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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・63

竜王の島】

 逆巻く波に囲まれ、切り立つ岩山が折り重なるようにして、その島はあった。かつて人間の絶望を喰らい、悲しみの涙で喉を潤した大魔王が住まい、勇者ロトがそれを討ち果たしたのち、今度は邪悪なる竜がそこをすみかにした。
 人々はその島に名を付けなかった。ただ、その時代に君臨した魔王の名を取って呼んだ。だから今は、その島はこう呼ばれている。
 竜王の島、と。 

 リムルダール半島から、ロラン達は竜王の島へ渡った。船は半島の近くに接岸してある。竜骨には魔除けの文字が書かれているので、不在の間に魔物に壊されることもないだろう。
 伝説では、リムルダール半島の岬から、勇者ロトやローレシア1世が〈虹のしずく〉という神秘の宝石を天にかざし、虹の掛け橋を創って島へ渡ったという。
 ロラン達が立っている岬には、白亜の石の橋が島とをつないでいた。いつ誰が造ったのか不明とのことで、かつてここに住んでいた人々は、役目を終えた虹の橋が石化してできたのだろうと伝えている。
「虹の橋って、あの虹みたいにきれいだったのかな。そのまま残ってるとよかったのにね」
 橋を渡りながら、ランドが笑って言った。そうだな、とロランも相槌をうつ。船から下りたランドは、普段の屈託のなさを湛えていた。それに安心しながらも、気をつけてやらなければ、と思う。
(魔物がどんどん強くなってきている。ランドも、それで疲れが出てきたのかもしれない。僕が何倍も頑張らないと……)
 島は荒涼としていて、生物の気配はなかった。その代わり、魔物は多く襲ってきた。鋭く長い牙を持って敵を引き裂くサーベルウルフや、毒蛇バシリスク、丸太のような腕とイノシシに似た顔を持つ獣人、オークなどだ。
 どれも攻撃力が高く、打たれ弱いランドやルナは一撃でも食らえば大怪我をしてしまう。ロランは懸命に二人の盾となって剣を振るい、その傷をランドやルナが治しながら進んだ。
 ようやく島の山頂に着くと、霧が出ていた。午後の陽光に白い霧がけぶる。かつての敵の牙城は広大な礎だけを残してたたずんでいた。
「ここに何かがいるって魔道士のお爺さんは言ってたけど、どこかに隠れているわけじゃなさそうね」
 ルナががれきを見渡した。探そう、とロランは言った。
「たしか、ご先祖様は城の隠し階段から地下へ降りて、竜王を倒したらしい。まだ階段が残ってるかもしれない」
 3人は砂に埋もれたがれきをさまよい歩いた。そして、かつて大広間だったらしい一角に、下り階段の入り口を見つけた。
「ねえ、きっとこれだよね?」
「そうだな。まだこれは崩れてない。下へ降りられそうだ」
「行ってみましょう」
 いつでも戦えるよう身構えながら、ロラン達は地下へと降りた。


