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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・134

【海底洞窟】

 氷雪に閉ざされた静寂の地。そこに立つ双塔を揺るがすのは巨獣の咆哮だ。
 ハーゴンの神殿の、どことも知れぬ大広間で、赤銅色の巨人アトラスが吠えていた。四肢を壁と床から伸びる棘付きの枷で戒められ、鎖を引きちぎろうと暴れ狂っている。
 おおん、おおんと絶え間なく咆哮が響く中、魔神バズズとベリアルは別の広間で宙に浮かぶ地図を見下ろしていた。
「ロトの末裔達は海底洞窟に向かったか。邪神の像に目を付けたな」
 ベリアルがうっそりと言った。
「おおかた、どこかの賢者の入れ知恵だろう。ハーゴン様が邪神の像を使ってロンダルキアに登り、この地で我々を召喚したことは、誰ぞが必ずしゃべるだろうからな。人間とはそういうものだ」
 バズズが、常に笑ったような顔で答える。
「しかし邪神の像を奴らに奪われては、閉ざされていたロンダルキアの道が開けるということだ」
 ベリアルは淡々と言う。
「海底洞窟の祭壇を守る神官どもでは太刀打ちできまい。しかし、ハーゴン様はなんら手を打とうとしない。像が奪われるのも計算済みということか?」
「だろうよ。あの洞窟は世界のひずみ。精霊ルビスの加護がもっとも薄い地だ。だから魔界から魔物を呼び出すにはうってつけ、邪神の像も、破壊神降臨のために力を蓄えやすかった。しかし、もうあの地を守る必要もない」
「機は熟したということか」
「その通り」
 ハァハァ、とバズズは嫌な笑いを立てる。
「像の力は再び満ちた。あとは奴らがこちらに運んで来てくれればよい」
「……仮に奴らが洞窟で果てたとしても、像は守られる。どちらにせよ好都合か」
 ベリアルは上目で上階を見上げた。そこにハーゴンはいる。今も破壊神降臨のために祈りを捧げていることだろう。
「そうだ、もう何もかも遅いのだ。そしてハーゴンも気づいてはいまい。破壊神が降臨するために必要なのは、千や万の人の血だけではないことをな。その鍵は……」
 階下でアトラスが大音声を上げた。うるさい、とベリアルが目をひそめる。
「殺し足りずに暴れるのを戒めたが、かえって狂ったな。また人間をさらってくるか」
「ハァハァ、それはいいな。だがもう少し溜めておくのもよかろう。世の人間もだいぶ数が減ってきた。ここで滅ぼし尽くしてしまうと、後の楽しみがない」
「ふん……。では、血の気の多い獣どもをあてがってやるか。アトラスが本当に狂ったら、この神殿も崩しかねん」
 ベリアルの言葉に、バズズは残忍な笑みを浮かべた。
「それも面白そうだがなぁ」


 吠え狂うアトラスの前に、妖しい紫の光を放つ魔法陣が現れた。陣から生じたのは、青い皮膚を持つ単眼の巨人サイクロプス、その上位種である、緑色の巨人ギガンテス。さらに深紅の毛皮のサーベルタイガーが数十頭。
 アトラスを戒めていた枷がひとりでに外れ、自由になった。アトラスは殺戮の歓喜に、耳まで避けた口をにやりとさせた。魔物の群れが襲ってくる。轟と吠え、赤い巨人は巨木のような腕で殺しにかかっていった。



 逆巻く波は沸騰し、牙のような鋭い岩が針の絨毯のように波間から生えている。その峨々たる先に、霧をまとった巨大な岩頭があった。島とも呼べぬ、海のひずみである。
 空を見上げると、赤みを帯びた月が下半分を鋭く光らせていた。まだ上弦に差しかかったばかりなのに、なぜあんな形で昇ってくるのかと不思議に思えば、黒雲が帯となって速く流れているからだ。
 ロラン達の乗る船も、荒い波に揉まれていた。激しく揺れる甲板で、ロランは不安に光る月から目を剥がし、夜光に照らされる不気味な岩頭を見すえた。
「場所はここで間違いないよ。きっかり南海の中心だし、いかにもそれっぽいじゃないか」
 傍らでランドが魔法の地図を広げる。
「珊瑚に閉ざされた洞窟って言い伝えだったけど……こんな荒れた海に珊瑚は育たないわね。それとも、魔物の影響でこんなふうになったのかしら」
 振り落とされないように舷につかまりながら、ルナが言った。かもねぇ、とランドは地図を鞄にしまった。
「ロラン、月のかけらを」
「ああ」
 ランドにうながされ、ロランはポーチから月のかけらを取り出した。二人が見守る中、鏡面を赤い月に向かって掲げる。
「……何も起こらないね」
 しばしの沈黙のあと、ランドが苦笑した時、奇跡は起こった。
「月が……?!」
 ランドがすっとんきょうな声を上げる。よもや月が、人の見える速度でその姿を変えていくとは。月のかけらを掲げるロランも、声が出なかった。
 上弦の三日月は、顔をこちらに向けるように明るい面をあらわにしてきた。そして数回まばたきをするころには、見事な満月に変わっていたのである。
「波が――鎮まっていく」
 ルナが驚いてあたりを見回す。ランドも舷から身を乗り出して海面を見つめる。
 荒れ狂っていた波頭は大いなる潮のうねりと化し、岩頭への侵入を拒んでいた岩礁がみるみる飲まれていく。強風もいつしか収まっていた。悪夢のような姿が嘘だったように、穏やかな海に船はたたずんでいるのだった。
 あまりの出来事にロラン達は呆然としていた。それを我に返すように、ロランの手の中で澄んだ音が弾ける。
「あっ、割れた――」
 驚いてロランが手にした月のかけらを見ると、鏡面に数本ひびが入っていた。鏡の中の夜空にあった三日月は新月に姿を変えている。神秘の鏡は3人が見守る中、銀の砂になって風に吹き飛ばされた。
「役目を終えたのね、きっと」
 また一つ、貴重な遺物が世界から消えてしまった。それを惜しんで、ルナが寂しそうに言う。行こう、とロランはロトの剣を背負い直した。
「潮が満ちている間に。もしかしたら、月の変動は一時的なものかもしれない」
 3人は急いで錨を降ろすと、小船に乗り移って岩頭へ向かった。近づくにつれ、岩頭が靄に包まれている理由がわかった。海が沸騰していたのは荒波のせいだけではない。とてつもない熱気が地下にあるからだ。
「これはペルポイの蒸し風呂よりきつそうだね」
 小船を着けて上陸し、まるで悪魔の顎のような入り口を見て、ランドが笑えない冗談を飛ばす。ルナは、服の上からまとっている水の羽衣の端をつまんだ。
「これがあと2人分あったらよかったのにね」
「ないものを惜しんでも仕方がないよ。とにかく入ってみよう」
 ロランが先に立って、熱さに顔をしかめながら地下への勾配を降り始めた。2人も後に続く。