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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・145

「私のほかに、大勢の人がいました。魔物は雪の上に私達を下ろすと、ハーゴン様の神殿まで歩けと言いました。みんな薄着で、厳しい寒さの中を歩くなんてできないと泣きましたが、魔物は人が苦しむのを見るのが楽しみなのです……」
「……ひどい」
 ランドがぽつりと言った。低い声に抑えようのない怒りがにじんでいた。話しているうちに男の舌は滑らかになり、血走った目で話し続ける。
「大勢の者は魔物の突きつける剣におびえていましたが、私は死にたくなかった。家族とともに、今なら逃げられる、逃げようと言って走り出しました。私のほかにも逃げる人がいましたが、途中で魔物に殺され、気がつけば私はひとり、洞窟の中へ逃れていたのです」
 家族を失った男は、へつらうような笑みを見せた。誰に追従しているのか。時々もらす緩んだ笑いは、もはや男が正気ではないことを示していた。
「それであなたは、頂上からここまで下りてきた?」
 ロランが尋ねると、男はにやにや笑った。
「どこをどう通ったのかわかりませんが、気がつけばここに隠れていたのです。こ、ここにいれば安全です。魔物も襲ってこない」
 一瞬、ここから逃げましょうという言葉が出かかったが、ロランは諦めてのみ込んだ。
 男はもう、魂を恐怖に浸食されていた。長い間魔物に襲われなかったのは、彼が人間として認められなかったせいだろう。
 そして、ここにいる無数の腐った死体は、邪教の神に捧げられた生贄達の、なれの果てなのだ。
「では、失礼……」
 しゃべり終え、こそこそと男は墓の下にもぐっていった。さらわれてから何を食べて生きていたかは想像がつく。ロラン達の顔に憐れみが浮かんだ。
「……行きましょう、ロラン。私達には、どうしようもないわ」
 沈んだ声でルナが言った。ランドも肩を落としている。
「うん……かわいそうだけどね」
「……生きるって、何なんだろう」
 ロランは男が息をひそめる墓石を見つめた。
「人は、もっと幸せであっていいはずだ。人だけじゃない、動物も、植物も……きっと、魔物だって。こんな風に本来の姿をゆがめられて生きることは、死と同じじゃないか?」
「ロラン……」
 ランドとルナは何も言えず見つめ返した。その時、空中に心臓(ハート)形の桃色の光が浮かび上がった。
「命の紋章……」
 ロラン達は呆然と光を見上げた。暖かな光は、ロラン達に付いた汚れを消し去った。3人は、胸の中心にまっすぐ差し込むぬくもりを感じた。
 紋章は何も語らなかった。ただ伝えてきた。
 生きよ。
 生きよ。
 と。
 紋章が3人の胸に吸いこまれると、お互いに顔を見合わせた。
「……そろったね」
「ああ。これで、五つの紋章が完全になった」
 ロランはそっと胸に手を置いた。星、太陽、月、水、命。精霊ルビスの守りを受ける器が完成したのだ。勇者ロトの子孫の魂の中に。
「……あの人は……」
 はっとして、ロランは男が隠れた墓石の蓋を押し開けた。ひと目見て、気づく。
 男は墓穴に横たわり、安らかな顔で息を引き取っていた。命の紋章がそうしたのだと、ロラン達は直感した。胸に息づく五つの紋章が告げたのだ。
 死は終わりと同時に、始まりであると。
 いかなる様相でも生は生であり、本来の姿というものはない。何もかもがありのままなのだ。
 しかし、紋章達は汚濁も認めながら、生きとし生けるものの純粋な喜びを願っている。それが精霊ルビスの御心なのだ、とも。
「……今こそ、精霊の祠を目指すべきじゃないか? 洞窟に入ってすぐに出るのは惜しい気もするけど、精霊ルビスの守りがないとハーゴンを倒すことはできないし」
 ロランが言うと、ランドは小首を傾げた。
「そうだね。でも、せっかくだからもう少し探検してみないかい? この洞窟は簡単に先へは進ませてくれそうもないし、きっとそのせいで何度も出はいりすると思うんだ。だったら、頂上までの道のりをもっと探索した方が楽になるよ」
「私もランドに賛成。まずは行けるところまで行ってみましょう」
「そうか。僕も正直、そう思ってたんだ」
 ロランは男が眠る墓に向き直ると、二人とともに手を合わせた。そして、襲いかかってくる腐った死体の群れを切り抜けつつ、最初の階に至る上り階段を見つけたのだった。