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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・60

 ロラン達も用意された衣装に着替え、宴の場の一段高い所に座らされていた。
 ロランは、青と銀を基調とした上着に白いシャツを着、肩で留めるマントを着けている。
 ランドは緑と金を主にした膝丈のコートで、ロランより長い髪を留めるために、金の頭環(サークレット)を額にはめていた。
 ルナは、髪を結わずに背に流し、赤い宝石の付いた金のティアラを載いている。ドレスは淡い金色で、装飾は控えめながら、体に沿った上品な作りだ。城の衣装係によれば、かつてローラ姫が着たドレスらしい。
 まるで新郎新婦のごとく、目の前にごちそうが並んだテーブルを前にしても手を出せず、微笑して座っているのは苦行だった。
「おなかすいたぁ」
 ロランの左隣りに座るランドが、小声でごちる。我慢しろ、とロランは小さくたしなめる。ロランの右に座るルナも、こっそりため息をつく。
「このドレスきつい……。やだ、もしかして私、太った?」
 そんな様子だとも知らず、雛壇に座する王子達を見て、貴族や招かれた客達はひそひそと噂しあっている。もっぱら、彼らの容姿についてだった。
「あれがローレシアの王子殿下? なんて素敵な方……。まだ16歳だそうなのに、あんなにたくましくてらっしゃるなんて」
「本当、とても凛々しいお顔ですわ。あの瞳に射抜かれてしまいそう……」
サマルトリアの王子様も、大変おかわいらしい方ですこと。あぁん、なんだかこちらが守ってあげたくなっちゃう」
「ルナ王女……噂に聞いていたが、なんと美しい方だ……。あの白い肌、赤い瞳と唇……。ああ、吸いこまれてしまいそうだ」
 あからさまではないが、こちらを見て話し合っているので、どう見ても自分達の話だとわかる。それがどれも色がついた視線なので、魔物相手には剛胆な3人も、いい加減居心地が悪くなった。
 料理に手がつけられぬまま、諸大臣の長いあいさつが続き、やっと終わったと思ったら、諸侯と騎士達の謁見が続く。城にいた時も同じような務めをしてはいたが、旅に出てロラン達はしみじみと感じた。庶民はなんと、気楽で良いのだろうと。
 あいさつに続くあいさつが終わったところで、ようやく宰相が乾杯の音頭を取り、祝宴が始まった。宮廷楽団が優雅なワルツを奏で始める。海原を行く船を表した、ゆったりした明るい曲だ。
 貴族達は思い思いに踊り始めたが、中には、こちらを誘おうか迷っている男女もいる。彼らと目が合いそうになり、ロランは急いで何げない風に逸らした。ロランはダンスも苦手なのだ。踊りが下手なのではなく、好意のない異性と手をつなぐことに抵抗を感じるのである。
「ロラン、食べないの?」
 少し冷えてしまった料理に手をつけながら、ランドが顔をのぞきこんだ。
「ああ、うん……食べるけど。なんか、もう疲れたよ。食欲もなくなった。部屋に帰りたい……」
「だめよ、ロラン。私達まだ、ここにいなくちゃ」
 ルナは紅を差した唇に、おしとやかに小さく切った肉を運びながら言った。
「ロト王家は宴会もできないのかって、笑われちゃうわよ」
「うん、わかってるけど……」
 気乗りせず、ロランはのろのろと皿の上でカトラリーを動かした。
「踊るのが嫌なんだ」
「……ああ、あの子達?」
 ルナは目ざとく気づいた。さっきから数人の貴族の娘が、ロランとランド、どちらと踊るか値踏みしている。ルナには、若い貴族や騎士が熱い視線をそそいでいた。
「じゃあ、ぼくと踊る?」
 ランドがにっこりした。ぷ、とロランは吹きだした。
「いいかもな、それ」
 ルナも笑った。
