蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・71

 壁が崩れて外がむき出しになった回廊を、老爺は影のように歩いた。風がまともに吹きつけ、ロラン達は風圧にあおられて通路から足を踏み外さないよう歩くのがやっとだったのに、老爺は足取り乱さず先を行って、次の階段で待ちかまえている。
 まともな人間でないことは十分にわかったが、さりとて今は、どうすることもできなかった。
 これは間違いなく魔物が仕掛けた罠だ。それはランドも最初から理解していただろう。
 しかし歩きながら、ロランはそれも正解だったかもしれないと、腹も据わっていた。手がかりが得られないまま塔の中で行き倒れるより、目の前の敵を倒した方がよほど気が楽というものだ。
 ついに2階まで降りてきて、老爺は通路の先を杖で示した。
「あの部屋に、紋章を納めた箱があります。さあ、開けなされ」
「では」
 ランドが老爺に一礼し、通路の先の四角い部屋に足を踏み入れる。ロラン達も続いた。
 言われたとおり、無機質な部屋に宝箱がぽつんとあった。ランドは片膝を着いて箱を開ける。はたして、中はからっぽだった。
 けけけっ、と甲高い声が背後でした。
「ひっかかったな! ここが貴様らの墓場よ!」
 老爺が白煙に包まれ、1匹のグレムリンに変わる。グレムリンはキーッとひと声鳴いた。たちまち、ロラン達がやって来た通路から、4匹のグレムリンと赤い虫のような大群が現れる。ぶうんと重苦しい羽音に、ルナが蒼白になった。
「ドラゴンフライだわ!」
 赤い群れをよく見れば、虫の羽根を持った小さいトカゲだった。リザードフライの亜種だが、その小柄な体から強烈な炎を吐く。大群で来ればその脅威は言うまでもない。
「くっ!」
 ロランはロトの剣を抜いた。清冽な刃は、これまでに幾多の魔物を切り裂いたが、決して刃こぼれしなかった。たとえ本来の力を失っていたとしても、名剣はすばらしい切れ味でロランを助けてくれた。
 ロランの一閃が、手近なグレムリンを一撃で倒す。それがさっきの老爺だったか、もうわからない。別のグレムリンが炎を吐いた。ドラゴンフライも一斉に炎を吐いてきた。
「きゃああっ!」
 炎熱に目がくらみ、ルナが片手で顔をかばって声を上げる。ロランは叫んだ。
「ルナ、バギだ!」
「――っ!」
 呪文を唱えようとしたルナが激しくむせる。室内は異常な高温になり、床には小さな火の海さえできていた。
 再びドラゴンフライの一群が炎を吐いた。ロランはランドとルナをかばい、鋼鉄の盾でそれを受けとめる。盾は一瞬で灼熱の板と化し、構えた手が手袋ごと焦げた。凄まじい苦痛に、ロランは歯を食いしばった。
ベホイミ!」
 すかさずランドの回復呪文が飛んだ。ロランの火傷が瞬時に治り、剣を構え直す。その場その場の苦痛にひたる暇はない。
 体勢が整うと、ドラゴンフライの群れに剣を振り下ろした。何匹かがロランの巻き起こした剣風にあおられて散った。即座にルナのバギが群れを切り刻む。
 真空の刃は部屋の外から風も呼び込み、あちこちで燃えさかっていた炎が吹き消される。
「たあっ!」
 ランドが鉄の槍を繰り出し、何度目かの突きが飛び回るグレムリンの胸を貫いた。悲鳴を上げる間もなく、小悪魔は消滅する。
 その背後を狙った3匹目のグレムリンの頭を、ランドが槍の柄でしたたかに殴る。怯んだところを、ロランが振り返りざま斬り払った。
 4匹目のグレムリンが小ずるい目つきでラリホーを唱えようと口を動かした時、
マホトーン!」
 ランドが槍を持たない手をかざした。淡く光る魔法陣がグレムリンの正面に出現し、全身に吸い込まれた。グレムリンは勇んで「ラリホー!」と叫んだが、何の効果も発揮しない。魔封じの呪文が効いたのだ。
 ロランは剣を上段から振り下ろした。頭から両断され、4匹目が断末魔を上げて消滅する。
 ルナが薄い群れとなったドラゴンフライに数回バギを唱え、全滅させた。ようやく静かになり、宙で消えた魔物が落としたゴールドが、金の雨となって床に降り注いだ。
 はあっ、とロランは肩で息をついた。安堵が押し寄せ、今回も生き残れたのだと実感する。
 ランドを振り返ると、やや前かがみになって苦しそうに胸を押さえていたが、ロランのまなざしに気づくと、すぐに姿勢を正した。
「あはは、少し疲れたよ。まったくひどいなあ。魔物もさ」
「ちょっとランド」
 ルナが怒りともつかない顔でランドに詰め寄った。そうする理由はあった。
「……あなた、言わなきゃならないことがあるんじゃない?」
 ランドは苦笑して、胸の前で両手を振った。
「ああ、ごめんごめん。でも、ちゃんと勝てたんだし、よかったよね」
「そういう問題じゃないでしょう? 結局紋章は見つからないし……!」
「あれ……なんか聞こえない?」
「え?」
 ふいにランドが上を向いた。ルナが傍らに寄ると、ほら、と上を軽く指さす。ロランも天井を見上げた。
(星だ……)
 3人の見上げる先に、光り輝く五芒星が浮かんでいた。星は、語りかけてきた。
 ――あらゆるものに目を向け、耳を傾け、何をすべきか考察する心が、道を指し示すしるべとなる。知恵は未来を見通す直感を与える。それは天にありて地に惑う者を導く。
 我が名は希望。絶望の淵より見いだされるものなり……。
 星はひときわ強く輝くと、三つの光となって3人の胸に吸いこまれた。
「……これが、星の紋章?」
 胸に手を当てて、ロランはつぶやいた。ランドがうなずく。
「よかったね。これで一つもらえたよ」
「……これって、紋章の試練だったってこと?」
 ルナは渋い顔をした。
「何よ、これじゃ私、悪者じゃない」
「そんなことないよ、ルナ。さっきの魔物が、紋章の手先だったなんてことはないと思う」
 ランドが穏やかに言った。
「魔物はたまたま、ぼくらの話を聞いて、本当に罠に掛けるつもりだったんだ。それに偶然、星の紋章が応えた。
 きっと紋章を手に入れるには、何らかの試練が必要なんだろうけど、紋章がそれを選ぶんじゃない。ここで起きたことに、紋章が反応するんだと思う」
「さっき紋章が言ってたな。絶望から希望が見いだされるって。つまり、僕らが何か絶望的な状態になって、そこから希望を見つければ、紋章が現れたってことか?」
「たぶんね。ここでぼくらが死にかけて、助かることが、出現の条件だったのかも。たとえば、ぼくとルナが塔から落ちそうになって、それをロランが引っ張り上げて助けてくれるとか、そういうのもありだったかもね」
 そのたとえに、ルナが渋面を崩した。
「もう……ランドったら。でも、ランドの言うとおりにしなかったら、いつまでも紋章は出てくれなかったのよね。……ひどいこと言って、ごめんなさい」
「ううん、ぼくこそ、確信はなかったから。でも、必ずうまくいく気がしたんだ」
 ふわりとランドも笑った。その笑顔を見て、だから星の紋章は現れたのだろうと、ロランは感じた。