蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・125

【北のお告げ所】

 船は藍色の海を進んでいた。冷たい風を首筋に受け、ランドがううっと肩をすくめる。
「本格的に秋だねえ。ロンダルキアも寒い所だっていうし、全員分のコートが要るね。山越えの準備もしなきゃ」
「そうだな。どこかで調達しよう」 
 甲板でランドと並び、水平線を眺めていたロランも、本当に寒くなってきたなと思う。
 ロラン達は、ローレシア大陸北東にある北のお告げ所を目指し、ローレシアの港町を南下して、南の半島を分断する大河を東に横切り、そこから陸伝いに北上していた。
 のんびり行けば10日ほどの船旅だ。距離を縮めたいなら、サマルトリア城の北から東へ船で進めば半分の日程で着くが、サマルトリアには港が存在しない。断崖が多く、船が停泊する地形に向かないためである。
 漁村が営む小さな船着き場ならあるが、そこまで行くためにはルーラでサマルトリア城まで飛び、徒歩で何日も旅をしなければならず、効率的ではなかった。ゆえにローレシア港から出立したのである。
「もう少しで北の岬が見えてくるな」
 地図と地形を照らして、ロランは言った。お告げ所のある小島は、勇者の泉の洞窟がある半島と、これから目指す半島が成す湾の中にあると、ローレシアの城でガウディ魔道士から聞いてきた。そこに祠があり、予言能力のある賢者が住んでいるという。ローレシア領内ではあるが、昔から祠には干渉していなかった。
 賢者とは、知力に優れ、魔法に長ける能力を持つ特別な人々だ。世俗を離れているのは、強力な力を政治や私欲に利用されないようにするためといわれているが、どこかを守るためにそこに縛られていることもあるのだと、ムーンペタの賢者アネストが、茶飲み話に語ってくれた。各地の祠を守る老人達も、賢者である。
 賢者になれる能力を持つ人間は、とても少なくなっているのだという。だから老人ばかりが目立つ。やがて彼らがこの世を去れば、祠の守り人もいなくなってしまうのだろうと、アネストはやや寂しげに語っていた。
 陸影と海を見つめながら、ロランはその話を思い出していた。世界からどんどん失われていく、かつての優れたものたち。風の塔やドラゴンの角などを見てきて、もう誰も失われたものを再現できないのだと思い知るたびに、心にうそ寒いものが吹いた。
 ザハンにいた匠の老人は、失われることも世の理と達観していたが、それでよいのかとも思う。自分達は、大昔に人々が築き上げ、残してきたものを必死にかき集め、さらなる滅びに追い立てる邪神官ハーゴンを食い止めようとしている。
 懸命に生きる人々を救いたい。ランドやルナ、父達を守りたい。その思いは変わらない。
 それでも、何度も傍に寄ってくる、この気持ちは何だろう? ロランは眉をくもらせた。この気持ちは、幾度も感じたものだ。
 むなしいのか。寂しいのか。
「ランド。あのさ……」
 ランドも同じように考えているのだろうか。尋ねようとしたとき、舵を固定してきたルナが遠くから呼ばわる。
「ランドー、食事の準備、手伝って! ロラン、操舵の順番よ」
「あ、うん。今行くー!」
 ランドは振り返って返事し、ロランは話が続けられなくなった。ごめん、とランドは傍を離れる。
「またあとでね」
「ああ」
 宙に浮いた気持ちを持て余し、ロランはすぐに操舵室へ向かわず、ランドのひるがえるマントを見送った。
 寂しい、と思う。人は所詮、一人なのだと思い知る。どうしようもなく。


「ランド、ちょっと背が伸びた?」
 厨房でハムを切り分けながら、ルナは傍らの少年をいつの間にか見上げていることに気づいた。といっても、視線が顔を見るのに上向く程度だが。
「え? そう?」
 ランドは並んで立って、じゃが芋の皮をナイフでむいていた。器用なので、皮は薄くむき、芽もきれいに取ってしまう。
「なんか、声も少し低くなったかも」
「あー。……そうかなぁ?」
 発声練習のように声を出し、ランドは首を傾げた。そうよ、とルナはうなずく。
「ちょっぴりだけどね。あなたも成長してるのね、いまだに」
「そりゃいいことだね」
 とぼけた返事に、ルナは笑った。
「そういうところは変わらないでほしいわ。……ロランは、その性格にずいぶん助けられてるから」
「変わらないよ。ぼくは、ずっとぼくのままだよ」
 ランドは三つめのじゃが芋に手を伸ばした。だといいけどね、とルナはつぶやいた。
「どうしたのさ。しんみりしちゃって」
「……なんか、急にね。ランドっていろいろ自分の中に隠しちゃうでしょ。だから、あなたが急に変わっちゃったら、そのままどこかに行ってしまいそうな気がして……」
 何言ってるのかしら、とルナは眉を寄せた。
「ごめん、忘れて。だめね、感傷的になっちゃ。着実にハーゴンのもとに近づいてるんだって思うと、あれこれ懐かしんじゃうの。あなた達と旅をしていると、楽しいから……」
「ルナ、元気になってよかったね。お城の部屋に閉じこもった時は、ごはんも食べないから、みんなで心配したんだよ」
「――おそっ……!」
 ルナは鍋に水を汲もうとして、取り落しそうになった。あれから何日たっているというのか。
「何いまさら心配してるのよ!――もう、ランドと話してると調子くるうわ……」
「よく言われるよ」
「褒めてないからね、それ」
 はあ、とルナは吐息をついて苦笑した。ランドは気にした様子もなく、また芋の皮むきを始めた。ルナも自分の作業を進める。
「……ロランのことだけどね」
 しばらくして、ランドはニンジンの皮をむきながら言った。
「ルナが傍にいてくれれば、ぼくも安心できるよ」
 ルナは思わずランドを見た。ランドは皮むきに余念がない。口元は穏やかに微笑んでいた。
「ぼくに何かあっても、ふたりで頑張りなよね」
「――縁起でもないこと言わないでよ」
 胸に感じた不安をかき消したくて、ルナは努めて明るく言った。
「あなたこそ、ロランを不安にさせちゃだめよ。ロランって、寂しがりやなんだから。あなたのこと、大切な弟みたいに思ってるのよ」
「それは光栄だなぁ」
 ははっ、とランドは笑った。いつもと変わらない笑顔だが、ルナはまた、言いしれぬ寂寥を感じる。ランドの腰に、光の剣が下がっているからだろうか。