「そうしたら、あきれてあの子達も寄ってこないかもね」
 しかし気後れしたのか、抜け駆けを互いに牽制してか、誰も踊りに誘ってこなかった。宴はだんだん無礼講に近くなり、ロラン達に目を向ける者も少なくなってきた。
 ランドが船をこぎ始めた。ロランは「帰ろう」と言った。
「もうここにいなくてもいいよ。みんな気の済むまで楽しめばいいんだし」
「でも、勝手に消えたら不満に思う人もいるでしょう。一曲踊れば、切りがいいわ」
 ルナが先に立った。うとうとしていたランドが、ねぼけた声をあげてルナを見上げる。
「踊るの?」
「ええ。――ロラン、誘ってくださる?」
 ルナは、わざと気取って片手を差し出した。ロランは微笑み、立ち上がった。
「ああ」
 これで解放されると思えば、おやすい用だ。相手はルナだし、気心が知れている。
「ロランの次は、ランドも踊る?」
 ルナが問うと、ランドはへにゃりと笑った。
「ううん、ぼくは見てるよ。いってらっしゃい」
 ロランとルナが並んで舞踏場に歩むと、抜け目のない指揮者が曲を変えた。王族のための舞踏曲だ。周りにいた貴族達も、王子と王女の舞踏を見ようと、場を開けた。
 姿勢を正し、ロランはルナの手を取る。白く長い手袋に包まれたルナの手が、そっとロランの肩に添えられる。曲が始まると、お互いに歩調を合わせて踊り始めた。
「ロラン、上手じゃない。特訓した?」
 優雅に場を移動しながら、ルナが尋ねる。いいや、とロランは答えた。
「してない。けど、ダンスの授業を早く卒業したかったから、早く覚えた」
「ぷっ。ロランらしいわね」
 ルナが吹き出す。ロランは、その気安さに思わず、あることが口から出そうになった。
 ――君は、キースと踊ったことがあるのか、と。
 しかし、すぐに口をつぐんで押し殺す。忘れていた感情がちくりと胸を刺したが、気づかないふりをした。
(忘れられるわけがない。ルナとキースはずっと一緒で、お互いに想っていたんだから)
 そこまで想っていた相手をすぐに忘れ、自分に振り向いて欲しいとは思っていない。もしそんなことをしたら、見損なってしまうだろう。
 そしてロランが求めているのは、ルナと将来を築きたいとか、そういう単純なことではないのだ。
(たぶん、僕はこのままでいたいんだ。ずっと)
 ロランはそれ以上考えるのをやめ、ひたすら足元に集中した。


 ロランとルナの踊りは完璧だった。訪れていた客は老若男女を問わず胸を熱くし、見惚れていた。
 ランドは行儀よく座ったまま、踊る二人を眺めていた。
 ああ、二人はお似合いだなあ、と思った途端、胸が切られるように痛くなる。いつも微笑みが絶えない口元が、この時ばかりはきゅっとゆがんだ。人に見咎められないよう、すぐに戻したが。
(やだなぁ。どうしてこんなに、悲しいんだろ。二人が仲良くなることは、いいことなのに、どうして……)
 踊りに集中しているせいか、二人がランドに目を向けることはない。自分から譲ったとはいえ、まるで忘れ去られてしまったようで、ランドはいたたまれない気持ちになった。
 ふと、自分はここにいて良いのだろうかと思った。この期に及んで急に、自分に価値がないような気がしてきたのだ。
 ロランと違い腕力が伸びないせいで、最近、魔物と戦うのがきつくなってきている。ルナのように豊富な魔力があれば魔法を連発できるのだが、それもかなわない。
(ぼく、ここにいてもいいのかなあ……)
 ランドは生まれて初めて、二人をうらやましいと思った。どっちつかずの自分に、自信がなくなった。けれどランドは、初めて味わったその感情の名を知らなかった。ただ、悲しいと思った。
 やがて曲が終わると、二人が戻ってきた。歓声と盛大な拍手が起こる。ランドは立って、二人を笑顔で迎える準備をした。彼もまた、王子だからだ。