蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・66

「それで、私達に助言とは?」
 ルナが訊く。
「この世界には、森羅万象を司る紋章が散らばっている。太陽、月、星、水、命の五つだ。それは物質ではなく、心に刻むもの。紋章にまつわる試練を乗り越えた者だけが宿すことができる。すべてを心に宿した時、大地の精霊ルビスが守護を与えるとされる」
「それを集めろと?」
「そうじゃ、ロラン。ハーゴンは強い幻術を用い、人心を惑わす。そのまやかしを打ち破れるのは、ルビスの守護だけなのだ。奴と対峙する時に必ず役立つであろう」
「形にないものなら、見つけようがないのでは?」
 ランドが困って首を傾げると、竜王のひ孫はロランの鞄を長い爪をした指で示した。
「心配いらん。お前が持っておる山彦の笛。それが紋章のありかを教える道具じゃ。紋章がある場所で吹けば、山彦が返ってくる。ちなみに、余り広い範囲で吹いても返ってこないからな、怪しい場所でこまめに吹けよ」
「これが……。そうだったのか」
 偶然なのか、これも運命の導きだったのか。ロランは肩からかけた鞄の上から手を当て、笛が手もとに来てくれたことに感謝していた。
「まず手始めに、大灯台へ向かうがよい。かつてメルキドと呼ばれた町の南にその島がある。私はすべての紋章のありかを知ってはいるが、これ以上教えられん。あとは自力で見つけろよ」
「どうもありがとうございました。助かりました」
 礼儀正しくランドがお辞儀をした。
「ところで、本当にいろんなことをご存じなんですね。世界の様子が見えるのですか?」
「ああ。私も神の端くれ、千里眼はお手の物よ。ここに座っているだけで、世界中ありとあらゆるものが見える。なかなか楽しいものだぞ。
 人間が喜怒哀楽を持ち、それによって振り回されるのは、見る側を……神を楽しませるためなのかもしれんな。……あるいは、魔物の存在すらそうなのかもしれぬ。皆が皆、停滞し変わらぬ存在では、見ていてつまらんからな」
 それを聞いたルナの眉がひそめられる。しかし、ルナは何も言わなかった。再会した時に残っていたあのかたくなさが、白い頬を硬直させていくのをロランは見た。
「ああ、行く前にもうひとつ。この城に来る途中の分岐に、お前達の先祖が使った剣が眠っておるぞ」
 ルナには構わず、竜王のひ孫は言った。
竜王の心臓に突き刺さっていたものを、私の祖父がそこに仕舞った。遠慮せず持ってゆくがよい」
「は、はい」
「それから、緑の王子にはこれをやろう」
 竜王のひ孫は空中に人差し指で長方形を描いた。するとそれは、コンパスと白い羽根ペンの付いた、一枚の地図に変わる。
「この世界の詳しい地形と町の位置がわかる地図じゃ。昔、この世界を巡った大海賊が描いた地図に私が手を加えた。そこに行けば色が付いて魔法の羽根ペンが位置を指し示す。お前の持っておる地図よりわかりやすいぞ」
「それはすごい!」
「ただし」
 ランドが頬を紅潮させると、竜王のひ孫はにやりと牙をのぞかせて笑った。
「お前の持っている地図と交換じゃ」
「えっ?」
「お前、手描きの地図を作っておるだろう。それが読みたい」
「ええっ……」
 ランドは迷った。地図は、土地の様子や到着日数、気候はもちろん、宿で食べたおいしいものなども書きこまれていて、日記のようにもなっている。長い時間をかけて描いた思い入れがあるので、手放すのが惜しかったのだ。
「いいよ、ランド。無理はするな」
 ロランは言ったが、ランドは鞄から自分の地図を出した。
「ううん、あっちの方が性能が良さそうだし。交換するよ」
 ランドは惜しげもなく丸めていた地図を竜王のひ孫に手渡した。地図を広げ、彼は満足そうに眺める。
「ふふん、いくら千里眼が使えても、こういった娯楽には飢えていての。これはなかなか、面白く書けているぞ」
「ありがとうございます」
 褒められて、ランドは素直に微笑む。
 あらためて3人は礼を言うと、ランドの地図を眺めてくすくす笑っている竜王のひ孫の間を後にした。

 竜王のひ孫に教えられた通り、ロラン達はもと来た道を戻り、ロトの剣が安置されている部屋を探し出した。
「これが……ロトの剣……」
 青と白の石版で神秘的な模様を描く床に台座があり、剣は鞘ごと突き刺さっていた。ロランが近づき、厳かに柄に手をかける。両手で上に引き上げると、剣をくわえていた台座はおとなしく鞘ごと剣を放した。
 ランドとルナが見守る中、ロランは剣を鞘から抜いた。涼やかな鞘走りの音を立て、鏡のように滑らかな平刃の刀身が姿を現す。
「きれい……」
 ルナが息をのむ。ランドも見とれていた。ロランは剣をまっすぐ顔の前に立てて見た。
 握りの部分は中央が浅く膨らむ手になじむ形で、藍色の滑り止めが付き、深紅の宝珠が柄頭にあしらわれている。柄はロラン達の戴く不死鳥の紋章の形で、柄頭と同じ赤い宝珠が宿っていた。
 刀身はロランの持つ鋼鉄の剣より細く長い。中央がややくぼんだ柳葉のような優美な曲線は、人類が造り得る極致の造形美であった。
「これを使って、勇者ロトや初代は戦ったのか……」
 でも、思っていたより何かが足りない。ロランは剣を見つめた。
 伝説の勇者が使った剣ならば、もっと神秘的な力を発露していいはずだ。けれど、剣はロランに語りかけてこなかった。名剣は皆、魂を宿しているものだ。それが人から人へ伝えられているものなら、なおのこと。
(去ってしまったのか。長い年月の間に。僕が来るまで、待てなかったのか……?)
 ロランは剣を両手で持ち、祈るように柄を額に当てた。剣は答えなかった。
「ロラン……」
 ランドが気遣わしげにロランの傍らに寄りそう。ロランは剣を下ろした。ランドの方を見ずに答える。
「大丈夫。確かな名剣だよ、これは」
 鞘に収め、鋼鉄の剣の代わりに背負った。鋼鉄の剣は腰に下げる。
 ランドがリレミトを唱え、ロラン達は地上に戻った。霧はいつの間にか晴れ、たそがれが空気を蒼と朱色に染めていた。
(時の流れは、残酷だ……。何もかも奪い去っていく)
 船の所まで戻りながら、ロランは思った。神とも、先祖ともつかぬ何かに訴えかけていた。あるいは、“過去”そのものへ。
(でも、わずかでもいい。剣よ、僕らに力を貸してくれ。まだ僕にも、守りたい人達がいるんだ)
 ロトの剣はロランの背で夜光を受け、鈍く輝いていた。