蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・165

「ああっ……」
 ルナはがくがくと震えていた。最悪の事態が起こっている。だが頭がそれを認めたがらないでいた。
 傍らではランドも短い息をしながら震えていた。脂汗が目元を伝う。キラーマシンは倒れたロランを無視し、こちらへ歩み寄ってきた。淡々とこちらへ歩み寄る金属の足音は、恐怖でしかない。
 ロランが前で戦ってくれるから、こちらは安心して魔法を使うことができた。何よりも強靭な盾であり、剣であったロランが立ち上がれない今、裸同然で敵の牙の前にいるのと同じだった。
「どうしよう、ランド、私達どうすれば」
ルカナンを! 早くっ!」
 やけを起こしたようにランドが怒鳴った。ルナはいかずちの杖を両手に握りしめ、懸命に意識を集中する。ランドはその隣で守備力を上げるスクルトを唱えた。1度では足りずに2度も重ねてかける。これでかなり、ランドのまとう身かわしの服の強度が上がったはずだ。
 それでもロランのまとう鎧よりずっと弱い。おそらく一撃で殺される。ランドは青ざめながら光の剣を抜いた。
「でやあああっ!」
 怒号を上げ、ランドはキラーマシンへ斬りかかった。キラーマシンがおもむろに剣を振り上げる。そこへルナのルカナンが発動した。すかさずランドは装甲の薄そうな腹部へ斬りつける。刃が浅く入り、バチッと小さな光が弾けた。裂け目からちかちか光る部品がのぞく。
 ぶうんとキラーマシンの内部でうなる音がした。この音がすると上体の回転攻撃が来る、と気づいていたランドは後ろへ飛びのく。身かわしの服の能力で行動反射が優れ、直後に来た予想通りの攻撃をかわすと、再び傷つけた腹部へ斬りこんだ。後ろでルナが2度目のルカナンをかける。ランドの2撃目はさらに傷を深くした。
 ランドが相手の攻撃を懸命にかわしつつ、何度も腹部や脚部を斬りつけるにつれ、キラーマシンの関節や装甲の継ぎ目から黒煙が噴き出してきた。時折火花がはぜる。
「終われええっ!」
 絶叫し、突進したランドが光の剣をキラーマシンのみぞおちに突き刺す。剣は深々と部品を貫き、傷口から盛大な火花が散った。ランドは剣を引き抜こうとしたが、複雑な部品や配線に絡んでびくともしない。
「ランド、逃げて!」
 ルナが叫ぶ。言われるまでもなく跳びすさると、キラーマシンは二、三度がくがくと振動した。直後、全身が炎とともに弾け飛ぶ。
「っ!」
 ランドとルナはその場に伏せて爆風と飛び散る破片をやりすごした。爆発はほどなくして収まり、あたりはしんと静かになる。
「――ロラン、ロラン!」
 ルナはすぐに立ち上がると、よろめきながら、壁にもたれるロランへ駆け寄った。
「しっかりして! 終わったのよ、もう安全よ!」
 肩をつかんで揺すり呼びかけるが、ロランは応えない。唇は薄く開き、半ば閉じた目はうつろで、どこも見ていなかった。
「うううっ!」
 ルナはランドが止める間もなく、ロランの脇に刺さっている矢を渾身の力で引き抜いた。噴出するかと思われた血は、頼りなく少し流れただけだ。それを見たランドは息が止まりそうになった。
「――ベホマッ!」
 両手をロランの心臓の上に当て、ルナが全快の魔法をかける。澄んだ青い光がロランを包んだが、すぐに消えた。ロランは動かない。
「……」
 ルナは吐き気をこらえるように息を止めた。認めなければ。でもいやだ。認めたくない。信じたくない。
 ルナがもう一度ベホマを試そうとする。その肩に手が置かれた。ランドがかすれた声で言う。
「無駄だよ。ロランは、もう……」
 ルナの瞳孔が狭まった。 


 落ち着いて。落ち着いて。考えるのよ。考えたくない。もう終わり。これで何もかもおしまい……。
「だめよ。考えるの、考えるの」
 動悸が耳にうるさい。ルナは声に出して意識を保とうとした。目の前がぐらぐらする。不安と恐怖で手足に力が入らない。
「鞄……」
 ルナはドラゴンの炎で炭と化した自分の鞄を見た。膝が震えてうまく立てない。まろびつつそこへ駆け寄り、鞄の焼け跡に行って墨を探った。よもや焼け残っていまいかと思ったが、見つかったのはあの青い宝珠だけだった。
「――ああっ!!」
 怒りに任せ、ルナは両手を炭の塊に叩きつけた。くやし涙がとめどなくこぼれ落ちる。
 あの時、ちゃんと敵の攻撃を避けていれば。鞄が無事だったら、持っていた世界樹の葉でロランを蘇らせることができたのに。
「――戻りましょう、ランド!」
 ルナはランドへ振り返った。
「ロランを連れて、世界樹の島へ戻るのよ。樹に祈って、もう一度葉をもらいましょう。きっと助けてくれるわ」
 しかしランドは悲痛な面持ちで首を横に振った。どうして、とルナは詰め寄った。
「ロランがこんな所で死ぬなんてありえないでしょ!? 私達が力を合わせないと、世界は終わってしまうのよ!」
「でも、樹はもう応えないよ。あれから、長い眠りについてしまった……。樹から命を分けてもらったから、ぼくにはわかる」
「そんなの、行ってみなければわからないじゃない!」
 ルナは怒鳴ったが、ランドは黙っていた。
「――っ」
 ならば自分だけでも戻る、とは言えなかった。自分の力では、重いロランの体を背負って行けない。ランドは何もかも諦めてしまったのだろうか。
(こんなのが残ってたって……!)
 ルナは手の中の玉を見つめ、腹立たしさに投げ捨てようとした。謎の宝玉は、ルナの慟哭を受け止めるかのように澄みきっている。
「……ああ」
 玉をいだき、ルナは深くこうべを垂れた。
「神様……ルビス様。今こそ祈ります。どうかロランを助けて。お願い、お願い……!」
 ランドはルナの震える背を見つめていた。ずっと魂の奥に眠っていたあの呪文を、使うべき時がきたのだと感じた。
「ルナ。大丈夫だよ」
 歩み寄り、そっと声をかける。ルナは涙に濡れた顔を上げ、呆然と見返す。ランドは硬い笑みを見せた。
「ぼくがロランを呼び戻す」