蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・85

【異端審問】

 雪氷に閉ざされた台地の中心に、十字型の二つの塔が立っている。塔は音叉のように下方でつながり、一つの体(てい)を成していた。
 その内部。四方を青白い結界に閉ざされた礼拝堂に、邪神官ハーゴンはいた。
 ハーゴンの前には、奇妙な形をした十字架が祀られている。のたうつ蛇がからみあって十字の形を取ったそれに、不気味な管が何本もつながっていた。管は祭壇から離れた床に吸いついている。それは時々、生き物のように脈動し、十字架に何かを送っていた。
「……ロトの末裔の絆か……」
 ハーゴンは物憂げに、杖を持たない手で目元を覆った。まだ光が目の裏に焼き付いている。
 ロトの末裔の1人であるランドの魂に二度目の干渉をしたが、失敗に終わったのだ。
 あの3人が互いを思う気持ちは何よりも強い。特に、ローレシアの王子サマルトリアの王子の感情は、逆手に取れば大きな弱点となったはずだった。
 しかし、ランドは死の淵に追い込まれてもロランを信じ続け、ロランもまた、どんな苦境にも屈することなく、ランドを救おうとした。
(人間の心は脆い。欲望、絶望、裏切り、嫉妬。親は子を裏切り、子は親を殺し、友情は口先だけのものとなり、愛情は不実の口実となる。それが人間本来の姿だ。だからこそ皆、我が教えに惹かれ集まってくる)
 ハーゴンは顔を上げ、蛇の十字架を見上げた。十字架の中心には、血のように赤い巨大な宝玉が埋まっている。管から送られているのは、階下で生け贄にされた人間の血だ。それを吸って、十字架は成長している――神を呼び出すために。
(だがロトの子孫の治める国々は厄介だ。あのアレフガルドですら堕落したというのに、未だ正義と平和の拠り所となっている。それもロトの名のゆえか。ムーンブルクはもはや滅ぼしたが……やはり、残る2国も早々に消さねばならぬか)
 背後の結界が揺らぎ、ハーゴンは振り向いた。紫色の大猿が神妙にやって来る。
バズズか。……ここに来て良いと言っていない」
「お許しを、ハーゴン様。しかし、今後の策を練るべきかと思いまして」
世界樹の島での失態について、どう責任を取るつもりだ?」
「ははっ――。よもやローレシアの王子が、あれほどの戦闘力を持つとは予想外でした。あと一歩で殺せたはずでしたがな……」
「言い訳は必要ない」
 無表情にハーゴンは返した。バズズは無言で平伏してみせる。魔界では幾多の魔法の使い手として君臨する魔王だが、召喚者のハーゴンの方が実力が上なのだ。力の強い者に従う苦痛はない。
「その策は用意してあるのか?」
「やはり、王子達の基盤である国を消すのが手っ取り早いでしょう。奴らは守るべきものがあれば力を発揮しますが、それがなければ、おのれの立場を失います。勇者の血が目覚めつつある現在、まだ完全に覚醒する前に叩きつぶすのがよいかと」
「呪いは失敗した。ロトの血族の絆は強いぞ。国王や家族を呪ったところで、また同じように回避されるだろう」
「では正攻法で参りましょう。魔物の大群を差し向けて、城をつぶすのです」
ムーンブルクのようにはいかんぞ」
 即座にハーゴンは進言を否定した。
ムーンブルクは奇襲で落城に成功したが、それで2国も警戒しているはず。手口は知れているだろう。母国が危機とあれば、王子達もすぐに魔法で帰還する。3人の力は、人間の力の枠を超えつつある。こちらも総力をあげねば滅ぼせまい」
「それほどまでに脅威に思うのでしたら、なおさら今、手を打たねば。総力戦がお嫌ならば、暗殺に頼るしかありますまい。さしあたっては、まずローレシア国王から」
「……ふむ。では、悪魔神官デモニスを使え」
「はっ。ムーンブルク制圧の立役者ですな。喜んでお借りします」
 バズズは恭しく礼をして立ち去った。ハーゴンは再び祭壇に向き直った。
「……破壊と殺戮こそが悪魔の喜び。奴らにも、私の心は読めまい。どちらが利用し、されているのか。だがそのような事実ですら、私の願いには些末にすぎないのだ……」
 礼拝堂は沈黙し、蛇の十字架だけが彼を見下ろしている。

