蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・144

【命の紋章】

 闇の中は濃い死臭に満ちていた。空気は淀んで冷たく、骨の芯から凍りつきそうな冷気が漂っている。ランドが灯明の魔法を使って、ルナのいかずちの杖の先に広範囲を照らす灯りをともしたが、闇はなお深く、先を見通すことはできない。
 ロンダルキア台地の胎内は、床も壁も整然と整えられていた。広い空間を仕切る区画があり、数は少ないが、壁にはかがり火が燃えている。ハーゴンがしもべを率いてここを登った時から、変わらぬ構造なのか。答えが見つからぬまま、ロラン達は慎重に奥へ進んだ。
「階段があるね。下りだけど……どうする?」
 歩いてすぐに、ぼろぼろに朽ち果てた下り階段を見つけ、ランドが誰ともなく訊いた。何言ってるの、とルナ。
「私達は頂上を目指すんだから、上に行く階段を探すのよ」
「そうだな。まずはそうしよう」
 ロランは階段を無視し、区画を仕切る壁まで歩いた。突き当たりまであと一歩というところで、ふいに右足が沈む。
「なっ――?!」
 ぼこり、と足を踏み出した床が崩れ、慌てて引き返そうとするがもう遅い。
「うわーっ!」
「きゃーっ!」
 ロランを中心にランドとルナも床の崩落に巻き込まれていた。
(風のマント!)
 底の見えない奈落へ落ちる恐怖の中、ロランはガイアの鎧の外套代わりに身に着けている風のマントを意識した。願いが通じたのか、瘴気を含む空気をマントは受けとめ、ロランの落下速度がやや弱まる。ロランは必死に手を伸ばし、傍を落ちる二人を両脇に捕まえた。しかし飛行には至らず、ロラン達は盛大な泥しぶきを上げて地面に体を打ちつけていた。
「うっ……」
 汚臭のする泥にまみれて体を起こし、ロランはうつ伏せに倒れるランドとルナを見た。
「二人とも、大丈夫か?!」
「いたた……」
 ランドがしかめ面をして起き上がり、ルナも同様に汚れた両手を見て泣きそうになる。
「やだ……なんなの、もう?! 落とし穴なんて!」
「ごめん……僕がうかつだった」
「君が気にすることないよ。落とし穴ありますって看板がないのが悪いんだ」
 落ちこむロランを、ランドが慰める。ルナは怖気を振るって立ち上がり、必死に手や服の泥を落とした。
「ああ、もう、嫌な臭い。すっかり汚れちゃった。きっとお洗濯大変だわ……」
「でも、骨折とかしなくてよかったな。落ちた時はもうだめかと思ったよ」
「うんうん。ロランが風のマントを着けてなかったら、きっと重傷だったね」
 ランドは微笑んであたりを見回し――その笑顔が瞬時に凍りついた。
「どうした?」
「……ここは何のパーティ会場だろうね?」
「え?」
 ロランは眉を寄せ、すぐに気づいた。闇の中を、何百という人の気配がうろついている。ルナが灯明をともしたいかずちの杖を高く掲げると、その正体がわかった。
 腐った死体だった。とてつもない数の腐った死体が、目的もなく広間を徘徊している。中には互いに組み付き、共食いをしている輩もあった。
「……人の骨」
 腐った死体の群れにたじろいだルナがよろめき、何かを踏んだ。ぱきりと折れたそれを見おろし、ルナは呆然とつぶやく。
「よく見たらお墓があるよ。でもあれだけじゃ、とてもこの"人達"を葬るのには足りないね」
 ランドが言った。少し離れた所に、三つほどの石碑が立っている。確かに墓のようだったが、ロランにはそれが、逆に愚弄に思えた。
「いったい何のつもりなんだ……。悪ふざけにしては度が過ぎてる」
 憤りを感じてロランが墓に近づくと、ひっ、と声が上がった。
「誰だ?!」
 予期せぬ人の声に、ロランがロトの剣を抜いて鋭く問うと、墓石の蓋がずるりと動いた。
「人間?!」
 思わずランドが尋ねてしまったのも無理はない。ぼうぼうに伸びた髪と髭、落ちくぼんだ目とげっそりこけた頬、土気色の肌をした顔は、腐った死体ととてもよく似ていたからである。
「ああ、ままま待って! あなたひ、ひ、人ですよね? そ、そ、そのけけけ剣し、しまって」
 ひどくどもりながら、男はロランが向けた剣におびえた。気配は間違いなく人間だ。ロランは剣を鞘に収めた。
「あなた、どうしてこんなところに?」
 眉をひそめつつルナが尋ねると、男は何度も息を吸った。長く人と話していないせいか、言葉がすぐに出てこないらしい。
「わ、たしは、ハーゴンの神殿に、生け贄として、さ、さらわれて来たのです。邪教を信じてたはじめは、商売もう、うまくいって喜んでたんですが、ある晩突然、空飛ぶ魔物の群れが私の屋敷を襲って……女房子ども、使用人まで雪山の上につれていかれた」
 ロランはふと、旅立って間もないころに出会った旅の商人の話を思い出していた。彼の話に、邪教を信じて一家ごと行方不明になった商人がいなかったか。
「雪山の上って……あなた、ロンダルキアの頂上へ行ったのね?」
 ルナが詰め寄ると、男はがくがくと細い首を揺らしてうなずいた。