読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・113

「このたびはお騒がせしました」
 アネストの庵で、ロランは申し訳なく頭を下げた。自ら茶を振る舞いながら、賢者は少し意地悪く笑った。
「よい。あの奇跡のおかげで、失墜した王家の権威が復活したのじゃからな。これこそ、雨降って地固まる、じゃろう」
 サマルトリアを発ってから、ムーンペタの湖の小島に住む賢者アネストを尋ねたのは、ルナが演説する場を町長に整えてもらうためだった。直接町長に申し込むより、町長や議会も頼る賢者アネストの後ろ盾があった方が、話が進みやすいと考えたからだ。
 金の鍵で庵への地下通路を封じていたアネストは、冒険の末に鍵を手に入れたロラン達を素直に歓迎したが、その申し出には初め、いい顔をしなかった。少なからず王家に不信を持たせてしまう可能性があったからだ。そして、その憂慮は当たってしまった。
 アネストは、ずっと黙っているルナにまなざしを向けた。
「姫よ。あまりおのれを責めるでないぞ。誰も傷つかず得られる平和があるなら、それが一番良い。だがな、民衆も守られてばかりでは、ああやって付け上がることもある。それが人の弱さでもあるが、お互いの立場を思うことを忘れてはいかんのじゃ。今回のことは、民にも良い薬になったであろうよ」
「……でも、私は誰にも傷ついてほしくない。甘えても、暴力を振るわれても、誰かを傷つけたくないんです。みんなが当たり前に、幸せに暮らせるのなら、私一人が傷つく方がいい」
「ルナ……」
「それはぼくらも同じ気持ちだよ。ね、ロラン」
 ランドがルナとロランに微笑み、ロランも切ない面持ちでうなずく。
「ああ。ルナが傷つけば、僕らも傷つく。君一人だけ、つらい思いをさせたくない」
 アネストは納得したように瞳を伏せた。
「なるほど。ロトの勇者達は、気高い心も人並み外れておるか。あの奇跡も、その心のありように応えたのじゃろうな」
 確かにその通りだとロランは思う。水の紋章の顕現には本当に救われた。あれがなかったら、今回の件で自分達は、いたずらに人々の心を傷つけて終わっていただろう。
 ルナの取った行動は、やはり軽率だったろうか。いや、違う。ロランは心の中でルナを肯定する。
 本当に守りたかったからこそ、穢れのない王族という仮面を脱ぎ捨てて生身で立ち向かった勇気を、ロランは尊敬する。すべての人には理解を得られないだろうが、それでも、アネストのようにわかってくれる人もいるのだから。
「しかし、あの水の形をした光。あれはなんじゃ?」
「紋章というそうです。この世界には、星、太陽、月、水、命の五つが存在していて、水は四つめでした」
 ランドが説明する。ふむ、とアネストは顎をなでた。珍しく髭を蓄えていない賢者で、きれいに剃られている。
「五つ集めると、精霊ルビスの加護を得られるらしいんです。その加護は、ハーゴン討伐に絶対必要なんだとか」
 ロランは言った。アネストは湯気の立つカップを口に運んだ。
「ルビスか……。千年以上前は、この世界は人と精霊がとても近しかったという。ゆえに大魔王にも手が届き、かつてルビスは大魔王によって、石にされていたこともあったとか」
「石に? 石像にされたんですか」
 ランドが眉をひそめる。
「左様。その反省か、ルビスとしもべの妖精達は、大魔王亡き後この地上を去り、人々は長く、精霊の声を聞くことがなくなった。しかしルビスは、人間を見捨てていないという証に、大海の中心に精霊の祠を残したという」
「精霊の祠?」
 ルナがその名を繰り返した。アネストはうなずいた。
「この世界でもっとも広い海といえば、ローレシアムーンブルク大陸が囲む大洋じゃろう。無事に紋章を集めたら、その祠を訪ねてみなさい。ルビスが降臨する唯一の場所と伝えられておるからな」
