蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・110

【王族の背負うもの】

 ムーンペタの教会付近では、難民達のために仮設住宅の建設が急ぎ行われていた。冬が近づいて、さすがに天幕では寒さをしのげなくなってきたからである。
 元ムーンブルク兵のアレックは、建材を運ぶ足を止め、額の汗を手の甲で拭った。秋の空を見上げ、かの3人を思う。
(ルナ姫様達は、元気にしておられるだろうか……)
 ムーンブルク襲撃の夜、命惜しさに自分だけ逃げ出したおのれの罪に耐えきれず、街外れで死のうとしていたところ、ルナ達に命を助けられた。あの時の優しい言葉、悲しみに満ちたルナのまなざしを忘れたことはない。
 それから心を入れ替えて、率先して復興のために働くようになった。どんな理由であれ、生かされていることに感謝を覚えずにはいられなかったからだ。
 生きているなら、できることをしなくては。それが死んでいったものへの手向けになり、報いになるのだと、アレックは信じている。
 しきりに釘を木材に打ちつける音の中、地面に絵を描いて遊んでいた小さな女の子が、こちらへやってくる3人連れに気がついて立ち上がった。その中の1人を見て、うれしそうに指を指す。
「あっ、白いワンちゃん!」
「――あっ!」
 傍でみんなの洗濯物を干していた母親が、慌てて女の子を自分のスカートに抱きとめる。
「何言ってるの、相手は女の子でしょう? 犬なんかじゃないわよ」
「ちがうもん、白いワンちゃんなんだもん!」
 うそついてないもん、と女の子が涙目で母親を見上げる。近くにいたアレックも、不思議に思って女の子の指した方向を見た。その顔が喜色に輝く。
「――ルナ姫様!」
 姫という呼び名に、その場にいた全員が驚いた。少年二人を連れた美しい少女は、集まった人々に慈悲深いまなざしを向けた。
「ワンちゃん!」
 母親の手を振り切って、女の子が少女に駆け寄る。母親は青ざめた。姫に向かって犬呼ばわりとは。きっとお怒りが――。母親がぎゅっと恐怖に目を閉じてしまった時、女の子のうれしそうな笑い声が響いた。
 母親がこわごわ目を開けると、女の子は少女に優しく抱きしめられていた。
「白いワンちゃん、きれいなお姫さまだったのね!」
「そうよ」
 いたずらっぽく笑って、ルナは女の子の赤いほっぺたに短く口づけをした。
「あの時は、一緒に遊んでくれてありがとう、お嬢ちゃん」
「……ルナ姫様……」
 アレックが涙に目を潤ませて近づくと、ルナは立ち上がって微笑みを返した。
「あなたも元気そうでよかったわ。私、帰って来たの」
「姫様……」
 自分が生きてこられたのは、ルナのおかげなのだ。感情がどっと湧き出て、アレックはその場にくずおれ、男泣きに泣き出した。直接ルナを見たことがない住民達も、ムーンブルク王女の帰還に湧いた。ルナの名を歓呼する中、ルナは片手を挙げてそれをいったん止めた。
「長く姿を見せず、皆さんを不安にさせていたことをおわびいたします。……私は今一度、この町に戻ってきました」
 すべてを話すために。
 ルナの厳しい横顔を、ロランとランドは同じ表情で見守っていた。


 ムーンペタに住まう老賢者アネストの口利きで、町長が町の住民に呼びかけ、教会前に人々を集めた。即席で作られた演台に、ルナとロラン、ランドが並んで立ち、その下に、アネストと町長ら議会の者達が控えている。
 集まった民衆は物珍しそうに眺め、あるいは王女の帰還を純粋に喜ぶ者も大半いたが、中には不審げな目つきの者もいないではなかった。
ルナがここに立ったのは、その不審の目に応えるためだった。

