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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・118

【消えたラゴス

 ペルポイ監獄は、町の北東にあった。無機質な四角い建造物は、よもやここまでという大きさで、ロラン達もあっけに取られて建物を見上げた。
「すごい立派だね……」
「選ばれし民の楽園みたいに言われてるけど、中でリンゴが腐ったのかしら」
 ランドが感嘆し、ルナが辛辣な言葉を監獄に浴びせる。ロランは入り口を見た。街灯が灯り、守衛が一人立っている。
「すみません。今、中に入れますか?」
「見学か? もう夜になる。半時ならいいだろう」
「ありがとうございます」
 ロランの頼みに、守衛はあっさりと許してくれた。簡単に見学を許可するということは、よほど管理体制に自信があるらしい。全体を地中に囲まれているこの場所で、脱獄など不可能だからだろう。
 館内は薄暗く、静かだった。看守が詰め所にいると守衛に聞かされたので、見学の旨を告げに行く。日誌を書くために机についていた看守の兵士は、ロラン達を見て「ようこそ」と言った。
「見学はいいが、囚人達に刺激を与えないようにな。ここには頭のおかしい奴らが多いから」
「頭のおかしい、とは?」
 ランドが眉をひそめて尋ねる。邪教徒だよ、と看守は嫌そうに口の端をゆがめた。
ロンダルキア台地の足元にあるせいか、この町で邪教に染まる輩が後を絶たないんだ。何のために地下に潜ったのかわからんよ。特に一番奥の独房にいる爺さんは、一番染まってるからな。耳を傾けちゃいかんぞ」
「はあ……」
 ラゴスがここにいると聞くべきか、ロランは一瞬迷った。こちらが仲間だと思われたらまずい。だが、看守の方から口を開いた。
「それから、お前達。盗賊ラゴスについて何か知っているか?」
「いや、噂ぐらいしか……」
 ロランが答えると、そうか、と看守は言った。
「世界を股に掛ける怪盗ラゴスとは、噂通りだったよ。奴をこの監獄に捕らえたまでは良かったが、三日前、行方をくらましたのだ」
「牢破りをしたんですか?」
 ルナが尋ねる。看守は首を振って吐息をついた。
「いいや。牢が開けられた形跡はなかった。しかし奴は、煙のように姿が消えていたのだ。いったいどうやって逃げ出したのか……」
「しかし、あの盗賊ラゴスを捕まえるなんてすごいですよ。ちなみに、どんな罪で捕まったんです?」
 ランドのお世辞に、看守は少し得意げな顔をした。
「牢破りに必要な鍵がこの町にあるっていう噂を聞きつけて来たらしいんだが、町に住む富豪の多さに目を付けて、あちこちから宝飾品を盗みまくったんだ。ご丁寧に、盗み先へ予告状を送りつけてな。だが、この狭い町だ、潜伏先が発覚して、あえなく……さ。奴は自分の腕に過剰な自信を持っているからな。うぬぼれは身を滅ぼすってことを、奴を見てわかったよ」
「かわいそうに……」
 ランドが小さくため息をついた。同情したのはラゴスではなく、彼の帰りをデルコンダルの牢獄で10年も待っている仲間の男にである。
「ともかく、もしラゴスの牢を見て何か気づいたら、報告してくれよ」
 看守が言い、3人は例を言うと部屋を出た。
「どうしようもない人ね、ラゴスって」
 ルナがあきれてつぶやいた時、奥から金切り声が聞こえ、3人はぎょっとして足を止めた。
ハーゴン様に栄光あれ! 邪神降臨は近づいておる!」
 どうやら、看守が言っていた邪教徒らしい。狂気を含んだ声音に、他の囚人が抗議の声を上げる。
「うるせーぞ! やめろクソ爺!」
「看守、こいつをぶち殺せ! こっちの気が狂っちまうぜ!」
 しかし老人の演説は止まらなかった。
「血は血を清める。人々よ、血を捧げよ! 破壊の神がこの老いた世界を滅ぼし、新たな世を創り上げる。使徒よ、邪神の像を求めよ! 邪神の像だけが、ロンダルキアの道を開く。暗黒の回廊を抜けた先、清浄なる地が使徒を待つ。使徒よ、邪神の像を求めよ!」
 殺せ、と囚人達もわめいた。狂乱を納める気は、あの看守にはないらしい。しばらく老人の一人演説と囚人の喚声がやり合っていたが、老人が黙ると、囚人も静かになった。狂乱は日常茶飯事で、こうして放っておいても治まるからだろう。
 しかしこれが良い方法とは思えなかった。老人の説法に毒される輩はいつか出るだろう。それでなくても、精神的にも、人道的にもよくない環境である。
「やっぱり、人間って地下に閉じこもると変になるんだな」
 ランドがつぶやき、ロランとルナもうなずいていた。
「でも気になることを言っていたな。邪神の像だけがロンダルキアを開く、って」
 ロランが言うと、覚えておきましょう、とルナも言った。
ロンダルキアに入るには、旅の扉だけじゃないんだわ。その像のことも調べてみなくちゃね」
「ああ」
 ラゴスが投獄されている独房に来る。鉄格子を覗くと、簡素な寝台と用足しの壺があるきりで、人の姿はなかった。その向かいは、邪神の像について説法していた老人の獄である。そちらの様子をうかがうと、垢じみた白いローブをまとった老人は、壁に向かって瞑想していた。こちらに興味を示していない。他の囚人が収監されている場所も離れているので、ロラン達の様子を見る者はなかった。
 ロランはポーチから牢屋の鍵を取り出すと、鉄格子を留める錠前に差し込んだ。左右に回すと、かちりと錠前が外れる。鍵が実証されたことに安堵しながら、石畳に落ちかけた錠前を手のひらで受けとめる。
 鉄格子は引き戸だったので、なるべく音がしないよう、ゆっくりと開けた。一人が入れる間が開くと、すかさず中に入る。
「本当に誰もいないねぇ」
 わかりきった感想を言い、ランドが独房を見回す。便壺の悪臭に鼻と口を片手で覆いながら、ルナは薄汚れた壁を見た。
「逃げたとしたら、すごい腕だわね。どうやってこの厳重な警備を抜け出したのかしら」
「そうだな……。でも、こんな所に捕まっている場合じゃなかったろうに。ラゴスには仲間がいたんだろう? それに、ザハンのナリアさんだって待ってるのに……」
 ロランもつぶやく。と、わずかだが、空気が変わったような気がした。雰囲気に、ほんの少し緊張が混じったような。
 3人は顔を見合わせた。戦いながらの長旅で、人より感覚が鋭くなっているのだ。
「……誰かそこにいるんですか?」
 ランドが、穏やかに壁に向かって話しかけた。空気に含まれる緊張が、さらに強くなる。ロランはかがんで、用心深く壁と床を見る。寝台の脇の床に、わずかに石片が転がっていた。壁を組む石組みに、小さく乱れがある。ロランは石組みを押した。くっ、と抵抗もなく石組みは沈んだ。一個が外れると、周辺の数個も脆く崩れる。奥に空洞がある証拠だ。
「そこいるんですね、ラゴスさん?」
 ロランとランドが石組みを次々剥がす間、ルナが小声でもう一度問いかけた。やがて穴が大きくなり、男の足が見えてくる。くすんだ赤いチュニックをまとった顎の長い男が、ルナを見て「てへへ」と笑った。