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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・153

【最後の航海】

 冬の日差しは、真昼でもどこか薄暗い。
 ローレシア城入り口に立つ若き衛兵は、いつもと代わり映えしない城下の街並みを眺めながら、早く春が来ないかと思っていた。
 比較的温暖なローレシア地方とはいえ、厳寒期の寒さはムーンブルク地方を上回る。ハーゴンに従う邪教徒の集団に村を襲われ、命からがら逃れてきた人々は、仮の住まいを与えられて一時の安寧を得ていた。
 だが魔物に襲われた恐怖はいまだ癒えず、温厚で慈悲深いローレシア王の庇護にすがっていても、心を病む人々も多いのだった。
 難民だけではない。城下の人々もまた、ほとんど顔には出さないが、いつ終わるとも知れぬ邪教の脅威に怯え、心底疲れている。
(早く春が……)
 せめて季節が巡り、命の息吹あふれる春になったら、疲れ果てた人々の心にも少しは元気が取り戻せるのではないか。務めの間、幾度と知れず衛兵がその思いを繰り返した時だった。
 前方に、ふわっと明るい日差しが差した。春がそこだけやってきたのか――衛兵はまばたきをした。疑ったその目が、驚きと喜びに輝く。
「ロラン様!」
 共に組んでいた相方の衛兵が、真っ先に声を上げた。
「おお……お帰りなさいませ!」
 ローレシア王子達の凛々しい姿に、衛兵は胸に熱いものがこみあげ、涙ぐんでいた。
 春は人の姿をしていたのだった、と確信しながら。


 玉座の間へ続く1階の通りを歩くロラン達の姿を、城に仕える者達は老いも若きも熱いまなざしで見つめ、深々と礼をして送った。
 話に伝え聞く伝説の勇者の武具をすべて身に着けたロランの勇姿。
 端麗な装飾が施されたはやぶさの剣と光の剣を左右にはいたランドの華麗。
 竜の飾りも雄々しいいかずちの杖に、水の羽衣をケープとしてまとったルナの優美。
 娘達は目を潤ませて王子達の後ろ姿を見つめ、衛兵らは、若くして一流の戦士となった3人に、胸焦がれるような憧憬を覚えた。
 玉座で待つローレシア王ローレンスもまた、久しぶりに見た息子らの姿を、しばし言葉もなく見つめていた。深い感慨が、ロランと同じ青い瞳に浮かんでいた。
「ロラン王子……ご立派になられて」
 ロランを幼少から教育してきた宰相マルモアが目を真っ赤にし、絹の上衣からハンカチを取り出して、垂れてきた鼻水を押さえた。
「ただいま戻りました、父上」
「うむ……」
 ひざまずいたロランへ、王はもっと近くへ、と呼んだ。
「立って、お前の顔を見せてくれ」
 ロランが立ち上がると、王は玉座から下りて息子と向き合った。
「凛々しいのう……。わが息子ながら、惚れ惚れする武者ぶりよ。ついにロトの武具をそろえたのだな」
「はい。これまでに多くの人々の助けを得て、ここまでこられました。あとは、ロンダルキアに登り、ハーゴンを討つだけです」
「ついにそこまで来たか。……いよいよなのだな」
 近い決戦に、王の顔も引き締まる。
「では、もう行かねばならぬのか? 久しぶりに旅の話を聞きたいと思ったが……」
 父の寂しそうな目に、ロランは頬笑んで見せた。
「いえ、今夜はここに泊まります。これから南へ航海しなければならないのですが、船の修理と補給に半日かかるんです」
「そうか」
 いささか面食らった王に、ランドがふふっと吹き出し、ルナが軽くロランの脇を小突く。
「ばかね、そういう理由は言わなくていいのよ。それが親孝行ってもんでしょ」
「はははっ」
 王は胸を反らして笑った。いくら武勇を積んでも、息子の不器用さまでは変わっていなかったからだ。
「それならばよい。今夜はゆっくりしていきなさい。久しぶりに、厨に腕を振るわせよう」


 ローレシア城で一泊したロラン達は、晩餐の席で、王にこれまでの報告をした。
 邪神の生け贄としてハーゴンの神殿へ送られていった人々のことを話すと、王は自らのことのように胸を痛めた。そして、ローレシアに庇護を求める人々がいたら、余さず助けると約束した。
 ロラン達が命の危険を冒して戦う陰で、それが自分にできることなのだと王は言った。そしてそれは、ロトの血を引くサマルトリア王も同じであろう、と。
 サマルトリア王も難民受け入れを快諾しており、分担も進んでいるという。
 城の料理人達が作った心づくしの料理を食べながら、ロラン達は、王をはじめ皆で自分達を支えてくれているのだと感じていた。
 冬場は魚介に脂が乗って一番おいしい時期だが、漁船が魔物の襲撃に遭うなどして、漁獲量が減ってきている。
 それでもこうして、ロラン達に元気をつけてもらおうと、漁師達が一番いい魚を城へ届けてくれ、料理人達が丁寧に料理してくれた。給仕などの係も、少しでもロラン達が安らげるよう気を配ってくれている。
 剣を持たずとも、こういう戦い方もあるのだ。宝石のように光り輝いて見える新鮮な生牡蠣を噛みしめながら、ロランは思った。


「早くみんなが、安心して暮らせるようにしないとな……」
  空は高く澄んで、真っ白な帆は風を真後ろに受け、船は推進機関の力も借りて勢いよく進んでいた。波も穏やかで良い日和だ。
 ロランは操舵室で舵輪を握っていた。船の中では、ロトの鎧は着ていない。青いいつもの普段着に、ロトの剣を下げているだけだ。
「そうだねえ」
 傍らのランドが返事をしたので、ロランはびっくりした。考え事が声に出てしまったらしい。
「ごめん。考え事してた」
 恥ずかしくなって言い訳をすると、ランドはにこりとした。
「ぼくも同じこと考えてたから」
「ランドも?」
「うん」
 ランドは正面に張られた窓の向こうに広がる水平線を見やった。
「このままずうっと、ロランやルナと旅ができたらいいなって思ってるけど。そうはいかないんだもんね」
「ああ……」
 胸を冷たい風になでられたように、ロランは頬を強張らせた。
 すっかり手になじんだ舵輪がいとおしかった。このまま自分の船にしたいくらいだが、これはルプガナの港主の所有である。旅が終わったら返さなければならない。
(もし買い取るとしたら、いくらぐらいするのかな……)
 ロランはふと、そんなことを考えていた。ルプガナの船乗りは、本当に譲る時でないと自分の船の名前を教えない。だからこの船も、ロラン達はただ、船と呼んできた。
 連戦でかなりゴールドを貯めていたが、船を買うにはとても足りない。ロンダルキアに巣くっていたオークキングの一味が貯め込んでいた財宝がちらりと頭をかすめ、それはいけないと考えを打ち払う。
 あれは各地からの略奪品だからだ。もし取り返せたら、困窮している地域を主に、世界中に分配するのが筋というものだろう。