蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・95

 ロランが試合場の中央に進み出ると、観衆はこの日一番の声を張り上げた。司会が告げたローレシアの王子の名に熱狂したのだ。
 特に女性の黄色い声が目立つのは、ロランが王子であることと、美しく整った凛々しい顔や、均整の取れたたくましい体つきを持つゆえだ。
 しかもロランは陽気ではない。戦いに臨む時、彼の目はいつも静かで冷徹だ。デルコンダルの戦士とは全く雰囲気が違う静謐の少年戦士の姿に、女性達は恋い焦がれるような視線を送り、感極まった声を上げていた。
 それはバルドスの取り巻きの女性達も同様で、はしたなくも天覧席の縁に鈴なりになり、ロランの名を呼んで飛び跳ねている。
 ルナは苦々しくその様子を横目で見た。
「ずいぶんおもてになりますこと、私達の王子様は」
「そうだねえ。ぼくも出ればよかったかな?」
 言った直後、ルナに太腿をつねられ、いてててとランドはのけぞった。ロランから預かったロトの剣を取り落としそうになる。
「違うよ、そういう意味じゃないよ。相手が魔物なら、3人で協力できるだろ。魔法は使えなくても、戦い方の勝手はわかってるわけだしさ」
「あらそう」
 ルナはつんとしている。バルドスが玉座を降りて女達をおしのけ、一番見やすい位置に陣取った。
「さあ、始まるぞ」
 歓声がひときわ高まり、ロランの前にキラータイガーが躍り出た。ロランは右手の手甲を胸の前に構えた。


 バルドスは、ロランが試合に出る際に、こちらが指定した武器を使うようにと指示してきた。
 示されたのは、鋼鉄の剣、両手で握って使う大金槌、そして手甲形の武器、ドラゴンキラーである。
 ロランはドラゴンキラーを選んだ。腕と一体化して操るその武器は、戦いの素養がないと扱うのが難しい。バルドスは「ほう」と感心した。
 相手は素早さに長けた魔物だ。ならばこちらも、威力があって早く対応できる武器にしたまでだった。
 ロランは手にしただけで、武器の扱い方を感じ取ることができる。人から教わらなくても、体が自然とそれに合わせて動くのだ。
 人はその才能を天才と呼んだが、ロランにとって、武器とつながることは、魔法を使うことと似ているのかもしれない、と思っている。
(この武器を、どういう意図で作ったのか。魂の深いところでそれがわかる。あとは僕が合わせるだけだ)
 でもロトの剣は無口なのだ。寡黙で自己主張しない。だがそれは、いかようにも自分を使っていいという意思なのかもしれない。
 キラータイガーが姿勢を低くしてうなった。腹の底に響くうなり声だけで、常人なら腰を抜かしてしまう。だがロランは、吹きつける殺気を正面から受けとめた。ロランもまた、腰を落として待つ。
 サーベルウルフに似た長い犬歯をぎらつかせ、キラータイガーが飛びかかった。神速の動きで初撃をかわすと、ロランは右手を突き出した。滑らかに研磨された刃が脇腹をかすめる。しかし怯まず、着地して体勢を整えた。地を蹴って再び襲いかかってくる。
 巨大な口で噛みついてきたのを、左手の鋼鉄の盾で受けとめた。重い衝撃に、ロランはぐっと足を踏みしめて耐える。長い戦いで、盾は装飾が剥がれ、あちこちゆがみが生じていた。牙のせいで、また表面が削り取られたかもしれない。
 ふいに、ロランの胸に悲哀が生じた。
(だめだ、今は戦いに集中しなきゃ)
 歓声が耳にうるさい。ロランと魔物の一挙一動に、狂ったように騒いでいる。ああそうか、とロランは納得した。
(見せ物にされてるから、嫌な気持ちだったんだ、ずっと。……お前も、かわいそうに)
 キラータイガーには、そこまでの知性や思考もないだろう。目の前の敵を喰い殺す、ただそれだけが全体を占めているに違いない。
 だからといって、何の感情もなく殺すのにはためらいがあった。ずっと忘れていた、魔物への同情だった。
(ガイアの鎧は欲しいけど……そこまでしたくない)
 キラータイガーの攻撃をかわしながら、ロランは次第に諦めたくなってきた。本当に命がけで闘うならともかく、観衆を楽しませるために殺し合いをするのは嫌だった。
 一向に攻撃しようとしないロランに、観衆が焦れ始めた。
「……なんだ、ロランの小僧は。怖気づいたか?」
 バルドスが不審げに顎をなでる。ランドはその隣で、自分が傷ついたように顔をしかめ、額に手を当てる。
「ロラン……そうだったのか。ぼくはばかだ……!」
「なんだ、ロランは具合が悪いのか?」
「違います。彼は魔物に同情してしまったんです」
「何?!」
 バルドスが目を剥いた。
「阿呆か、魔物に同情だと? 相手はただの人殺しだぞ。駆逐する理由はあっても、助ける道理はない」
「この試合は、決勝までは人間同士が戦うんですよね? でも決勝は魔物。魔物とあれば、殺さなければ決着がつかない」
 厳しい目で、ランドはバルドスを見た。
「ロランは、それを見られるのが嫌なんです。見せ物として、命の奪い合いを楽しんでほしくないんです」
「む……」
 ランドの言葉に、バルドスは鼻白んだ。ルナは展覧席の縁をつかんでロランに叫んだ。
「もういいわ! やめて、ロラン!」


 天覧席を振り仰ぐと、バルドスは渋い顔をしている。ランドとルナは、何か叫んでいるようだった。頑張れ、と言っているのか。
(違う)
 表情と口の動きを見て、泣きたくなった。ランドとルナは「もういい」と言っているのだ。そこまでして戦わなくていい、と。
 ロランが気乗りしない気持ちを、遠くからでも察してくれたのだ。
「……そうだよな。こんなの、僕らしくないよ」
 ロランは構えを解き、無防備に立った。期待に満ちていた歓声が、不安と不満に変わる。司会がとまどったように「これは……」と言った。
「ロラン王子の試合放棄、とみていいのでしょうか……」
 観衆が不満を爆発させた。荒れた客が、飲んでいた酒瓶や何やらを試合場に放り投げ始める。最悪の荒れように、司会がやめてくださいと叫んだ。
「ええい、試合は中止だ! 神聖な試合場にゴミを投げるなっ!」
 天覧席からバルドスが怒鳴っていた。それでも、楽しみを奪われた客の怒りは収まらない。
(これでいい)
 大勢の観客の罵倒にも、ロランは動じなかった。むしろ、魔物を殺さずに済んだことにほっとしていた。
 だが、魔物は群衆の声に敏感に反応した。降りかかる憎悪を受け、獣の両目が凶暴な金色に輝く。
「――お前!」
 膨れ上がった殺気にロランが背筋を凍らせた瞬間、キラータイガーは躍りかかっていた。ロランをすり抜けて、その背後へ。