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蒼雪庵

いまだに推敲中

自作ドラゴンクエストⅡ~悪霊の神々・55

 港の船はどれも帆船だが、風のない港湾でも自走していた。船尾に魔法力を注いで動く機関が付いており、螺旋状の推進器を動かして進む。
 帆を畳んでいても、ゆるい速度ながら自由に走れるので、人が漕がなくても小回りが利き、岸壁に接岸できるのが利点だ。
 それらは近年、ルプガナから遠く南東に位置する山岳地帯のテパ地方で発掘された、謎の機械から改良されてできたものだ。ルプガナは技術者を募って工房を造り、機関の作製から修理、販売まで引き受けている唯一の町である。
 ローレシア港にも自走式帆船は入港してくる。しかし機関付き帆船は値段がとても高く、動力確保のために魔法使いの乗組員がいないと困るという理由で、普及率は6割程度だ。従来の帆船もまだ現役で、マーフィーを助けたザハンの遠洋漁船は、昔ながらの帆船だったらしい。
 帆船は人力でこがないと自走できないので、ルプガナではそれらが水路や港湾を通る時、曳航(えいこう)船が助けている。
「皆さんにご用意する船は、こちらです」
 ルートンは船着き場まで来ると、一隻の船を指し示した。ロランは感心し、ランドは放心し、ルナは少し不満げだった。
 全長はおよそ20メートル。マストは2本で、バウスプリット(船首から延びた棒)は鋭く長い。華美な装飾はないが、流麗な船体は美しかった。
「速そうですね」
 想像以上に格好良い船に、ロランが思わず微笑んで言うと、もちろんとルートンは胸を張った。
「小型の部類ですが、速度は折り紙付きです。こう見えて内部の空間も広く、快適になっておりますよ。まずご覧になりますか」
「ぜひ!」
 真っ先に返事したのはルナである。不満そうだったのは、船室が狭そうに感じられたからだ。
「ここが船員の居住区。4人寝ることができます」
 船底に入ると、ルートンが説明した。マーフィーは船の外で待っている。
 4人寝ることが可能という船室は、一部屋に二段ベッドが左右に付いているものだ。天井の低さは仕方がない。
「結構狭いんだね。お城の船より……んぐぐ」
「おしろ?」
 エレーネがきょとんとする。ロランは何げなくランドの口をふさぎ、「次を見せてください」と言った。
「ここが厨房を兼ねた食堂です。食料庫はあちら」
 ルートンが次の扉を開く。ふむふむ、とルナはかまどなど設備を確認して回った。
「すごい。小さいけれど、オーブンまで整ってる」
「食事は元気の基本ですもの、お台所はきちんとしてなきゃ」
 屈託なくエレーネが笑った。
「最近まで使ってたんですよ。おじいちゃんと近場まで航海するのが趣味だったの」
「へえ、いいわねぇ……」
 ルナも微笑む。この船を借りる条件として、ロラン達はマーフィーの財宝を回収してこなければならなかった。それでロラン達の操船技術を確かめる意味もある。
 無事に借りることができたら、この船がしばらくロラン達の家のようなものだ。ちゃんと生活できるかどうか心配だったルナも、最新の技術で造られたこの船に満足したようだった。
 最後に機関室と船長室を見せてから、全員甲板に出た。ルートンが言った。
「少人数でも操船できる造りではありますが、やはり、誰か手練れを一人か二人付けたい。わしがもう少し若ければ、あなた方と行ったんですがのう……」
 ちらりと岸壁に立つマーフィーを見るが、すぐ目を逸らす。彼は戦力外らしい。
「おじいちゃん、私がついていくわ」
 エレーネが言った。む、とルートンは渋い顔をする。
「北の沖なら、往復で3日。すぐ帰って来られるわ。私も助けられた恩返しがしたいし。いいでしょう?」
「しかし、魔物と嵐がな……」
「私もルプガナの女よ。それに、嵐ならこの季節は来ないわ」
 孫娘の強い希望に、ルートンも折れた。なまじ気の荒い船員を乗せるより、エレーネの方がよほど信頼できると踏んだのだろう。乗組員にはルナもいる。ルナの美しさに、気の迷いでもあったら大変だ。
「よろしくお願いします」
 ロランが頭を下げ、エレーネは「こちらこそ」と快活な笑みを見せた。

 
 エレーネは良い船乗りだった。魔物に襲われた時はさすがに怯えていたが、海の上では快活だった。ローレシアでは船を慣らしていたロランとともに、ランドやルナに操船や海図などの読み方を教えてくれた。
 彼女は魔法が使えなかったので、ランドとルナに、自走機関の魔力の注入法を口頭で説明した。二人はすぐにのみ込み、動力の点も心配なくなった。やり方は簡単で、機関室にある赤い宝珠に魔力をそそぐだけである。
 天候にも恵まれ、風向きもよく、沖合までの航海は順調だった。ルートンの言っていたウミウシやしびれクラゲの大群にも遭遇しない。ルナが魔封じの呪文トヘロスを唱えたからだ。これをかけると丸一日は弱い魔物が近寄ってこない。
「このあたりですね。潮目が変わってる。ここが北の暗礁地帯です」
 潮風に長い髪をなびかせ、エレーネは海図を畳んで水面を見た。ルプガナから出て、一日後のことだった。傍らにいたルナが、後方に向かって手を振り、叫ぶ。
「ロラン、ランド、船を止めて!――潮目の境ってどこなの?」
 女同士、仲良くなったルナが並んで水に目を凝らす。エレーネは先を示した。
「あそこ。色が少し、違うでしょう?」
「あ、そう言われれば……」
 確かに、示された部分だけ青い色が違う。そこに暗礁があるので、これ以上船は近づけなかった。小舟を下ろして、自力でこいで確かめに行くことにする。
 エレーネとルナを船に残し、ロランはランドとともに小舟をこいで潮目に向かった。
「そういえばぼく、あまり泳げないんだった」
 目標地点で小船を止めた時、ランドがはっとして言った。オアシスでロランに特訓を受けたので、少しは泳ぎを覚えたのだが、海では不安も残る。ロランは笑った。
「大丈夫だよ。僕が行ってくる」
「う、うん。気をつけてね」
 ロランは裸になると、潮に流されないよう腰に縄を結び、水中眼鏡を着けると、小舟から飛び込んだ。残されたランドが心配そうに船の縁に両手をかけてのぞきこむ。ひたすら青い水が、ロランの姿を隠していた。