蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・124

「父上」
 食事が済むと、ロランは父を呼び止めた。
「少し、お話が……」
「うむ、わしもそうしたいと思っていたところだ」
 目が合うと、父はそう言ってうなずいた。ランドは、気を利かせて客室へ戻っていった。
 王の居室にある露台で、ロランは父と共にローレシア城下町を眺めた。宵に沈む町は、たくさんの灯りをともしていた。
「……父上」
 懐かしい潮風を胸に吸いこみながら、ロランは口を開いた。
「父上は、母上をどう思われていましたか?」
「……いきなり、何を言い出すかと思えば」
 王は銀髪の数本を風に遊ばせながら、軽く目を開いて息子を見た。ロランは真剣だった。
「母上は、時々僕に、ごめんねと言っていました。何もあげられなくてごめんね、って。小さかった時はその意味がわからなかったけど、今ならわかる。僕が、魔法を使えないで生まれてきてしまったから。魔法使いだった母上から、何も受け継がなかったから」
「ロラン……」
 王はわずかに眉を寄せた。ロランは露台の縁をつかみ、父を見つめる。
「この旅で、僕は何度も、魔法が使えない無力さを味わいました。僕ができることといったら、力任せに何かを壊すことだけだ。ランドやルナのように、誰かを癒すこともできない。逆に僕の中に、恐ろしい破壊の力が育っていくんです。少し力を入れたら……この石の縁だって、簡単に壊すことができる」
 ロランはうつむいた。露台をつかむ指に、思わず力がこもってしまう。ぴしりと音を立て、指のある所がくぼんで亀裂を生じさせるのを、王は見た。驚きを飲み込めたのは、父親ゆえか。
「僕は、いったい何なのですか?」
 消え入りそうな声で、ロランは父に尋ねた。
「母上は、父上が好きで一緒になったのではないんですか?」
 うつむく息子を見る王の顔に、痛ましいものが浮かんだ。深く息をつき、語りかける。
「ここを初めて旅立つ時、お前は言ったな。今こそ、ロトの血が試される時ではないか、と。その意味を、理解して言っているのだと思っていた」
「それは……」
 ロランはうつむいたまま、まつげを伏せる。王は、その仕草や美しい横顔に、亡き妻を見た。栗色の髪と海の青の瞳も、母親からもらったものだ。
 成長すればするほど、ロランは妻に似てゆく。ロランは意識していないが。
「幼いころより戦士としての修行をしてきて、自分が人々のために戦う戦士だという自覚はあるようだな。だが、急速に育っていく人知を超えた力に、とまどっておるのだな」
 そうかもしれない。ロランはうなずいてみせる。父を見ると、王はそっと息子の冷たい頬に手で触れた。
「それがおそらく、ロトの血だ。並外れた能力がないと、魔王は倒せない。始祖ロトも、初代ローレシア王も、その輝かしい戦歴の中で、お前のように悩んだこともあったであろうな。自分は、何者なのかと」
「……」
「母さんのことは、愛していたよ。だから一緒になったのだ。もしあれが魔法使いでなくても、わしは妻にしただろう。ロラン、お前はこの世でかけがえのない、わしの大切な子どもだ」
「……父上」
 目頭に熱いものがこみあげ、ロランは急いでまばたきを繰り返した。だがあふれた涙は、長いまつげを濡らして頬を伝った。
「ロラン。これを持ってゆけ」
 王は首に手を回すと、下げていた飾りを外した。金の鎖を通したそれは、手のひら大の金色のメダルだった。赤い石を象眼した不死鳥の紋章が浮き彫りにされ、ロトを示す古代文字が刻まれている。
「ロトの印だ。代々、ローレシア国王が受け継いできた家宝であり、その昔、始祖である勇者ロトが、大地の精霊ルビスから、真の勇者の証として贈られたもの。お前が成長して帰ってきたら、渡そうと思っていた」
「でも、これは王位継承の証じゃ……」
 ロランが手を伸ばすのをためらうと、王はロランの手を取り、印を載せて両手で包みこんだ。
「形式上は、な。だが勇者が持ってこそ、この印も輝くだろう。お前が持っていなさい」
 ロランはすぐに返事ができなかった。
 自分は勇者にふさわしいのだろうか。疑問がもたげてくる。父に、母のことを尋ねたのも、前から考えてのことではなかった。久しぶりに家に帰ってきて、父の顔を見たら、問いかけずにはいられなかったのだ。
 だが疑問は、ものごころついた時から抱いていたものだった。優しかった母から謝られるたびに、自分がいけないことをしたと思った。
 誰もロランに魔力がないことを責めなかったから、自分でも忘れてしまう問いであった。旅に出るようになって、ランドやルナが戦いで傷つくごとに、何もできず、二人の治療を見ているしかないおのれを歯がゆく思う。その鬱積も溜まっていたのかもしれない。
「勇者、とはな、ロラン。人ができないことを、勇気を持って成し遂げる者のことだ」
 ロランの思いを透かしたように、王が言った。
「お前と、ランド王子と、ルナと。3人で力を合わせて乗り越えているではないか。その道行きは、必ずどこかで誰かを助けているものだ。お前一人にこの印が重いなら、3人で持てばよい」
 父の手が温かかった。自分を戦いの道具としてではなく、ただ一人の息子として愛情を注いでくれている、その思いが伝わってくるようだった。ロランはうなずいた。
「……はい。ありがとうございます」
「うむ……」
 王は微笑し、ロランから手を放した。
「自分にないものを悔やんだり、無理に求めずともよい。完全でないからこそ、人は助け合える。
 ロラン。お前に育つ力に、飲まれるでないぞ。それはお前を助けもするが、同時に心も鍛えよと言っておるのだ。力を正しきことに使う、制御のための強い意志を育てよとな」
「強い心……」
「そうだ。始祖ロトも、初代も、その強き心があったゆえに、今も語り継がれておるのだろうな……」
 王は言葉を切ると、再び城下に目を向けた。ロランはロトの印を握りしめた。黄金に見えるが、別の金属でできているのだろう。印はゆがみもせず、固い感触でロランの手のひらに応えた。
 印は何も語らなかったが、中心に輝く赤い石を見つめていると、胸の真ん中も熱くなってくる。前に進もうという気持ちになってくる。
(父上に話して、よかった……)
 心を軽くしてくれた父はすごいなと思う。父ほど長く生きれば、人の迷いにも的確な答えをあげられるものなのだろうか。
 もう少し甘えたい気もして、ロランは父と並んで、夜風に輝く夜景を見ていた。