蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・157

【精霊の祠】

 精霊の祠は、紺碧の海にぽつんと浮かんでいた。
 真っ白い石材で造られたそれは、ごく小さな島に建てられており、ロラン達の持つ魔法の地図がなければ発見できなかっただろう。それほどの小ささだった。
 島は、一つの岩を浮かべたようなこぢんまりとしたもので、わずかに土があり、冬だというのに緑の草と白い花々が風に揺れていた。その真ん中に祠が立っている。
 ロラン達は小船で接岸すると、祠に近づいた。入り口はなく、四方を囲む壁の一面だけにロトの紋章の丸い彫り物がある。
 もしやと思ってロランがロトの印をあてがうと、やはり、くぼみにぴったりとはまった。ロトの印の赤い宝石が光り、青白い線が印を中心に長方形に走る。そして重い石ずれの音とともに、ぽっかりと入り口を開けたのだった。
「いくぞ……」
 二人に呼びかけ、ロランは祠の中に足を踏み入れた。
 薄暗いかと思われた内部は、太陽の日差しがあるかのように明るかった。入ってすぐに下りる階段があり、ロラン達はそれを下った。
「うわ……滝?」
「きれいね……」
 最初の階に着き、ランドとルナが周りを見てため息をつく。ロランもその美しさに息をのんでいた。
 白い石材の床は四方を四角く切られており、清冽な水が湛えられている。そして壁の代わりを果たすのは、音もなく流れ落ちる水の幕だ。
 潮の香りは甘く、祠の床を濡らすこともなく、くっきり空間から切り離されたように落ち続けている。否、水の壁が自らの意思で祠を守っているかのようだった。
 魔法とは違う、水や大気や光といった万物の意思が、精霊の下りる御座を作り、支えているのだとロラン達は肌で感じた。
 螺旋となって地の底まで続くように長く白いきざはしを、蕩々と流れる水の壁に見守られながら下りていく。
 すると、どこからともなく歌声が響いてきた。ひとくくりの調べは短く、それが何度も繰り返される荘厳な聖歌である。
 澄みきった大勢の声は、いにしえの言葉で歌っており、ロラン達にはわからなかった。
 合唱はこのように歌っていた。

 ――名の始めにロトの頭文字を持つ子らよ。
 ……ロラン。あなたは人の子の象徴。魔力は持たずとも、何にも頼らず、おのれの力と勇気で運命を切り開く者。それはロトの膂力(りょりょく)の顕(あらわ)し。
 
 ――ランド。あなたの力は献身。生と死を両手に分かつ天秤の持ち主。自らを顧みずその身を捧げる、奉仕と犠牲の魂。それはロトの精神の顕し。
 
 ――ルナ。あなたの力は慈愛。天に向けたその怒りも、生きとし生けるものを慈しむ心から生まれたもの。それはロトの理力の顕し。懐深き魔力と知性で、人々に道を示す者。

 ――偉大なるロトの力はかつて三つに分かたれ、ここで三位一体となる。
 ――祝福あれ。尊き三貴子、勇者の子らよ。

 長い階段の終わりには、円状の広い御堂が広がっていた。ここには壁代わりの水はなく、青みがかった石材が御堂を形作っている。
 かなりの深部まで来たというのに、堂内は穏やかな朝の日差しが差し込めているかのように明るく、白い床の周囲を清らかな水が流れており、中央には黄金で作られた精霊の紋章を四方に配置した祭壇が設けられている。ルビスを示す紋章は、しなやかな曲線で描かれる鳥のような形で、ロラン達の戴くロトの紋章とよく似ていた。
 ロラン達は無言で祭壇へ近づいた。恐れも緊張もなく、何かを考えようという気持ちも湧かなかった。ただ無心でいた。
 3人が祭壇の前に立つと、四方を飾る精霊の紋章に炎が宿った。天井付近に青く澄んだ光が凝縮する。3人は上を見上げていた。光の塊は目を刺すことなく、柔らかに脈動しながら、暖かく輝いていた。見た途端、強い懐かしさを覚える。
(……お母さん?)
 ロラン達は、光を見て同じ思いを抱いていた。
 それは、海の青であり、空の青であり、もろもろの草花が宿す青であり、ロランの身に着けるロトの鎧のような青だった。
 ルビスは光だった。万物の営みを見守る偉大なる精霊は、時として女性の姿で描かれることが多い。勇者ロトは、人の身にして唯一、女神像となって石化したルビスと対面し、これを救っている。
 だが、その本質は光なのだ。ロトの前で女性の姿を取ったのは、人間がルビスに母なる存在を見いだすからかもしれない。
 ロラン達は母親を早くに亡くしていた。しかし普段は言葉にも出さず、忘れている。母を慕い、会いたい気持ちを。
 ルビスの放つ雰囲気は、その感情を呼び覚ますものだった。
 両腕を広げて、膝に幼子を迎え入れるような、母なるぬくもり。
 けれど幼子は何も考えずに飛び込むことはできない。人間とはかけ離れた、峻厳で気高い意思が、気安さを封じ込める。
 ――私を呼ぶのは誰……。
 どこからともなく響く清らかな声は、落ち着いた若い女性のように聞こえた。頭の中に直接語りかけてくるのは、かつて集めた紋章の時と同じだ。
 ――あなた達は……。
 空中に浮かぶ光は、ロラン達を今、認めたようだった。
 ――私にはわかります。あなた達は、勇者ロトの子孫ですね……。
 ロランは何と言うべきか迷った。相手が万能の存在なら、こちらの要求など口に出さずとも伝わる気がしたからだ。
 ――確かに面影があります……その目、顔立ち、髪の色。ロトとかけ離れつつあるけれど、魂のありようはロトそのもの……。
 ルビスの声に懐かしむような気配が聞き取れた。高次元の存在でも、人間に似た感情はあるらしい。
 それが気を許すきっかけになってしまったのだろうか。突然、ルナが口を開いた。
「ルビス様。私、ずっと考えていました」
「ちょ、ルナ?!」
 ランドがうろたえ、ロランもぎょっとする。だがルナは、上空に浮かぶ青い光へ毅然と言いはなった。
「万物を創りし偉大なる大地の精霊、ルビス様。それほどの力があるのなら、なぜ、私の国を見捨てたのですか?!」
「ルナ……」
 ロランとランドは絶句した。ルナは神に等しき存在を前にしても怯まない。
「私の父も、城の皆も、敬虔にルビス様を信仰しておりました。けれどあなたは手を差し延べなかった。魔物に無惨に殺されていく人々の痛みを、悲しみを、あなたは見過ごされた。あなたはずっとご覧になっておられたのでしょう? なぜ、声に応えてくださらなかったのですか。ハーゴンという悪の根を、その芽のうちに摘まねばならないというご配慮を下さらなかったのですか?! 見ていたんでしょう、全部!」