をのぼった時、メドーサボールからラリホーを受けて眠らされ、戦闘に参加できなかったことはあった。あの時もランドとルナだけで魔物を倒したが、今度は状況が違う。
 自分は死んだのだ。眠りと死は土台が違う。生きていれば汚名をすすぐこともできるが、死ねば永遠に敗北のままなのだ。
 機械兵から同じ手を食らったのも痛恨だった。いざという場合に立ち回りが甘い。その隙を突かれた。あの矢さえなければ、ドラゴンの断末魔に巻き込まれることもなかったのだ。
 悔しくて、心が焼き切れそうだった。復活させてくれたランドに感謝する余裕も出なかった。
「……ロラン、立って。ランドも」
 怖い沈黙を破ったのは、ルナだった。立ち上がり、ローブの土埃を払う。
「行きましょう。ここで、立ち止まっている時間はないわ」
 ロランは黙っている。ランドはそんなロランを見て、ますます痛ましい目つきになった。だが、ロランより先に立ち上がる。うつむいたまま、ロランがようやく後を追った。
 ルナが前に出て歩き出そうとしたが、ロランは黙って追い越し、前を守るように歩いた。まだ気持ちの整理がついていないのだと、ルナもランドも察していた。ロランの味わっている悔しさの片鱗を「理解できる」などとは、とても言えなかった。
 広間を抜けると、一本道に出た。なだらかな勾配になっており、上へ上へと進んでいく。やがて、真っ白い光が上部から差し込んできた。
「出口だ……」
 半日ぶりに見る太陽の光に、ロランのくすぶっていた怒りが拭い取られていく。自然と足が速まり、いつの間にか二人とともに光の方へ走っていた。
「――っ!」
 清冽な寒気と陽光が3人の目と肺を刺す。大きく開けた天然の洞口でロラン達は立ち止まり、目の前に広がる風景を見た。
 峻厳な岩山に囲まれた雪景を藍色の空がくっきりと際立たせている。遥か前方には高度に順応した針葉樹の森が見える。音もない沈黙の世界に生命の存在があることは、緊張したロラン達の心をいくらか慰めた。
「ここが……ロンダルキア……」
 ロランはつぶやいていた。
 魔峰に守られし神の庭。邪神官ハーゴンの神殿がある所。
 ついにロラン達はやってきたのだ。