蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・80

世界樹

 船は東を目指して進んでいた。ロランは舵取りをカイルに任せ、舳先に立って水平線を見つめていた。
 ランドのいない船は静かだった。その場にいるだけで、ランドには場を和ませ、明るくする何かを持っていた。
 寂しい。ロランの胸を満たすのは、冷たく凍った海の氷にも似た閉塞感だった。


 ランドを診た老薬師は、世界樹の葉なら命を救えるかもしれない、と言った。
 世界樹は永遠の命を持つ巨木で、常に青い葉をしげらせているという。その葉には、あらゆる病や傷を治し、死んだ者も蘇らせる薬効がある。
 だが世界樹の幹に登るのは困難で、たとえ登れたとしても葉は枝から離れない。邪心がなく、世界樹の御心に感応した者だけに、その大切な葉を一枚だけ落としてくれるという。
 世界樹の生える島は、海流が不安定で、高く険しい岩山に囲まれていた。暗礁こそないが、島に上陸するには潮の満ち引きも味方につけなくてはならない。潮が引いた短時間だけ、岩山の途切れた狭い入口から上陸できるのだ。
 世界樹は、意思をもって人を迎えるという。今までも多くの者がその葉を求めて島に向かったが、戻ってきた者は少なく、葉を得た者もまた、わずかだった。
「しかし、世界樹の葉で呪いが解ける保証はない。あくまで、可能性じゃ。それでも行くかね?」
「はい」
 ロランはうなずいた。ほかにできることがないなら、それに賭けるしかない。
「そうか……。ここから行くには、ベラヌールからずっと東へ進路を取り、ぺルポイのある半島を目指すとよい。そこからさらに東へ向かえ」
 ロラン達の覚悟を感じ取り、おごそかに老薬師は言った。
「途中に孤島があるからな、それが東への目印にもなる。西はだめじゃ、海ばかりで方向を見失うぞ」
「――わかりました。ルナ、ランドを頼む」
「ロラン、一人で行く気?!」
 ルナはロランをとがめた。
「船はどうするのよ。いくらあなたでも、一人じゃ操船できないわ」
「カイルを連れて行く」
「戦いは?! 傷ついたら誰が回復するのよ」
「ランドを一人にしておけないだろ!」
 ロランは強い声で言い返した。
「意識がないけど、まだランドも戦ってるんだ。何かあった時、僕も君もいないんじゃ、ランドがかわいそうだ」
「私だって、ランドのために何かしたいわ。じっとしていられないの」
 あえて声を抑えて、ルナは言った。
「お願い、連れて行って。もしあなたまで帰ってこなかったら……私は」
 ルナはそれ以上言えず、声を詰まらせた。ルナの立場に立てば、その気持ちもよくわかる。ロランは折れるしかなかった。
「だったら、ランドも連れて行こう。そうすれば、世界樹の葉を手に入れた時にすぐに飲ませられる」
「いや、それはいかん」
 険しい顔で老薬師が止めた。
「ランド殿の体は、今にも切れそうな糸のようになっておる。動かすのは危険じゃ。ここは天の神の守護がある町。それゆえ、ハーゴンの呪いもやや弱まっておるようじゃ。倒れたのがベラヌールでなかったら、その場で不幸に見舞われていたじゃろう」
「ここにいるから、かろうじて命がつなぎとめられていると?」
 ロランの言葉に老薬師はうなずく。
「神の守護のあるこの町でさえ、ハーゴンの呪いにかかった者は数日と待たず命を落とした。じゃがランド殿は、ここ以外の場所で呪いをかけられたにも関わらず、それ以上の日数を生き延びておる。……生きたいという強い意志と、おそらく、魂の性質が常人と異なるからじゃろう」
 そしてまっすぐロラン達を見る。澄んだ瞳だった。きっとそのまなざしで多くの人を救ってきたのだろう。
「それほど心配なら、あんた達が戻るまで、わしがランド殿を見ていよう。それなら異論はあるまい?」
「――よろしく、お願いします」
 すがれるのはこの人しかいないと思った。ロランはルナ、カイルとともに深々と頭を下げた。

 ロランは一秒一秒に気力を削がれる思いだった。船は素晴らしい速さで進んでいるが、それでもまだ、世界樹の島へは遠い。
 ルナがトヘロスで魔物避けをしてくれているおかげで余計な戦闘はしなくてすむが、ただじっとしているのも焦りを募らせた。
 ほかにどうしようもなかったのか。そればかり考える。ランドは倒れるまで、呪いのことをひた隠しにしていた。体に刻まれた呪いの瘢痕は、どれほどの苦痛をもたらしていたのだろう。
 いつも通りにふるまう裏で、のたうち、食べたものを吐き戻していたのかもしれない。時々一人になろうとしていたのも、その姿を見られたくなかったからだ。
 そして自分は、それを見ないようにもしていた。それが思いやりだと勘違いしていた。
 無理矢理にでも聞き出すべきだったのだ。そして、世界中探し回って、呪いを解く方法を探すべきだったのだ。
「……ランド」
 ふがいなさにロランは縁に拳を打ちつけようとして、ぐっと歯を食いしばり、やめた。自分が本気になって殴れば、大きなヒビが入ってしまうだろう。
 そんなに大きな力が自分には育っているのに、大切な友一人助けてやることができない。
 ふかくうなだれるロランの傍らに、気配がした。ルナだった。
 ルナは黙って隣に立っていた。うつむいたまま、ロランはつぶやいた。
「……もっと早く、ランドの体のことを問いただしていれば。
 世界樹の葉のことを知っていればよかったのに……」
「……そうね。それは私も同罪だわ。あなただけが苦しむことじゃない」
 ぽつりと、ルナはつぶやいた。
「きっとランドは自分の呪いが、ハーゴンを倒す以外に解けないと感じたのね。そしてそれは間違いではないはずよ。世界樹の葉で助かる確実な保証はないって、薬師のおじいさんも言っていたから」
「それでも、手遅れになってから手を打つよりましだ」
 ロランは顔を上げた。唇を噛む。ルナは、何も言わず、ロランと同じ海の彼方を見た。
「……もし、ランドが助からなかったら……あなたは旅をやめてしまうの?」
 青い水平線を見つめたまま、ルナが言った。ロランはルナを見た。悲しげに。
「いいや。ハーゴンは、必ず倒す。……でも、すべてが終わったら」
 僕も消える。低い声で海を見つめ、ロランは言った。その横顔を、ルナは責めなかった。そして哀しげに微笑む。
「……昔ね。小さいころ」
 ルナは白い雲が浮かぶ空を見上げた。
「あなたの家に遊びに行ったとき、3人でかくれんぼしたことあったじゃない? お城の中走り回って、どこに隠れようか大騒ぎして。お城の人達も優しくて、ここが隠れ場所にいいですよ、王子様はあっちに隠れましたよって、こっそり教えてくれたりしてね」
 くすくすと、ルナは笑った。ロランもそのことを思い出した。弱く笑う。
「ああ、楽しかった」
「それで、私が鬼の番になったとき、どうしてもあなたとランドを見つけられなかったの。その時あなた達がどうしてたか、覚えてる?」