蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・114

【北の岬にて】

 ムーンペタの町を出ると、ロラン達はすぐにルプガナへ飛んだ。
 ランドのルーラの呪文があると、一瞬で目的地に着くことができる。とても便利な半面、世界が狭く感じられた。何日もかけて目的地まで歩いた旅が懐かしい。
 船の旅は、その点でも楽だった。歩くという労力が省けるし、食糧も徒歩より多く運べるので、背がくっつくような空腹と戦わなくて済む。
 ルプガナ港で船の整備を頼み、ついでに武具の店でランドとルナの身かわしの服の新調を依頼すると、ロラン達はルプガナの町を出て、西の岬へと向かった。整備と装備の新調にはおよそ4日ほどかかるとのことで、その間に岬の祠へ行くことにしたのだ。
 初めてこの地を通った時は恐ろしい存在だった、緑の苔が生えた大猿の魔物バブーンや、泥人形といった敵も道中襲ってきたが、さほど苦労もなく撃退しつつ、2日後に岬へ着いた。
「なんだか懐かしい気がするよ。おなかをすかせて、何日も歩いた旅のこと。今じゃあっという間に着いちゃうもんなぁ」
 山脈に囲まれた深い森を歩きながら、ランドが言った。
「そうだな。あれはあれで、楽しかった気がする。またそうしたいかって言えば、そうじゃないけど」
 ロランも笑った。ルナも肩をすくめる。
「おかげで私達、行く先々で食いだめする癖がついたわよね。周りの人がびっくりするくらい食べちゃってるし……」
 やがて森が小さく開け、旅の扉を守る祠が見えてきた。ロランが扉をたたくと、くたびれた顔の老爺が扉を開ける。
「おお、お前さん達。来てくれたのか」
「はい。お約束通り、旅の扉を開放しに来ました」
「それは何より。まあ疲れたじゃろ、中に入りなさい」
 祠守(ほこらもり)の老人は、ロラン達をねぎらって温かいシチューをごちそうしてくれた。体が温まったところで、ランドが金の鍵を使って旅の扉がある部屋の鍵を開ける。錠が外れる音に、老人はしわくちゃの顔をさらにくしゃくしゃにして笑った。
「ようやく開いたか! これで炎の祠までゆけるぞ」
「炎の祠には、3つ旅の扉がありましたが……あそこは中継地点なんですね」
 ロランが訊くと、老人はうなずいた。
「大昔、大勢の人は旅の扉を使って、遠く離れた大陸へ行き来していたそうじゃ。うまく使えば船より速く目的地へ着ける。炎の祠はな、アレフガルドの聖なる祠と、ベラヌール北の祠につながっていてな。ベラヌール北の祠にある旅の扉は、ローラの門とムーンブルク西の祠に通じておるのじゃ」
「へええ。ベラヌールローレシア大陸は、大昔は密接な関係だったんですね」
 ランドが感心した。老人はうなずいて、部屋に飾られた世界地図を指さし、各所の旅の扉を示した。
「絶海の孤島ザハンの傍にも、旅の扉があるじゃろ? 今でこそ限られた人しか通れなくなっているが、こうして配置を見ると、世界が孤立しないよう絶妙に置かれているものだと気づかされるわい」
「確かに……。ザハンローレシア大陸へ。ローレシア南の旅の扉は、デルコンダルへ。行こうと思えば、本当に近い距離で移動できるわね」
 ルナも地図を眺め、古代人の配慮に感動する。ふと、見つめる眉が曇った。
「でも、一か所だけ旅の扉の干渉がない地域がある……」
「そう。ロンダルキアじゃの」
 ルナの見つめる先を見て、老人は言った。
ベラヌール北の祠を守るわしの友人が言っとった。ロンダルキアは神々の住まう地。その険しさと神聖さから、禁足地とされていた。だが数十年前、禁忌とされる旅の扉の製造に成功した一人の若者が、数人の同志を連れてロンダルキア山頂へ踏み行ったという」
旅の扉を作った?」
 ロラン達は耳を疑った。しかし老人は、否定しなかった。
「そうじゃ。彼は恐ろしいほどの天才で、ベラヌールの聖堂にあった古代文字の書物を読み解き、禁忌とされる秘術に手を出したそうな。街を支配する教会は男の禁忌を糾弾したが、彼はロンダルキア山頂で魔界の神々と契約し、召喚した魔物を使って、追っ手の異端審問官達を全滅させたとか」
「それって……」
 ルナが表情を険しくする。老人は重々しくうなずいた。
「男の名は、邪神官ハーゴン。教会はハーゴンが開いた旅の扉を厳重に封印し、ロンダルキア山頂とのつながりをも封じた」
「その旅の扉の場所は?」
 ロランが問うと、老人はわからん、と言った。
「教会が秘密にしておる。わしも知るのはそこまでじゃ」


ハーゴンは人間だったのか……」
 祠を後にして、ロランはつぶやいた。祠守の老人は話し終わった後、開かれた旅の扉を使ってベラヌール北の祠の番人へ会いに行ってしまった。しばらくこの祠は無人になるが、魔除けを施しているので魔物に荒らされることはないという。
「邪教に染まった人が、魔物に変化しているからね。だからハーゴンのこともあまり違和感がないな」
 ランドも淡々と言った。魔物に変化した人間というのは、魔術師や祈祷師などの仮面を被った集団のことだ。ランドに表情がないのは、間接的に人間を殺してしまったことへの、暗い気持ちからだろう。
「どうして、ハーゴンは禁忌を破ってまでロンダルキアに行ったのかしら」
 身内を滅ぼした相手のことなど、普通なら考えたくもないだろう。だがルナは、あえて疑問を口にした。考えることで理性が生まれ、憎しみに駆られる気持ちを押さえることができるからである。冷静さは、魔法を使う者には必要な感情だった。
「魔界の神々と契約しなければ、かなえられない願い事があったんだろうね」
 ランドが答えた。
「もしくは、かなえようとしている途中とか?」
「いったい何だろうな、それは」
 ロラン達は考えてみたが、予想もつかなかった。やめましょ、とルナが打ち切る。
ハーゴンのせいで、多くの人が傷ついている。私達はそれを止めなきゃ」
「そうだな……。それしかないよな」
 疑問を口に出したのはルナだが、ロランとランドもそれ以上考えるのをやめた。だがロランは、ルプガナへの帰路を歩きながら、禁忌を破ってまでロンダルキアへ踏み行ったハーゴンの後ろ姿を思わずにはいられなかった。
 単なる好奇心からではない、狂気に近い願いを抱えて、彼は自分で作った旅の扉をくぐったのだ。
(どうしてそこまで――)
 薄ら寒い感情に、なぜか憧憬のようなものが混じり、ロランはかぶりを振って頭から閉め出した。