蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・62

 ランドは風に吹かれながら、船尾で船が水を掻くのを眺めていた。
(どうしよう……言った方がいいかなぁ。でもなぁ……)
 水面を見つめるランドの面持ちは硬かった。
(気のせいかもしれないし……)
「ここにいたのか」
 ロランの声に、ランドははっとして振り向いた。
「や、やあ。どうしたの?」
「どうしたのって……もうすぐ接岸するから、知らせに」
「あ、ああ、そうか。うん、手伝う」
「……具合、悪いのか? 最近、元気なさそうに見えるぞ」
 ロランが近づいて、熱を測ろうと手を差し延べてきた。ランドは思わずそれを振り払っていた。
「ランド?」
「あっ……」
 驚くロランに、ランドは泣きそうになりながら「なんでもない」と言った。それが精一杯で、あとは逃げるように船室へ駆け込んだ。
(ごめん。ロラン、ごめん)
 話したら余計に心配をかけてしまう。ロランを傷つけてしまったことに自分も傷つきながら、ランドは急いで船室のドアを背中で閉めた。
「いったっ……!」
 突然、胸を刺されたような痛みが走り、ランドは胸を押さえた。目の前が暗くなり、脂汗が浮かぶ。膝から倒れ、床を掻いて、ランドは無言で痛みに耐えた。
(やっぱりぼく、病気になっちゃったのかな)
 荒い息をついているうちに、徐々に痛みが引いていく。ほっとして、ランドはゆっくり起き上がると、上着をまくってみた。胸を見おろすと、中心が手のひらほどの大きさに赤黒くなっている。
(この間より広がってる。どうしよう)
 焦りが、恐怖に変わる。ランドの知識にない症状だった。もしかしたら、不治の病かもしれない。
 のろのろと上着をおろし、ランドは落ち着け、と自分に言い聞かせた。
(大丈夫、きっとどこかにぶつけただけだ。きっと良くなる、良くなるって……)
 胸の痣は、ラダトームの祝宴の夜にできていた。いつも宿ではロランと同室で寝るが、ここでは一人一部屋与えられ、久しぶりに一人で眠った。それがよくなかったのではと思う。ランドはその晩、怖い夢を見たからだ。

 自分は暗闇にいて、ロランとルナを追いかけていた。二人の足は速く、こちらが呼んでも追いつけない。
 ――待ってくれよ! ぼくを置いていかないで!
 必死で叫ぶと、二人はようやく立ち止まり、こちらを見た。だが、その目はうつろな穴だった。恐怖に駆られ、悲鳴を上げそうになった時、二人の影が一つに交わり、不気味な黒い影になった。
 それは人間に似ていて、人間ではなかった。
 貫頭衣のような長いローブを着た姿は、背丈や体格から、男であることはわかる。頭部を皮膜で覆い、耳の代わりに大きな鰭(ひれ)が生え、右手に巨大な赤い宝珠を戴いた長い杖を持っている。
 ――呪われよ、人の子。光宿す者らよ。
 影の男は言った。年齢がわからない声音だった。
 ――まだ灯火であるうちに、この手で消してやろう。私の邪魔はさせぬ……!
 両腕を開き、くわっと影の口が開いた。真っ赤なそこから、呪詛が形になって押し寄せてくる。毒々しい紫や赤い顔をしたそれらは、生者への怨念に満ちていた。
 ――ロラン! ルナ!
 ランドは自分の背後に、それぞれの部屋で眠っているロランとルナを見ていた。影の吐いた呪詛は無防備な二人を喰らおうと、ひと塊になって飛びかかった。
 ランドは二人の幻の前へ駆け、両腕を開いて立ちふさがった。邪悪な無数の顔がどっとランドの胸に当たり、胸を食い破るすさまじい悪寒と激痛にランドは叫んでいた。
 
……全身がばらばらになったかのような衝撃を受け、ランドは絶叫して目を覚ました。
 あまりの叫びに誰か来るかと思ったが、それは夢の中でのことだったらしい。隣室に眠っているだろうロランが来ることはなく、呆然と窓を見上げれば、藍色の空に浮かんだ半月がランドを照らしていた。
 夢でよかった。ランドは放心しながら、安堵した。その瞬間、まるでそれが夢ではないと言わんばかりに胸の中心に鋭い痛みがが走り、衝撃で体が跳ねていた。
 驚いて寝間着をはだけると、胸に血を落としたような痣がぽつんと生じていた。

 ラダトームを発ってから、ランドはロランとルナにこの夢を話そうかと思った。しかし、いつも通りの二人の顔を見たら、それもできなくなった。
(話したら、移っちゃうかもしれない)
 あの夢はただの夢じゃない。この痣も病気などではない。
 おそらく呪いだ。あの影の主の。今になって直感し、ランドは胸元をきつく押さえていた。
(もしかしたら、あの影は……)
 その名を胸の内で言いかけた時、追いかけてきたロランが扉を叩いた。
「ランド、大丈夫か? 開けてくれ!」
(大丈夫。大丈夫だから……)
 壁に手をついて立ち上がると、ランドは額の汗を手の甲で拭い、扉に手をかけた。
「ランド……いきなり走っていくから、びっくりした」
 ランドが顔を見せると、ロランはためらいがちに片手を伸ばした。指先に、さっき振り払われた恐れが出ている。ランドは自分から手を取って、そっと頬に触れさせた。
「ごめん。なんでもないよ。びっくりしただけ。ぼくは大丈夫」
「……そうか」
 ロランはまだ信じきれていないようだったが、それ以上言わなかった。その瞳に、彼が魔法を使えないもどかしさが伝わってくる。回復の魔法が使えたら、せめて体を楽にしてあげられるのに、と。
(違うよ、ロラン。魔法じゃ、人の心までは救えないんだよ)
 ロランの手の温もりを頬に感じながら、ランドは目を伏せた。思ったことを口に出せば、ロランの気持ちは楽になったかもしれない。
 だが、そうしたくなかった。
 ロランが自分を思ってくれるのがうれしいから、ランドは何もかも胸に閉じた。