「わかりました。必ず向かいます」
 ロランが応えた。そこへ、トントンと扉をたたく音がした。入れ、とアネストがぶっきらぼうに応じると、部下を引き連れた町長が扉を開けた。
「ルナ姫殿下。それに、ロラン殿下とランド殿下。このたびは、私の不徳でこのような騒ぎに……。民をおびやかした魔物を、その聖なる御手で打ち倒してくださり、民を代表してお礼申し上げまする」
 冷や汗をかいてひざまずく町長に、ルナは席を立って近づいた。そして、自分も膝をついて答える。
「いいえ。迷惑をかけてしまったのは私の方です。あなたは国王亡きムーンぺタの町を、よく治めてくださっています。心からおわびと、お礼を言わせてください」
「賢者アネスト様がいてくださるから、私のような小役人も町長を務められるのです。命を懸けて恐ろしいハーゴン討伐の旅を続けておられる殿下の心中を察すれば、まだまだでございます」
 ムーンペタの町長は、世襲制ではない。議会の役員が推薦され、町民選挙によって決められる。真面目なだけが取り柄というこの男は、その勤勉さから町長に選ばれたのだった。
「つきましては、宴を設けておりますので、なにとぞご出席願えれば。御身のご無事を祝い、これからの戦いに向けて壮行の意を表した席でございます」
「――お心、ありがたく存じます。ですが、このたびは遠慮いたします」
 さほど迷うことなく、ルナは立ち上がって両手を上品に腹の前で組んだ。
「今の私に、歓待を受ける資格はありません。皆様のお気持ちだけ、ありがたく頂戴いたします」
「……左様でございますか。しからば、そのように皆に伝えましょう」
 町長はひどく惜しんだが、ルナの気持ちは変わらなかった。町長が去ると、小首を傾げてロランとランドへ振り向く。
「ごちそう、食べ損ねちゃったわね。怒る?」
「いいや。その方が気楽でいいよ」
「うんうん。またフィリアさんの宿にお世話になろう?」
 ロランとランドは笑って許した。アネストが渋く微笑む。
「仲良きことは美しきかな……か」 
 どこかで、ねぐらへ帰るカラスの鳴き声がした。夕暮れが深まっていた。


 翌朝、なじみのフィリアの宿で一泊したロラン達は、思いがけない声を聞いた。
「お姫さま!」
「あら、お嬢ちゃん?」
「ミチカ!」
 女の子は母親とアレックの3人で、朝早くから宿の前で、ルナ達が出てくるのを待っていたのだった。女の子はルナを見上げるなり、うれしげにそう言った。
「あたし、ミチカっていうの」
「そう、ミチカちゃん」
 ルナはミチカの目線に合わせてひざまずいた。すっかり冷えた小さな頬に片手を当てる。
「待っててくれてありがとう。寒かったでしょう?」
「どうしても見送るって、聞かなかったんです」
 いろいろあって、母子とすっかり打ち解けたアレックが、代わりに説明した。
「すみません、ご迷惑じゃなかったでしょうか」
 ミチカの母が謝ると、いいえ、とランドが笑う。
「こんな素敵な見送りは初めてです」
「お姫さま、これ!」
「くれるの? ありがとう」
 ミチカが差し出したのは、鮮やかな色の紐を編んだ、細い腕輪だった。結んで留めるもので、ミチカは不器用ながら、一生懸命ルナの左手首に結わえた。
「どうもありがとう。とってもきれいだわ。大事にするわね」
「うん!」
 輝くような微笑みに、ルナのみならず、見守っていたロランも目頭が熱くなり、急いで息を吸って散らした。
「では、お元気で。必ず朗報を持って帰ります」
 フィリア夫婦も表に出てきて、ロランが皆に頭を下げた。
「姫様、両王子殿下も。ご武運をお祈りしております!」
 アレックが敬礼し、ミチカが「がんばってねえ!」と手を振った。3人も手を振り返し、歩き出す。
 空はどこまでも澄んで、高かった。今日も一日が始まろうとしていた。