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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・82

 ロランの猛進撃は止まらない。
 何百という数を斬っても疲れを見せず、襲い来る魔物を無数の屍に変える。徐々に魔物の数が薄れ、とてつもなく巨大な樹の根元にロランが走り込むと、翼を持つ、人ほどの大きさの白い尾長猿が陣取っていた。バズズの配下のシルバーデビルだが、ロランはその名を知らない。
 ロランは無言で斬りかかった。シルバーデビルは甲高い声でベギラマを唱えた。迫った火炎を盾で防ぐ。熱気に盾が灼熱した。
 ロランは盾を投げ捨てた。後方から手斧を振り上げて向かってきた狂戦士バーサーカー数匹の顔に回転する熱い盾がぶち当たり、魔物の群れは総じて首を折られた。
 盾がどっと砂に埋まる重い音を背に、白い悪魔へ飛びかかる。
 シルバーデビルは羽ばたいて避けようとした。しかしロランの剣が速かった。袈裟がけに剣閃が走り、ギィッ!とひと声上げて、猿の体が両断される。
 恐怖に見開かれた両目に、冷徹な瞳のロランが映っていた。二つに分かれた体がどす黒い血をまき散らしながら黒い影となって消滅した。
 着地し、左手から襲ってくるバシリスクの群れに向かい合う。その少し後ろにルナが見えた。彼女も呪文で必死に応戦していた。装備した身かわしの服のおかげで、攻撃をことごとくかわしている。あれなら大丈夫だろう。
 ロランは視線を逸らし、やわらかい砂地に足を踏ん張って腰を安定させ、牙を剥く毒蛇に斬りかかった。半円を描いて剣を薙いだその瞬間、右足と左脇腹にどっと衝撃が来た。見えない手に突き飛ばされ、右肩から砂地に落ちる。
「――がはっ!」
 喉に重苦しく熱いものがこみあげ、ロランは耐えきれず吐いた。口から、どっと赤いものがあふれた。
「ロラン!!」
 常にロランを視界に入れていたルナが瞠目して叫んだ。熱せられた砂の上にうつぶせになって、ロランは砂を五指でえぐってもがき、息苦しさに喘いだ。咳き込むたびに粘ついた血が口から垂れ落ち、口の周りと頬を汚す。
 背後で、砂を踏む気配がした。耳慣れないうなるような音だ。首だけ差し向けて、ロランはかすむ目を疑った。鋼鉄製の人形がゆっくりと四本の足を動かしてこちらへやってくる。
 それはまったく奇妙な形をしていた。頭部は丸く小さく、目鼻はない。赤い光点がともっているだけだ。体は磨き上げられた鋼色の金属でできており、ずんぐりしている。体に対して小さく丸い腰がそれを支え、そこから細い脚が四本生えていた。脚はそれぞれ関節が一つずつだが、虫のように滑らかに動かしている。
 細い鉄棒のような左腕にはボウガンが付いており、それでロランを狙い撃ったらしかった。
 機械仕掛けの殺人兵器、メタルハンター。ハーゴンが魔界から召喚した、生命のない特殊な魔物だ。
 メタルハンターの撃った矢は、ロランの右腿を貫通し、もう一本は脇腹に突き刺さったままだった。心臓が脈打つごとに目の前が真っ暗になりそうな激痛が襲い、立ち上がることができなかった。
「ロラン! 大丈夫?!」
 悲痛な顔でルナが駆け寄る。傍に膝をつき、傷を見て絶望的な目をした。
「ああ、これじゃ……!」
 脇腹も貫通していれば、すぐにベホマを唱えられる。しかし矢が突き刺さったままでは無理だ。もし唱えれば、矢を体内に入れたまま傷がふさがってしまう。
 メタルハンターは、首と胴体を別々に回転させながら二人に近づいて来る。ロランは痛みをこらえ、短く息をしながら言った。
「僕が……矢を抜くから、ルナはその瞬間にベホマを」
「……っ」
 ルナは青ざめて、かげろうに揺らめくメタルハンターとロランを素早く見比べ、うなずいた。迷っている暇はなかった。
「……ぐうっ」
 ロランは肘をついて体を起こした。それだけで、どっと脂汗が出る。出血がひどく、視界がせばまって耳が遠くなってきた。ふるえる手を背に回して羽根を折る。わずかに触れただけで激痛が全身に響き、目の前が暗くなった。
 そして荒い息で脇腹の矢に両手をかけ、渾身の力をこめて手前に引く。
「……あああっ!!」
 絶叫しながらロランは矢を抜いた。すさまじい精神力と体力だった。傷口から鮮血が噴出する。ルナが両手をロランの前に出して声高に唱えた。
ベホマ!!」
 明るく青白い光がロランを包む。出血が瞬時に止まり、ロランは放り出していたロトの剣をつかんでいた。膝をつき、メタルハンターを振り向く。
 同時に、メタルハンターが地面に落ちていたバーサーカーの手斧を右手に持った。四つの円盤状の足から赤い炎が吹き出し、それを推進力にして弾丸のように突進してくる。
ルカナン!」
 ルナが反射的に守備力を下げる呪文を唱える。ロランも剣を両手で構えた。ルカナンの青い光に包まれたメタルハンターが、突進しながら手斧を振りかざす。
 その目にも止まらぬ剣閃を、ロランはわずかに身をかがめてかわした。そして曲げた膝をばねに、両手に持ったロトの剣を胸部と腹部の継ぎ目に突き刺す。
 ――会心の一撃
 剣が鋼鉄の腹部に半ばまで滑りこむと、バチッ!と切り口から青白い電光が鋼の体を走った。メタルハンターの丸い頭部がとまどったようにぐるぐると回転し、腕や足をでたらめに振り回す。
 ロランが剣を抜いて飛びすさると、ボンッと黒煙が肩や腰の継ぎ目からあふれ出し、がくりと前のめりになると、両腕を垂らして動かなくなった。
 ロランは肩で息をしながら、剣を一振りして背の鞘に収めた。
 もう魔物は一匹も残っていなかった。後方にいたルナが小走りにやって来る。ロランは血まみれの姿で、世界樹を見上げた。
 壮絶な数の魔物を短時間で殲滅してしまったおのれの技量にも、さっきの奇妙な鋼鉄の兵にも、何の感慨も浮かばない。
 喜びもなく、うつろな空洞が胸に空いているようだった。ルナも同じだったのだろう。安堵や感激の言葉も口にしなかった。
「……登って採りに行くのは難しそうだ」
 傍らのルナに、ロランは上を見たまま言った。幹は城ぐらい大きく、高さはその何倍もあった。木肌は樫の木に似ているが、足がかりになる所が少ない。青々とした葉を繁らせる枝は、ロランの城を二つ重ねた高さにあった。
「おじいさんが話していたわね。樹は、求める人の心に応じるって。だったら、樹に向かって祈るしかないんじゃないかしら……」
「……」
 ロランは唇をかみしめると、手袋をはめた甲で口元を拭った。半ば乾いた血が、べっとりとこびりついた。
 そしてゆっくり大樹に歩み寄った。ルナも続く。ロランは幹に両手をついて、額を当てた。目を閉じて心で語りかける。
(樹よ。お願いだ、どうか葉を分けてくれ。――ランドを助けてくれ)
 ルナはロランの後ろで両手を組んでひざまずき、祈った。
 音が一切なくなった砂漠に、二人と樹の姿だけがあった。