蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・56

 ロランは水を蹴って潜っていった。素潜りもロランは得意だった。泳いでいると、少しだけローレシアが懐かしくなる。
 夏になると近海で必ず泳いでいた。ランドやルナと会えない寂しさを、体を動かすことでまぎらわせていたのだ。ふいに甦ったせつなさを、水の冷たさが洗い流していく。
(あれか)
 沈没した船は、白い海底に群がる黒い巨岩によりかかっていた。2本のマストは折れ、やぶれた白い帆が海流にたなびいている。
 早くも魚達がねぐらにしたのか、何十匹も船体に群れていた。ロランはその近くまで来ると、いったん上昇した。
「あった~?」
 離れた所で、ランドがロランを見つけ、間延びした声を送ってきた。ロランは手を振り返した。
「あった! もう一度、今から探す!」
 これから財宝を探す、である。そこは言わなくても伝わり、ランドはロランを迎えるために小舟をこぎだした。ロランはまた水に潜った。
 船は横腹に無惨な穴を開けていた。ロランが近づくと、群れていた魚が一斉に離れる。
(ん……これか)
 船内にあっただろう荷物や家具はほとんど流れていたが、頑丈そうな赤く大きい宝箱だけは船底にしっかりと残っていた。ロランは目印になるよう、腰の縄をほどいて、先端を長持の取っ手に結びつけた。縄をたどって上昇する。陽光に輝く水面に、ランドが乗る小舟の底が見えた。
「どう?」
「あった。間違いないよ」
 ランドの手を借りて小舟に乗り込み、ロランは水中眼鏡を外して大きく息をついた。
「持ってこられそう?」
 ロランの体力を回復させようと、ランドがホイミを唱える。少し疲れていた体が楽になるのを感じながら、ロランは眉を寄せた。
「うーん。やってみるけど、この小舟が耐えられるかな。相当重そうだった。載せたら、ひっくり返るか、沈むかもな」
「ええー……」
 その姿を想像して、ランドが困った顔をする。ロランは少し考えた。
「もう一度潜って、宝箱を浮かせてあっちの船まで運ぶよ。着いたら、向こうで引き上げてもらおう」
 ランドはロランを見た。宝箱に詰まっているだろう金貨などの重量、海の浮力、ロランの腕力と体力、全部を一瞬で計算した目つきだ。
「わかった」
 ランドは反対しなかった。ロランならできると判断したからだ。
 ロランは再び水に入った。宝箱の所まで来ると、両脇に付いた環状の取っ手に手をかける。鍛え上げられた上腕に力がこもると、煙のような砂を巻き上げ、宝箱は重い腰を上げた。
 宝箱を持つと、ロランは力強く水を蹴り始めた。食いしばった歯から水泡がこぼれ、上昇していく。
 息が続かなくなると、一度宝箱を落として水面に顔を出した。併走していたランドが待っていて、すかさずロランにホイミをかけた。またロランは潜り、箱を持って海中を泳ぐ。その繰り返しで、二人は船までたどり着いた。
「引き上げてくれ!」
 甲板ではらはらしながら見守っていたルナに、立ち泳ぎをしながらロランは呼ばわった。船には小さな滑車装置が付いていた。自走機関を利用してのもので、これで小舟を上げ下ろしする。力のない女性でも、装置を作動させるだけでよかった。
 ロランは渾身の力で、ランドの乗る小舟に宝箱を押し上げた。海水とともに投げ出された箱に小舟はぐらぐらっと揺れ、ランドが小さく悲鳴を上げて反り返り、縁につかまる。幸いにも、揺れはすぐ収まったが、箱の重さで半分も沈んだ。
 エレーネが小舟をつり上げる鋼鉄の鉤縄を下ろした。ロランとランドが船体にひっかけ合図を送ると、装置が動きだした。すぐにロランも小舟に飛びつく。徐々に上がっていく間、ランドは心配そうに遠ざかる水面と、ぴんと張りつめた鋼鉄の縄とを見ていた。ロランは滑車装置が心配だったが、どちらも重量でちぎれたりはせず、無事に引き上げられた。
「これが船の財宝ね」
 甲板に鎮座する立派な箱の前に膝をつき、ルナが興味深そうに眺めた。中身が気になるようだったが、金色の錠前を見て苦笑する。
「あら、しっかり鍵がかかってるのね。でもこれで、マーフィーさんも全財産取り戻せたんだし、よかったわね」
「そうですね。きっと安心すると思います」
 エレーネも微笑んだ。ルナが立ち上がり、ロラン達に言う。
「疲れたでしょ。ごはんできてるわ」
「おお、やった」
「ルナはさすがだな」
 ランドが目を輝かせ、ロランも笑う。3人が船底に行ったあとも、エレーネは宝箱のそばにいた。疑わしげに箱を見つめていたが、やおら持ち上げようと取っ手に手をかける。
「う……んっ! だめだわ、強い男の人二人がかりじゃないと……」
 これ以上持とうとすると腰を痛めてしまう。エレーネは諦めて、真っ赤になった手のひらを見た。そして、ロランが去っていった方を見やる。宝箱をここに運んできたのは、ロランだった。
(とても子どもが一人で持ってこられる物じゃないわ。ロランさんって、一体どういう力を持ってるの……?)
 軽々と魔物を倒した技量といい、普通ではない。ロラン達の秘められた何かを感じ、畏怖にも似た思いが湧き上がった時、船底に続く入り口からルナが顔を出した。
「エレーネさん、食事ご一緒に」
「あ、はい」
 笑顔を作り、エレーネは船室へ向かった。甲板には、豪華な宝箱だけが取り残された。