 地下は完全な闇だった。ランドがたいまつに魔法の炎をかけ、明かりを灯す。それでも空間にみっしりと詰まる闇の息苦しさは変わらない。
 ロランは歩きながら石組みの壁に触れていた。
「ここを、竜王を倒すために初代が歩いたんだな……こんな風に」
「たった一人で、すごいよね。勇気あるよ」
 ランドも感嘆をもらした。ルナも言う。
「だから勇者って呼ばれてるんだわ。……勇者は、勇気ある者の称号だから」
「勇気か……」
 考えれば考えるほど、始祖である勇者ロトや、その子孫であるローレシア1世をすごいと思う。人々が恐れ、立ち向かうも無惨に散らざるを得なかった相手に、彼らは挑んだ。
 彼らは一体どんな気持ちで戦ったのだろう、とロランは思う。自分が天に選ばれた者だから、必ず勝利すると確信して挑んだのだろうか。
 その時代、神々は親切だったらしい。伝説によれば、さまざまな恩恵を勇者達に与えてきた。
(でも僕らにはその声が聞こえない)
 勇者ロトの時代には、このアレフガルドには精霊ルビスの使いである多くの妖精が住んでいて、人間を助けていたという。しかし勇者ロトが去ってから妖精も徐々に姿を消し、やがて言い伝えのみが残った。
 ハーゴンの邪教徒は、各地でそれを、こう言いふらしている。
 ――大地の精霊ルビスや天の神々は、とうにこの世界を見捨てられた。滅びは間近に来ている。我らの神を信じよ。救いは目の前に現れるであろう。
 滅びから救うとうそぶきながら、彼らは滅びこそが救いだと説くのだ。神にゆだねる死が、永遠の安寧の世界への入り口だと。
 信者は邪教を信じることで、普通に暮らしていてはあり得ないほどの現世利益を受け、そして次々と失踪した。信者達は、安楽の常世へ旅立ったのだと信じている。
 現世で幸せになりながら常世へ旅立てる。それがハーゴンの説く宗教なのだ。魔物を使って町や村を襲うのも、すべて彼らの言う「救い」のためらしい。
 貧しく日々の暮らしのうまくいかない者や、退廃に美を見いだす者がその教えに引かれ、信徒は急激に増えていった。そのなれの果てが、魔術師や祈祷師などの仮面の者達だ。
 人の心は弱い。誰もが、逃げたい気持ちを抱えている。自分の都合の良いように生きようとする。あのラダトームの国王のように。
(それは僕も同じだ)
 ふいに、土の床が複数盛り上がった。全身を包帯に巻いた死体、ミイラ男が現れる。ロランは盾を構え、背中の剣を抜いた。
(旅に出た時から、目を逸らそうとしている。王子であることから、背負う使命の重さから……)
 ミイラ男は一斉に両手を突き出して襲いかかってきた。ルナがバギを唱え、ランドが魔道士の杖から火球を発する。竜巻が生んだ真空の刃に乾いた包帯がちぎれ飛び、火球を受けた一体が炎を肩に燃え移らせた。だが痛みを感じることがない彼らは、無表情につかみかかってくる。
(このままずっと、3人で旅ができたらいい、なんて)
 ロランは剣を振りかぶり、目の前の乾いた死体に斬りつける。腕を飛ばされ、ミイラ男はわずかにのけぞった。ランドの槍の穂先がその胸をとらえ、とどめを刺されたそれはバッと粉になって砕け散った。
(もう、思ったらいけない……。もしかしたら僕は、天に選ばれてなんかないだろうけど)
 ルナが再びバギを唱えようとする。詠唱が邪魔されないよう、ロランはルナにつかみかかる1体を盾で殴った。
(やれるだけのことをやるしかないんだ!)
 ロランは雄叫びをあげ、さらに数体へ斬りかかった。


 3人の奮闘で、ミイラ男は全員粉になった。落としたゴールドをみんなで拾う。その作業もすっかり定着していた。
 旅立って最初のころは、魔物が受ける痛みを自分のことのように感じていたが、今はさほどとも思わない。同情を感じなくなったのではなく、考えないようになったのである。
 毎日戦っていると、よほどの強敵でない限り死の恐怖や危機感は湧かない。それは慣れとなり、生きるための生業に近くなった。それが、魔物との戦いが劇的でなくなった原因でもあった。
 鬱金色(うこんいろ)の蛇を無数に生やしたメドーサボールの亜種、ゴーゴンヘッドがこの地下にはよく出現したが、もうルナは騒がなかった。苦手な「うぞうぞ」を克服したわけではなく、「考えないようになった」成果だった。
 この魔物が生やす金属の蛇はかなり固く、ランドの鉄の槍が弾かれるほどだった。しかしロランの振るう剣はやすやすと蛇を切り裂いた。
(やっぱりロランはすごいや)
 軽々とゴーゴンヘッドを切り落とすロランを後ろで見守りながら、ランドは感嘆した。
(でも、ロランはそのすごさに気づいてないんだろうなぁ)