 

 

「私はこれで、お城に戻ります」
 ランドが回復した翌朝、カイルは部屋で、ロラン達に言った。
「まず王様にこれまでのことをご報告せねば。ロラン様達がご無事で、そしてより強く成長なさっていることを知れば、きっとご安心なさるでしょう」
「ぼくの病気のことは話さなくていいからね」
 ランドが念を押した。
「父さんや妹にも内緒だよ。もう済んだことでも、すごく心配かけちゃうからね」
「そういうわけにはまいりません」
 カイルは苦笑した。
「それも乗り越えてご無事だと知れば、サマルトリア国王や姫君もお喜びになるでしょう」
「そうかなあ……」
「とにかく、カイルも気をつけて。父によろしく」
 と、ロランはカイルに微笑みかけた。カイルはうなずいた。
「はい。ロラン様も、いつでもお戻りなさいませ。陛下もお喜びになりますから」
「ああ、近いうちに」
「では」
 カイルが先に荷物をまとめて部屋を出ようとすると、宿の主人がうろたえた声で何者かを引き止めていた。
「――困ります……そんな、怪しい人は泊まってませんよ!」
「なんだ?」
 ロラン達が顔を見合わせると、足早にやってくる靴音が複数聞こえた。ほどなくしてロラン達の部屋の扉が乱暴に開く。
「何事ですかっ?!」
 カイルがすかさず腰の剣に手を当て、ロラン達の前に立ちふさがった。黒と赤を基調とした服装の騎士が4人、威圧的な目でこちらを見すえてくる。宿の主人がその後ろで青ざめていた。
「我らはベラヌールの異端審問官である。ここに、ハーゴンの呪いにかけられた者がいると聞いた。間違いないな?」
「それはぼくです」
 表情を引き締めて、ランドが前に出た。さすがに茫洋とした視線は捨て、一国の王子らしく堂々としている。
「しかし、それに何の罪があるというのですか? 異端とは聞き捨てなりません」
ハーゴンの呪いにかかって生き延びた者はいない」
 審問官の1人が言った。
「よって、邪教と通じてその命を救われた。そういう疑いが出ている」
「なんだって?!」
 ロラン達は思わず声を上げていた。あまりにばかげた罪状だった。
「邪教を信じていれば、それがこの町では罪に問われるのですか?」
 ルナが問い詰めると、審問官は表情を崩さずにらみ返した。
「無論だ。邪教徒がいるから、邪教の蔓延は治まらん。彼らは神の教えと言って、あらゆる犯罪を繰り返している。魔物に魂を売ってしまう輩も増えているのだ。悪の根は末端であろうと断ちきらねばならん。これ以上無辜(むこ)の人々が染まる前に」
「無礼ですぞ!」
 カイルがたまりかねて叫んだ。
「この方達をどなたと心得ますか。ここにおわしますは、あの――!」
「カイル!」
 ロランは、身分を明かそうとしたカイルの肩をつかんだ。
「よせ! 今それを言っても仕方がない」
「ですが――」
「あなた達に従いましょう」
 力ずくで切り抜けるのは簡単だ。相手はただの人間なのだから。それだけに、一度剣を抜けば厄介な相手でもある。渋るカイルを振り切って、ロランは審問官の前に進み出た。
「証言すれば理解をもらえると、信じます。ここは仮にも、神聖都市を名乗る町ですから。でも、このカイルは無関係です。連れて行くなら僕達だけにしてください」
「お前達の命令を聞くつもりはないが、もとよりそのつもりだ。では、ついてきてもらおう」
「ロラン様……!」
「あとは頼む」
 悔しげなカイルに目配せして、ロランは審問官に背を押された。