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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・96

「何っ!?」
 バルドスが目を剥いた。ロランが止める前に、キラータイガーは1階の観客席へ飛び移り、逃げ遅れた人々を襲っていた。
「しまった!」
 ランドが縁に身を乗り出しすぎ、落ちそうになって慌てて足をじたばたさせ、なんとか戻る。
「おい、なんで魔物が凶暴化した?!」
 バルドスが訊くと、ランドは急いで言った。
「観衆の悪意に魔物が反応したんです! 魔物は悪意に敏感だ。それが憎悪と殺戮に駆り立てる」
 ランドは天覧席の縁によじ登った。ロランから荷物一切を預かっていたので、風のマントもランドが持っていた。それを素早く身に着ける。私も、とルナがランドにつかまった。ランドが振り向いてバルドスに言う。
「ロランを助けに行ってきます!」
「なっ、おいこらー!」
 バルドスの制止を無視し、ランドは迷わず3階の天覧席から飛び降りた。風のマントはすぐに大気をはらんで滑空し、ロランのもとへと運ぶ。その間、試合場と観客席は大混乱に陥っていた。
 キラータイガーは猛って咆哮をあげ、次々に人々へ襲いかかっていた。ロランは魔物へ疾走すると、右手にはめたドラゴンキラーを首筋へめがけて思いきり突く。
 ギャンと悲鳴をあげてキラータイガーが怯んだ。固い筋肉に阻まれて、竜の鱗を貫く刃も完全には通らない。だが攻撃を受けたことで、魔物の注意が自分に向いたことに、ロランはまず安心した。
「ロラン!」
 無事に試合場へ着地し、駆けつけたランドとルナに、みんなを、と叫ぶ。
「怪我人がいる! 手当てを!」
「わかった!」
 ランドとルナが素早く負傷者に駆け寄る。ロランは飛びかかってきたキラータイガーを半身でかわし、身をかがめて無防備な腹部に手甲剣を刺した。巨体の体重もかかって刃はやすやすともぐり込み、血潮の雨を受けながら、ロランは背骨に突き当たるまで刃を入れる。
 深紅の巨体がびくびくと痙攣し、刃が背まで突き抜けた時、キラータイガーはがくりと絶命した。ロランにのしかかっていたすさまじい重量がふっと消え、いくばくかのゴールドとなって散らばる。ドラゴンキラーを突き上げた姿勢を戻し、ロランはやりきれない表情で立ち尽くした。
 ようやく城の兵士が押っ取り刀で駆けつけ、ランド達が魔法で治療した観客達を外へ連れ出していく。席を埋め尽くしていた客の半数が、逃げるなどしていなくなっていた。
「やれやれ。とんだことになった。これは、しばらく自重せねばならんかな」
 天覧席から降りてきたバルドスが、血まみれのロランを見て苦笑した。申し訳ありません、とロランが頭を下げる。
「僕がもっと早く決着をつけていれば……」
「ああ、大丈夫だ。幸い死人はおらんようだしな。怪我人も、そっちの二人が完全に治してくれたわ」
 しかし、とバルドスは、魔物の血でまだらになったロランの壮絶な姿を見て、苦く笑った。
「あの強敵を、あっさりとまあ……たった一人で。俺ですら、手こずった魔物だぞ。お前の格闘能力は尋常じゃないな」
 そして、心配そうに寄ってきた司会の男に耳打ちする。司会は心得顔でうなずき、客に注目するように告げた。
「少々の混乱はありましたが、見事! ロラン王子が勝ちました! 優勝はロラン王子です!」
 一瞬の沈黙のあと、歓声と拍手が沸き起こった。な?とバルドスはロランに顔を寄せる。
「うちのは単純なんだよ。生きるか死ぬか、その時はその時さ。人間はくよくよしてちゃ、やってけないのさ。わがデルコンダルの民は、その辺よっくわかっとる。だから気に病むな」
「ぼくも、ごめんよ……」
 ランドがすまなそうに言った。服の隠しから手布を取り出し、ロランの血だらけの顔を拭く。
「こんなことになるなんて思ってもみなかった。相手が魔物だと知った時に、止めればよかったんだ」
 けしかけるようなことをして、すまない。ランドはひどく傷ついていた。
「もういいよ。迷った僕も悪かったんだ」
 ロランはうなだれたランドに微笑みかけた。触れて慰めたかったが、手袋も血に汚れていた。
「まあ、なんだ。まずは優勝の宴だな。だがそのありさまじゃ、式典は中止だ。ガイアの鎧は、宴のあとに直接渡そう。ロランも着替えろ」
 とても宴を受ける気分にはなれなかったが、相手は一国の王である。ロランは気乗りしない面持ちでうなずいた。


 身かわしの服は魔物の血で完全にだめになってしまったので、ロランは旅立ちの時に着ていた服に着替えた。
 祝宴は、近臣や貴族を呼んでの大掛かりなものではなく、バルドスとロラン達だけの晩餐だった。堅苦しいことが苦手なバルドスがそうさせたのである。臣下達は、別の会場で無礼講の宴を開かせているとバルドスは言った。
 媚を売る女性達も、この場にはいない。ロラン達が良い顔をしないから遠ざけたのだ。豪放だが、意外と気遣いのできる男だった。
「遠慮せず食え。腹が減ってるだろう?」
 肉を中心とした豪勢な料理を前に、ロラン達は複雑な顔になったが、空腹は正直だった。デルコンダルに到着するまでは、長い船の旅で食料を食いつないできた粗食の苦労が、反動となって弾けそうだった。
「……いただきます」
 はしたないそぶりは見せず、しかし遠慮もせず、ロラン達は旺盛に食べ始めた。それを満足そうに見ながら、バルドスもあぶった骨付き肉を手づかみでむさぼり、思うさま酒をあおる。
「そちらでは、ハーゴンの邪教の影響はどのようになっているんですか?」
 食事が終わりに近づくころ、ロランが尋ねた。
「ああ、全然ねえな。魔物は増えてきているが、邪教に染まる国民はおらん。うじうじと祈って神頼みするより、自分の手でなんとかしようって奴らが多いからな」
「それはいいことです」
 鷹揚にランドがうなずく。
「そっちはいろいろと大変だな」
 王冠を外して肉を食らう姿はどこぞの山賊の頭のようだが、3人を見るバルドスの目は澄んでいた。
ハーゴンがあれこれちょっかいを仕掛けるのは、それだけお前らの国が邪魔だってことだ。もし何か必要なことがあったら、いつでも言えよ。俺も久々に、ローレシアに行ってみてもいいな。お前の親父と話がしたい」
「ええ、父も喜ぶでしょう。貴国との結束が強まれば心強い」
「はっはは! 貴国か、久々に聞いたぜ。なんせうちは、お山の大将だから、王様扱いもされんのさ」
「その態度のせいじゃないかしら……」
 口数少ないルナがぼそっとつぶやくと、耳ざとくバルドスは聞きつけ、がははと笑った。
「まあ、言えてるな!」
 とにかく束縛を好まない王は、正妻も持たず遊びほうけていると、ロランの国にも伝え聞こえていた。しかしロランは、そんなバルドスに会ってうらやましいとも思った。
 義務に縛られず、おのれの生きたいように生きる。ありのままを賛美し、生も死も当然のことと受け入れる。そんな強さが。