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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・108

【ロトの盾】

 サマルトリアは紅葉が始まっていた。世界一美しい森の国が、豊かな命の恵みを謳歌する季節である。
 山々は鮮やかな黄や橙、赤が色彩を競い、常緑樹の緑と相まってまさしく錦絵のごとしだ。森に囲まれたサマルトリア城もまた、絢爛たる紅葉の衣をまとっていた。
 秋に訪れたことがなかったロランとルナは、噂以上の美しさに目を見張るばかりだった。
「すごいな……ランドは毎年、この景色を見ていたんだな」
「ええ、本当にきれい。これでまだ、紅葉の最初なんでしょう?」
「うん。もう少し季節が進んだら、もっと鮮やかになるよ。でもその後が大変なんだ、落ち葉が山盛りになってさ~……」
「――ランド王子殿下のおなり!」
 話しながら城内へ入ると、衛兵が高らかにランドの帰還を告げた。城内の者達が一斉に脇へ退き、恭しく礼をする。
「な、なんだ?」
 面食らったのは当のランドである。普段はこんなに、城の者は仰々しくしないのだ。
「お兄ちゃ~ん!」
 ランドの元へ、妹のアリシアがドレスをからげて走ってきた。泣き出しそうな顔でランドの胸に飛び込む。
「わわ、アリシア?! どうしたんだよ、お前まで」
「だって、だってお兄ちゃん死にそうだったんでしょ! ハーゴンの呪いにやられちゃったなんて。どうして教えてくれなかったのよ!」
「…言わないでねって言ったのに……」
 胸に顔を押し当てて泣く妹の背を抱いて、ランドはため息をついた。ロランが苦笑する。
「カイルとしては、やっぱり隠しておけないさ。諜報兵は、報告するのが義務なんだからな」
「おお、ランド、ロランにルナも。よく戻ってきた」
 サマルトリア王フォルスト自らが、近衛兵を2人従えてこちらへやってきた。謁見の間まで待てなかったのは、やはりランドの親だからだろう。
「長旅疲れただろう。さあ、あちらに食事の用意をしておる。皆で食べよう」
 昼食には少し早い時間だったが、ロラン達はそうすることにした。
 食堂のテーブルには、サマルトリアの秋の味覚がこれでもかと盛られていた。豊富な落ち葉を堆肥にしているため、国土の農地は豊かだ。そこで作られる農産物は品質が高く、山の獣もよく肥えて美味である。珍味となる稀少なキノコも多く、ランドは農業だけの産業を憂えているが、十分すぎるほど良い国だと、ロランは思う。
ローレシアのカイル近衛兵から、話の次第は聞いておる。ランドを命を懸けて救ってくれたこと、礼を言う」
 食事の途中で、フォルストが言った。いいえ、とロランはカトラリーを置いて頭を下げた。
「助けられたのはこちらの方です。ランドが身命を賭してハーゴンの呪いを引き受けてくれなかったら、僕とルナは命を落としていました。本当に……ランドがいてくれて良かったと思っています」
 ロランの言葉に、ルナもうなずく。フォルストは涙ぐんで小さくうなずいた。
「そうか。そう言ってくれると、わしも救われる。息子を旅に出した時から覚悟は決めていたが、やはり割り切れるものではない。それはロラン、お主の父上も同じだぞ。たまにはあちらに顔を見せておるか?」
「あ、まだ……。行かなければならない場所があるので、片付いたらそのうちにと」
「そうか。しかし、早めに行っておくのだぞ。最近、ハーゴンの手下がローレシア王を暗殺しようと城へ侵入したとのことだからな」
「なんですって?!」
 ロランは瞠目した。ルナが厳しい面持ちでフォルストに尋ねる。
「その手下とは、仮面の神官ではありませんでしたか?」