 
――ペルポイに向かう前に、どうしても決着をつけておかなければならないの。
 サマルトリアを発つ時、ルナがムーンペタに行きたいと言ったのだ。そこで、ムーンブルク襲撃の事実を明かすのだと聞いた時、ロランは反対した。
 ――そんなことしたら、きっと君は攻撃されてしまう。仕方なかったこととはいえ、君の父さんが魔物を城内に引き入れてしまったことが原因だったんだから……。
 ――わかってる。でも、それを隠したままハーゴンを倒しても、私は胸を張ることができないの。みんなが讃える声に、うしろめたさを抱いてしまう。中にはきっと、私を恨んでいる人も多いに違いないわ。私は、そのわだかまりを少しでも小さくしたいの。

 怖くないはずがなかった。民衆の前に立つルナの膝が、かすかに震えているのをロランとランドは見ていた。今までロトの子孫として崇め尊敬されていても、憎しみを受けることはなかったのだから。
 だがルナは、あえてその憎しみを身に受けとめようとしていた。それは思いつきではなく、ロラン達と再会して旅立った時からずっと考えていたことだったろう。
 ランドも渋っていたが、ルナの強い気持ちに応じることにした。こうしてロランと並んで立つのも、いざとなったらルナを守るためである。こうなると、ルナ一人の問題ではなかった。ルナの痛みは、自分達の痛みでもあるからだ。
「――皆さん」
 ルナは全員を見渡すと、固い面持ちで口を開いた。
「私は……ルナ・ロト・ムーンブルクは、今ここに帰って参りました。ムーンブルク城が滅びたのはおよそ半年前。私はかろうじて生き延びましたが、ハーゴンの魔物に呪いをかけられ、犬に姿を変えられていたのです」
 犬に、と聞いた人々がざわめく。どよめきを手のひらをかかげて制し、ルナは再び話した。
「ここにおられる、ローレシアのロラン王子と、サマルトリアのランド王子のご助力で、私はこうして人間の姿に戻り、今は、災いの主である邪神官ハーゴンを倒すために旅を続けています。その元にたどり着くための道はまだ半ばで、国の復興のために何もできずにいることを、大変心苦しく思っています」
 また人々がざわついた。その通りだ、と憎々しい声があちこちでした。なんのためのロト王国だ。なんのために勇者の血を引いているのだ。そんな言葉が聞こえ、ロランの胸がずきりと痛む。そっとルナをうかがうと、ルナは表情には出さず、蒼白な面持ちで耐えていた。
「……私の父、ムーンブルク国王ヒンメルは、世界を蝕む邪教と邪神官ハーゴンを倒すべく努めておりました。ハーゴンはその熱意を逆手に取り、間者を我が城に忍ばせることで奇襲を成功させたのです。ふいをつかれた精兵はもろく、私の父も最後まで死力を尽くし戦いましたが、力及ばず、無念の死を遂げました。そして城と城下町、多くの民を失うこととなりました」
 あちこちで、すすり泣きが漏れ始めた。悲劇をその目で知る難民達や、身内を失った者達である。
「私は、ムーンブルク王家の最後の生き残りとして、そしてロトの子孫として、皆さんのために……そして傷つき亡くなったすべての人々のために戦います。そして必ずや、邪神官ハーゴンを倒すと、ここに誓います。どうか闇が晴れるその時まで、皆さんも生きることを諦めないで。邪教は弱い心につけ込みます。心を強くもって、希望を信じてください」
 ルナが訴えると、できるかよ、と罵倒が飛んだ。とっさにロランは声のした方を見た。群衆の中、恨みがましい目つきをした男が叫んでいる。
「お前ら王族がもっとしっかりしてりゃ、俺たちゃこんな目に遭わずに済んだんだ! こっちは城下が滅んで仕事がなくなったんだ。かわいい嫁さんも死んじまった! 補償はねえのかよ、ハーゴン倒すから、それで許して? ふざけんな!」
 すると、まるでそれが呼び水だったかのように、同意する者が続出した。今まで溜めこんでいた不満に火が付いて、ここぞとばかりに王家や町の執政を非難しだしたのだ。