「うむ。悪魔神官デモニスと名乗ったそうだ。国費が危ういローレシアにつけ込み、ベラヌールの使者に化けて多額の寄付を申し出たそうだが、さすが我が従兄ローレンス。ムーンブルク襲撃の手口をそなたから聞いていたおかげで、前もって策を立てておった。謁見の間に精鋭を多数置いて、奇襲に備えたそうだ」
「それで、父は? 怪我はなかったのですか?」
 ロランは不安になって尋ねた。フォルストは元気づけるようにうなずき返した。
「大丈夫。近衛兵長やカイルをはじめとする精鋭とともに、奴を地下の結界牢へ封じ込めたそうだ。ローレンスに怪我はない。死者も出なかったそうだよ」
「よかった……」
 ロランは胸をなで下ろした。しかし、ルナは硬い面持ちを崩さない。
「では、悪魔神官は倒せなかったのですね? ローレシア城の地下に今も生きていると……」
「うむ。だが聖水と結界で二重に封じておるゆえ、奴も身動きができんそうだ」
「デモニス……あれが、ローレシアのお父さままでも狙ったなんて」
 ルナの赤い瞳が燃え上がった。実父をデモニスに殺され、ロランの父が養父になっている。もう少しでルナは、二人目の父まで亡くすところだったのだ。
「ルナよ。気持ちは察するが、早まるんじゃないぞ。ローレシアの精鋭全員でも倒せなかった敵だ。おそらく今のそなたらでも勝ち目は薄いだろう。さらに力をつけてから戦いを挑んだ方がいい」
「……はい」
 今すぐにでも復讐に飛んでいきたい気持ちをこらえ、ルナは唇を噛んでうなずいた。アリシアが、果物の載ったケーキを皿にいくつも盛って、ルナの前に置く。
「ルナお姉ちゃん、そういう時は甘いもの食べて。ほら、これ、とってもおいしいのよ」
「ありがと。アリシアは優しいのね」
 目尻にあふれた涙を急いで指先で拭い、ルナがアリシアに微笑むと、アリシアはにっこりした。
「お母さんがね、元気がない時、よくお菓子くれたの。こんなふうに」
アリシア……」
 フォルストがまた、目を潤ませる。愛妻を失った悲しみは、今もなお癒えることはない。ロランとルナも母を早く亡くしているため、家族を失うつらさはよく知っていた。
「そうだよ、ルナ。これも食べなよ。すごくおいしいんだよ」
 ランドが、貝の形をした焼き菓子や木の実のケーキをアリシアの盛った皿に山盛りにしてきたので、ルナが慌てた。
「ちょっと、何今さら盛ってるのよ! 太らす気?!」
「ぷ……あはは」
 ロランが思わず吹き出し、しんみりしかけたフォルストも、我が子の一拍ずれた行動に笑い出していた。アリシアもおなかを抱えて笑う。
「……え? 何?」
 ランドだけが、きょとんとしていた。しばらく目をぱちぱちさせてから、「あ、そうだ」と父を見た。
「ぼくら、金の鍵を持ってきたんだよ! 父さん、ロトの盾をロランに渡してもいいでしょう?」
「おお、鍵を見つけてきたか。そうか、それはめでたいな。もちろんだとも、さっそく授与式といこう」
 フォルストはナプキンで口を拭うと、いそいそと立ち上がった。「あたしも行く!」と、アリシアも顔を輝かせて椅子から降りる。
 式とは大げさなことになったなと、ロランとルナは顔を見合わせた。

 ランドが金の鍵を使ってロトの盾を守る部屋の扉を開けると、盾を飾る台座の足元で瞑目していた老賢者がはっと顔を上げた。どうやら瞑想ではなく、本気で寝ていたらしい。
「おお……ランド王子。国王陛下、姫君も。皆さんおそろいですな」
「ついにロトの盾解禁の時が来た。ローレシアの王子ロラン殿に授与する」
「この日を待ち望んでおりました」
 フォルストの言葉に、賢者は立ち上がって恭しく礼をした。
 部屋の周囲には清らかな水が流れ、天窓から陽光がさんさんと射し恵んでいる。水の周りには花木が植えられており、小さいながら美しい温室になっているのだった。